主婦 仲間を集めます
麻耶は普通の主婦である。夫の隆司と2人暮らしだ。
今日も「おはよう」と挨拶をし合い、一緒に朝食を食べる。
新婚の頃は料理もできなくて、簡単なものでも苦戦していた。
そんな麻耶を、隆司は笑いながらも励まし支えてくれる優しい夫である。
そして隆司は自称ゲーマーらしい。もちろん、麻耶とは別のギルドでギルハンもしている。
別のゲームをプレイしているところを何度か見せてもらったが……何をしているか、麻耶はわからなかった。
隆司から説明を受けず、見ているだけだったからだろう。
カチャカチャとコントローラーのボタンが壊れるほどの勢いで操作しており、隆司は手元を見ずにゲーム画面に目は釘付けだった。
実際に格闘ゲームでコントローラーが壊れたこともあるらしい。
この話を聞いたとき、彼のすごい馬鹿力に驚いたし、少し物を大事にしてほしいとも思った。
食事を進めていると隆司が話を切り出した。
「ギルハンは順調に進んでる?」
「……、昨日はオオカミみたいな子に負けました」
「あぁ、シルバーウルフか」
隆司は思い出すように頷いた。
そんな様子に難しいモンスターなのだろうかと、麻耶は思った。
そんなことを考えているうちに、隆司は食事を終えていた。
「ご馳走様。麻耶、仲間を募集してみればいいんじゃないか?」
「…………」
「自分たちだけでどうにもならないなら、他のハンター達に助けを求めるのも策だよ」
そんなことを言いながら、隆司は出勤の準備をしている。
(それができたら、苦労しない)
麻耶は少し拗ねながら、隆司を玄関まで見送った。
その晩、ゲーム内の拠点に集合し、シルバーウルフというオオカミみたいなモンスター攻略について藍里と話し合う。
ギルドを組んでいると言っても、メンバーは藍里と2人だけだ。
麻耶は隆司の提案を、藍里に話した。
『このままではシルバーウルフに勝てせん。仲間を募集しましょう』
『仲間ねぇ〜。……確かにこのままではオオカミみたいなやつには勝てない』
『オオカミみたいな子はシルバーウルフです』
正式名称を覚える気のない藍里は、何か考えを巡らせ、仲間を集めることに納得したらしい。
『仕方ない。探しますか!』
藍里のひと言で仲間探しが始まった。
2人は仲間を探すため、メニューにある集会所情報を開いた。
画面には現在の集会所に入っているユーザーたちの一覧が表示された。
(……文字が小さくて見えない)
麻耶は画面に近づきスクロールしていく。
眉間に皺を寄せ、眼鏡越しに目を細める。
表示されたハンドルネームのプレイヤー達は、ほとんどが各ギルドに所属しており招待は不可能とされていた。
(……出遅れ組の私たちには、辛い現実……ん?)
一覧表示の右上部に【メンバー募集】の文字が見えた。
『藍里、メンバー募集の項目があります!』
『メンバー募集? あっ、ほんとだ。文字が小さい!! 見えない!!』
ヘッドホン越しに、藍里の苛立つ声が響いた。
藍里も同じ40歳だ。徐々に視力が低下しているのだろう。老眼の疑いもあるが。
苦笑いをした麻耶は、マイク越しに藍里をなだめながら、募集を促す。
『私がメンバー募集をすればいいのね。でも、麻耶はいいの? 知らない人だと緊張するでしょ?』
『……。背に腹は変えられません』
そう麻耶は人見知りだった。しかも、口下手。
今朝、麻耶が拗ねていた理由も、藍里が考えを巡らしていたのも
これが原因だった。
『おっ!腹をくくったな。じゃあ募集をかけるわよ』
ギルドを作成した藍里がリーダーとなっていたため、募集をかけた。
藍里の画面に役所から募集受理されたメッセージが表示され、役所のメッセージボードに、ギルドメンバーの募集が張り出された。
――――――――――――――
ギルド名 おばさん
ギルドメンバー アテナ ニケ
ギルドメンバー、募集しています。
クエストに負け続きで困っています。
助けてください。
――――――――――――――
(…………。ギルド名、恥ずかしい)
麻耶は後悔した。興味本位で募集文を見てはいけなかった。
2人で進めていく予定だったので、ギルド名がいい加減過ぎたのだ。
しかも子供みたいな文章で、ますます恥ずかしくもある。
『これで、助けてくれるでしょ!』
(自信がすごい。……どこから湧いてくるその自信……)
アテナこと佐々木 藍里は、高校時代からの親友だ。
明るく、行動力があり、人見知りの私を常に引っ張ってくれる。
面倒見がいいが、子供みたいなところが玉に瑕。
これで社会人をやっているのだからすごいと麻耶は常に思う。
このゲームも、藍里に誘われて始めた経緯がある。
そんな藍里の素直さなのか、あるいは能天気なだけなのかもわからず、麻耶は遠い目をしながらゲーム画面を見つめていた。
すると左下にメッセージが表示された。
――――――――――――――――
ソルジャー:メンバー募集を見た。
メンバーの受け入れ許可を願いしたい。
――――――――――――――――
(来た。ほんとに来た。マジで来た)
びっくりしすぎて、麻耶の心の中が騒がしい。
『やった~! 麻耶、来たよ~。許可するね』
こんな募集文でくるのかと呆然とする麻耶に、藍里の嬉しそうな声が聞こえた。
(警戒心がないの、すごい)
人見知りの麻耶は、藍里の受け入れ方が不思議で仕方ない。
そのためギルドに誘われることはあったが、自分たちが誘うことは初めてだ。
麻耶の心臓がバクバクしている。
部屋のアバターが現れた。
……武将だった。
赤色の甲冑姿のアバターだった。
アバターの頭上ににソルジャーと表示されている。
(〇×△※~)
びっくりしすぎて、麻耶はビーズクッションから滑った。
こんな格好のアバターは初めて見た。
他のアバターとは全然違う。
――――――――――――――――
ソルジャー:許可、感謝する。
申し訳ないが、ボイスチャットの許可を願いたい。
――――――――――――――――
ビーズクッションに座りなおすと、ゲーム機本体にあるボイスチャットのメンバーに送られてきたソルジャーのIDを入れる。
麻耶は緊張していた。
初めて顔を知らない人のIDを入れた。初めて顔を知らない人とボイスチャットをする。
麻耶自身が、自身の短所として認識している【緊張と人見知り】が発動した。
『初めまして、ソルジャーだ。受け入れとボイスチャットの許可、感謝する』
『初めまして、アテナです。こちらこそ、来てくれてありがとうございます』
藍里のアバター、アテナとソルジャーが軽快に挨拶をしている。しかもジェスチャーでおじぎもしている。
同じ初心者の藍里がジェスチャーを、自然にできていることにも驚きだが。
本名を明かさないように、ハンドルネームで話をしている画面の中の2人に麻耶は焦っていた。
挨拶をしなければ、ジェスチャーをしなければ、頭ではわかっているのに、コントローラーのボタンに乗る指は動かない。
声も出ない。心臓もバクバクしている。
『して、そちらの方はいかがいたした?』
『すみません。隣で固まっているのは、ニケです。人見知りなんで、たぶんテレビの前で固まっていると思います』
焦った藍里が麻耶の紹介をし、必死にニケ、ニケとの呼びかけに麻耶の意識が戻ってきた。
『すみません! ニケです。よろしくお願いします!』
『『………………』』
藍里の焦りがうつったのか、麻耶の大きな声がでた。
無言の中、ハープの弦がまた虚しく響いている。
これが、ソルジャーとの恥ずかしい出会いであった。