主婦 リベンジします
藍里と約束した集合時間前。
今日も今日とて仕事を終え、爆速で家事と夕食を終えた麻耶はパソコンを立ち上げ、ヘッドホンを着ける。
明日は休日、「今日は時間を気にせず遊べる」と麻耶はワクワクしていた。
『ニケ~、お疲れ~』
『アテナも、お疲れ様です』
この歳になると結婚、子育て、キャリアアップなどライフスタイルが変わり、会えなくなってくる。
藍里ともなかなか会えないが、ゲーム内でアテナとして会話できるのが嬉しい。
『今日は、ソルジャーが来てくれるって』
藍里は唐突に言ってきた。
(え……。いつの間に、仲良くなってるの?)
麻耶の知らぬ間に、藍里とソルジャーが連絡を取り合っていた。
会わぬ間に何があったのかと思い、麻耶は藍里に尋ねようとしたが、ちょうどソルジャーが拠点に入ってきた。
『こんばんは。お誘い、感謝する。アテナ殿、ニケ殿』
『こんばんは。ソルジャー、今日もよろしく』
(仲良くなっている……)
声だけの判断だが、微妙に藍里の甲高い声が優しく聞こえる。
藍里と付き合いが長い麻耶は、些細な変化に気が付いた。
(本当に何があった?)
『お疲れ様です。よろしくお願いします』
堂々と聞けるほどの勇気は、麻耶にはない。
無難に挨拶を交わす。
集まってすぐに藍里は先に進めたいと、シルバーウルフのクエストを選んだ。
今回はソルジャー戦闘に参加するみたいだ。
なんだかソルジャーがワクワクしているように見える。
森林と草原の楽園のフィード、草原と森林の境にワープしてきた3人。
『森の中に、シルバーウルフは居るはずだ』
ソルジャーの案内で、森に入って行く。
所々に太陽の光が入ってくる薄暗い森の中でシルバーウルフを探す。
ゲームだとわかっていても、森の映像はよくできていて、本物に見える。
ゲーム画面の右下にあるミニマップにくるくると青いマークが動いているが、姿は見えない。
シルバーウルフはすばしっこく森の中を動き回っているようだ。
『いないわね〜。前はすぐに会えたのに』
『初回はボスイベントだから、すぐに出現したのだろう』
『そうなんだ』
藍里とソルジャーの会話を聞きながら、ミニマップを見ていると青いマークが現在地に向かってきた。
『来ます!!』
麻耶の言葉に2人のアバターは武器を構え、ニケも急いで魔法杖を構えた。
ぐるぐると画面のカメラを回していると、右側からシルバーウルフが飛びかかってきた。
『『うわぁぁぁぁぁぁぁ~』』
麻耶と藍里は叫びながらアバターを左右に回避させ、ソルジャーは後ろに飛びのいた。
アバターは3人だが、それはまるで蜘蛛の子が散るようだった。
麻耶は避けてからすぐにニケの魔法【火球】を、シルバーウルフに放つ。
【火球】が着弾したシルバーウルフは咆哮をあげ、ニケに向かって高速に移動し、鋭い爪を振り下ろしてきた。
麻耶は緊張した面持ちで、コントローラーの回避を押す準備をしている。
『ニケ殿!!』
ソルジャーは、焦りの声をだした。
そのときニケの前に、透明な壁が出現した。
シルバーウルフの攻撃を弾き返して、ガシャンと音をたてて、壁は砕け散った。
魔法杖の【カウンター】は、回避はできないがアバターの前に透明な壁を作り、相手の攻撃を反射する。
ニケが【カウンター】をしたことで、「キャワン」と鳴きシルバーウルフは、アテナの方へ弾き飛ばされた。
『ニケ、すごい!!』
『焦りましたが、成功して良かったです』
テレビの前で麻耶は冷や汗をかいていた。本当にギリギリだった。
練習して体が覚えていてくれたから、どうにかなったようなものだ。
心臓もバクバクして、コントローラーを握る手も、汗がにじんできている。
(奇跡~。全然、動きが見えませんでした……)
しかしシルバーウルフは空中で回転し、着地した。
グルルルルと威嚇しながら、こちらを睨んでいる。
魔法杖のカウンターでは、転ぶまでに至らなかったようだ。
藍里はすぐにアテナを操作し、シルバーウルフの横腹を素早くレイピアで刺しつつ、頭部へ移動していく。
レイピアの先で目を突き刺した瞬間、シルバーウルフは怯んだ。
『アテナ殿、ナイスだ』
『よくわかんないけど。ラッキー』
藍里はマイペースにケラケラと笑っている。
弱点の位置に攻撃がはいったのであろう。その隙に、ソルジャーが攻撃した。
青紫の鋭い一筋の閃光が走った瞬間、シルバーウルフは2人のアバターから後退した。
『よし。シルバーウルフを囲んで、攻撃するぞ』
ソルジャーの指示でトライアングルのように、3人でシルバーウルフを囲む。
アテナとソルジャーは交互に単発の攻撃をし、2人の攻撃の合間にニケは【火球】を、打ち込む。
しかし攻撃すると上空に飛び、素早く後退していくシルバーウルフ。
囲んでも逃げられ、ダメージが少ししか入らず、コンボ技も入れられない状況だ。
『攻撃するたびに距離を取られるわね。どうする?』
『うむ。1人で倒した時と、少し動きが違うな』
『えっ、1人で倒したの?!』
『カウンターのみで倒した……』
『……』
藍里はソルジャーの単独撃破に言葉を失っていると、シルバーウルフから赤いラインがアテナに伸び、シルバーウルフの標的になった。
尻尾を振りながらアテナへ向かってくるシルバーウルフ。
アテナの手前で胴体を捻り、横方向に強靭な尾の攻撃がアテナの盾に入った。
初期装備の盾ではアテナは攻撃に耐えられず弾かれ、尻もちをついてしまい、シルバーウルの爪攻撃を頭上から受けてしまった。
『アテナ! 無事ですか?』
『大丈夫よ。ニケ、気をつけて』
『アテナ殿、回復を!! こやつはわしが』
『わかった。ありがとう』
藍里はアテナを後方へ移動させ、シルバーウルフから距離をとった。
ニケの回復範囲から距離があったため、薬湯を使い無くした体力を回復する。
その頃、ソルジャーとニケはシルバーウルフと戦っていた。
ソルジャーの突き、横なぎ、上段からの振り下ろしのコンボで攻撃し、シルバーウルフが後ろへ飛びのいた瞬間に、ニケが【火球】で攻撃している。
ソルジャーが主に攻撃とシルバーウルフの注意を引き付け、ニケはソルジャーがする攻撃と攻撃の間に魔法で攻撃する。
ニケがダメージを受ければソルジャーが引き付け、ソルジャーがダメージを受ければニケが回復する。
2人の素晴らしいコンビネーションに、テレビの前で藍里は息をのんだ。
出会って間もない2人の攻撃と回復のタイミングが連動し、シルバーウルフを追い込んでいる。
(今まで一緒にやってきたけど、ニケのこんな動きは見たことない。麻耶……いつの間に上手くなったの?)
藍里はアテナを立て直し、ルバーウルフに向かおうとした。
その時、シルバーウルフが今までにない咆哮で、2人を吹き飛ばした。
『2人とも、大丈夫!?』
藍里は急いでアテナを操作し、シルバーウルフの注意を引こうと攻撃をした。
その瞬間、急にシルバーウルフの尻尾攻撃がアテナに迫ってきた。