主婦 修行します(1)
『ハハハ、元気がいい挨拶だな』
画面の前の麻耶の顔は、顔が見えないのに真っ赤だ。
そんなことは知らないソルジャーが、麻耶の恥ずかしい挨拶を笑い飛ばしてくれた。
(アバターで良かった。 アバター、最高!)
アバターに感動を覚える。
『して、どのモンスターに困っているのだ』
『オオカミみたいなやつなんですけど……』
『シルバーウルフか』
藍里は、やはり正式名称を覚える気がなかった。
麻耶は藍里とソルジャーの声に耳を傾ける。
ソルジャーの声は低く深みがあり、会話の仕方が父親の様な感じで落ち着く。
その声に麻耶は落ち着いてきた。
『ふむ、序盤フィールドのボスだな。すまないが、2人のフレンドカードを見せてもらえないか?』
麻耶と藍里は、フレンドカードをソルジャーに送った。
フレンドカードは、アバターのID、レベル、装備、どのモンスターをどれくらい倒したのかが記入されている。
2人のカードを見たソルジャーは、驚いた声をあげた。
『なんと!! 初期装備でボスまで進んで来たのか!!』
『『えっ……』』
そうなのだ。ギルハンの序盤フィールドで戦ってきたモンスター達は、アバターを作った時の装備のままだったのだ。
アバターのレベルが上がると、フィールドで出現するモンスターは増えた。
現在のレベル20になった時、ボスの出現が役所からのメッセージで伝えられた。
そのボスのシルバーウルフに2人ともボコボコにやられたのだ。
そう、涙が出るほどに。
『ふむ、まずは装備の強化をした方が良さそうだ』
『装備の強化……、どうやってやるの? ニケ、知ってる?』
『……武器屋でするのは知ってますが、武器屋へ行ったことありませんね』
『……おぬしたち、すごいな……』
なんせ藍里の「チュートリアル? そんなの現場で覚えればいいじゃん」の精神で今までやってきたので、強化とその他諸々をすっ飛ばして、攻撃の仕方だけ覚えていたのだ。
初心者には、あるまじき行為である。
もう恥ずかしいことはないと、正直に白状したほうがよいと思い、麻耶は話し始めた。
『すみません。ソルジャーさん、私たちはゲームをすること自体が初めての初心者なんです。ですから何もわかっていません。申し訳ないのですが、いろいろ教えてもらっても、よろしいでしょうか?』
麻耶はニケのアバターで、お辞儀をした。
ジェスチャーができ、ほっとする。
しかしソルジャーが初心者に対してどう思うかと思うと、心臓が不安ではちきれそうだ。
『うむ、正直でよろしい。では、武器屋に行って強化をしよう』
意外にソルジャーは優しかった。淡々と指示を出す。
もはや仲間というより先生と生徒のようだ。
ソルジャーの教えで武器屋へ行くために、部屋を出た。
やはり町ではソルジャーの甲冑姿が珍しいのか、他のアバターから「武将だ」などチャットの会話が吹き出しで表示されている。
ゲームなのに肩身の狭いような思いをしながら、武器屋に着いた。
武器屋は、装備の強化、装備の売買ができる。
麻耶は最初に購入できる武器を見た。
(武器の金額……高い! でもあの武器が欲しい)
麻耶の目はマシンガンに釘付けだった。見た目がかっこいいという単純なことだった。
しかし持ち金が足りない。
ゲーム内でも金欠に悩むのか。お金の問題はリアルと変わらない。
ずーんと心が重くなる。
とりあえず武器は置いといて、装備しているアーマーの強化に全額投入した。
防御、守りは大切だ。ゲームオーバーになるのだけは、麻耶は避けたかった。
そして金欠である。安い回復アイテムの薬湯すら買えないぐらい金欠だ。
部屋に戻り藍里のアテナを見ると、背中に丸盾はそのままで腰に携えている武器がレイピアになっていた。
藍里は剣士を選択していたが、剣にもさまざまな種類があるみたいだ。
ソルジャーもおそらく剣士なのだろう。
だが、刀を背に背負っている。
2人のアバターの武器をまじまじと見ていた麻耶を置いて、状況は進んでいく。
『さて、次は実践だな。今、2人ができることを知りたい。簡単なクエストに行こう。今まで倒したモンスターは再戦ができる』
『『そうなの(ですか?)』』
初心者まるだしだった。勢いで、ここまできたのがわかるほど。
ソルジャーは笑いながら、クエストの一覧を開き、レベル10のクエックを受注した。
~森林と草原の楽園~
序盤のフィールドだ。ギルハンはオープンワールドになっている。
陽光が燦燦と降り注ぎ、その下に若草色の草原が広がっている。
その向こうには深い森が広がっている。
私たちは、クエックが出現しやすい草原にワープした。
『2人とも、武器を構えてくれないか?』
ソルジャーに言われ、藍里はアテナに右手にレイピア、左手に丸盾を構えさせた。
『アテナ殿は、それでいい。楯はカウンターが使える。敵の攻撃にタイミングよく回避のボタンを押すと、カウンターでモンスターを転ばすことができる。
転んだら、攻撃できるタイミングが多くなるから有利だ。これを習得することが課題だ』
『わかったわ』
『ニケ殿は……、持ち方を変えよう。両手で1つの武器を持てるから、装備画面で右手に2つ持てるようになっている。魔法杖と銃をセットしてみてくれ』
麻耶はソルジャーに言われたように、ニケの装備画面で右手に2つの武器をセットする。
するとニケの武器の持ち方が変わった。
両手持ちで武器を持っている。画面の照準を合わせるマークの色が変わった。
薄い黄色から濃い黄色になっている。
『照準の色が変わってます』
『そうだ。これでエイムがやりやすくなり、モンスターの弱点も狙いやすくなる』
エイムとはモンスターに照準を合わせること、武器の切り替えの仕方など、ソルジャーはいろいろ教えてくれた。
『私は戦闘に参加せず、アドバイスさせてもらう』
『『え、なぜ?』』
『見なくては何ができないか、わからないからな』
ソルジャーの言葉に2人は声が出なかった。
確かにそうだと、思ったが。
『さて、実践だ』
黙っている2人のアバターを置いて、ソルジャーは進んでいく。
ソルジャーに追いつき、3人は草原でクエックを探し歩いた。
しばらくすると、1匹のクエックがうろついているのをようやく見つけた。
大きなくちばしをもち、鶏をそのまま大きくしたようなモンスターだった。
赤色の大きなくちばしと、黒くもふもふとした羽毛が体を覆っている。
しかも、その目はぎょろぎょろと動き、藍里と麻耶はどうにも目が可愛くないと感じた。
だが、嫌悪感を感じるのはそれだけではない。
『あいつ、苦手。翼をバサバサしたら、往復ビンタされるし』
『往復ビンタされたら、かなり体力が減るんですよね』
顔をしかめた藍里は初めてクエックと対峙した時のことを、思い出した。
翼で往復ビンタされた時は、左右に吹っ飛ばされながら体力ゲージは3分の2ほどを奪われ、くちばしでつつかれた時には地面に叩きつけられたものだ。
あの時は魔法杖の回復魔法と薬湯で回復しながら戦ったので、かろうじて勝てた。
戦闘が終わった後、2人ともげっそりとしていた。
その記憶を振り切るように、藍里は頭を振り、ゲーム画面に目を向ける。
『あの時はギリギリだったけど、今回は完全勝利!! 行くよ。ニケ!!』
ヘッドホン越しの藍里の気合の入った掛け声に、2人はこちらに背を向けているクエックにアテナとニケを操作して走らせた。