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主婦 修行します(3)

「西野さん、これもお願いします」


 パートの女性に名前を呼ばれて、ハッとした。


(いけない。仕事中だった)


 翌日、麻耶の頭の中は武器屋で見たマシンガンの事でいっぱいだった。

 見た目のかっこよさと、装備させているハンドガンより攻撃力が高い。

 しかも中距離攻撃の武器という極めて単純な理由だった。

 臆病な麻耶は、中距離から遠距離の攻撃が多い魔法杖を初期装備に選んでいた。

 しかし近距離で使うハンドガンはモンスターとの距離が近く、被弾率が高く恐怖を感じる。


 藍里が攻撃力の高い近距離を担当しているため、今までは魔法メインのハンドガンの補助で良かった。

 だが、昨日の戦いで藍里に負担がかかってしまい、申し訳なかった。

 それよりも先に武器の切り替えの操作を覚えなくてはいけない。




 工場の社員、パートが揃うお昼休みの食堂は賑やかだ。

 この工場で社員の麻耶は黙々と作業するのが、性に合っていた。

 20代・30代の作業員たちは、ギルハンの話題で盛り上がっている。

 皆の話に耳を傾けた。知らないモンスターの話やコンボ技の話が飛び交っている。


「マイジャ、やっと倒せた」

「マジか!! お前、凄いな」

「エミル、どうやって倒したんだよ?」

「コンボ技が、ハマって…………」


 (勉強になる。あの会話の中に混じって、アドバイスが欲しい。コンボ技を教えてほしい)


 麻耶は声をかけてみたいが、普段喋らないおばさんがゲームの話に混じっていいものか、悶々(もんもん)と考える。

 そもそも緊張で口下手になる麻耶は、勇気が出ない。

 ひたすら目線は定食に固定し、耳だけは話に注意を向ける。


「みんな、ゲームの話ばかりね〜。私の息子も、やってるわ」


 パートの塩崎が、話しかけてきた。塩崎はあまり話さない麻耶によく話かけてくれる。

 子供がいない麻耶にとって、塩崎の息子の話は新鮮でおもしろい。

 塩崎の息子は、中学2年生だ。部屋でゲームばかりしていて、大人しく、口数も少ないらしい。

 話を聞くたびに、塩崎は息子の事を心配している。

 黒髪でお団子頭の塩崎は教育ママらしく、困り顔でため息をつきながら言った。


「そんなにおもしろいのかしら。息子も休みの日は、部屋でずっとしてるのよ。出てくるのは、トイレとご飯、お風呂ぐらい。来年は受験だし、のめり込んで成績が落ちなければいいけど。夫に相談しても息子になにも言わないし……」


 ゲームをしない親世代からしたら、ゲームは心配の種なんだろう。

 麻耶は「私は下手くそですけど、ゲームはいい気分転換になりますよ」とは言えず、ただ愛想笑いで終わってしまった。

 結局、昼休みは塩崎の心配と夫の愚痴で終わってしまい、ゲーム談話も聞こえなかった。


 仕事からの帰り道に麻耶は本屋に寄り 【レジェンド・ギルド・ハンター 初心者でもわかる攻略本】を見ていた。

 ネット検索で攻略法をみたのだが、映像と文字ばかりでよくわからなかった。

 麻耶でもわかるような本が欲しいと思い、並べられた3冊の攻略本の見本をパラパラとめくり吟味する。


「西野さん?」


 びっくりして、猫のような反応をしてしまった。

 麻耶に声を掛けてきたのは、エミル・フォーゲル。

 彼は健康的な小麦色の肌にコーンロウ(頭全体の髪を三つ編みで編み込んでる)の、身長180センチぐらいのスレンダーなドイツ出身の青年で、職場の後輩だ。

 細目で鼻筋が通っており、彫が深い顔はイケメンといわれるだろう。

 コミュニケーションも抜群で、同じ正社員で、優秀な人だと認識している。


「西野さんも、ギルハンを、プレイしてるの?」

「……うん。最近、始めたばかりだけど。うまくできなくて、勉強中です」

「僕も始めたときは、下手だったよ。でも、楽しいよね」

「はい。楽しいです!!」


 エミルの日本語は少したどたどしいが、爽やかに笑いながら話をしてくれる。

 最初は緊張気味だったが、エミルの気さくさに会話が弾んでしまった。


「西野さんも、そのうち上手くなるよ。頑張って」

「ありがとう。エミルさん。頑張ります」


 友達と待ち合わせがあるからと、エミルは手を振りながら去って行った。

 普段、業務でしか会話をしない青年に自分が認識されていたのかと驚いたが、励ましの言葉をもらった麻耶は攻略本を購入し、速足で帰宅した。



 急いで家事と夕食を済ませ、パソコンを立ち上げヘッドホンを着ける。

 平日にゲームの時間を確保するのは大変だ。仕事で夕方に帰宅し、洗濯物を取り込み、隆司が帰宅するまでに夕食の準備など、ゲームができる時間までのタスクをこなす。

 早く終わらせ、ゲームがしたいがために頑張った。

 藍里は用事があり欠席なので、1人でモンスターに挑もうと意気込む。


(今日はマシンガンを手に入れる!) 


 とりあえず、お金を稼がねばとクリア金額の高いモンスターを探すが、自分のレベルが低いためそこそこしか稼げない。

 仕方なしにリベンジしようと、クエックに挑む。

 しかし、思ったより回避が間に合わなかったり、クエックの攻撃タイミングに攻撃していまい、自爆してしまった。

「ここだ!」と思っても、指がついていかない。

 3回目の負けで自分の反射神経に、心が折れそうになった。


 (ソルジャーは、モンスターの動きをよく見るって言ってましたね)


 負けっぱなしのクエックに、またも挑む。


 (今度は、避けながら動きを見てみよう)


 クエックの攻撃を横に避けながら、ハンドガンで応戦し、魔法杖を回復専用にして戦う。


 (魔法杖との切り替えには慣れてきた、後は攻撃のタイミングをよく見て、気持ち早めに……)


 クエックの攻撃タイミングで回避ボタンを押す。

 すると、攻撃を横に避けたアバターの回避モーションが遅くなった。


 (??? もう1回、やってみましょう)


 もう1度、同じ事をしようとして失敗した。

 回避しまくり被弾しながら、今度こそと思い回避ボタンを押す。

 攻撃をかわした瞬間、回避モーションが遅くなった。

 その時、誤って攻撃ボタンを押してしまった。

 すると赤い弾が発射され、今までにない攻撃力の数字が表示され、クエックが倒れた。


(やった。なんだかわからないけども、勝ちました)


 クエストをクリアし、拠点に戻ってきたタイミングで攻略本を見る。

 回避モーションが遅くなったのは、【カウンター】といい、タイミング良く回避すると反撃する動作だった。その直後の赤い弾は、銃のカウンター技だった。

 ソルジャーが言っていた技はこれだったのかと、麻耶は理解した。


(銃にも、カウンター技があるのですね。もしかして、魔法杖にもあるかも……)


 思ってた通り、魔法杖にも【カウンター】があった。

 麻耶は嬉しくなり、技を会得しようと今まで倒してきたモンスター達に挑み、【カウンター】にハマっていった。


(あぁ、楽しい。回避して、カウンターをする。快感です)


 【カウンター】を会得し、うっとりとした顔で快感を覚えた麻耶は次々とモンスターを倒していった。

 いつの間にかお金が貯まっており、マシンガンを購入した。

 麻耶は、ニマニマしながらマシンガンを構えたアバターのニケを見ていた。


「麻耶~、お風呂が入ったよ」


 部屋に入ってきた隆司が、麻耶の表情を見てドン引きしたことに麻耶は驚き固まった。

 隆司は麻耶のこんな笑顔なのかわからない表情を、見たことがない。

 その姿を見られた麻耶は、慌てて顔を伏せた。

 そんな恥ずかしい麻耶の夜は更けていく……。


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