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主婦 ゲーム始めます

『ニケ!! 危ない!!』


 西野 麻耶(にしの まや)のヘッドホンから、藍里(あいり)の甲高い声が聞こえた。

 その声は焦りを含んでいる。

 32型のテレビのゲーム画面。

 その画面の中で麻耶のアバター、ニケがオオカミの姿をしたモンスターに吹き飛ばされていた。



 レジェンド・ギルド・ハンター、通称ギルハン。

 日本国内で大人気のゲームだ。

 2人以上5人以内でギルド(チーム)を組み、刀・剣・盾・銃・魔法杖から2つの武器を選び、戦略と武器の組み合わせでモンスターを倒しながらギルドポイントを貯め、オンライン上で順位を競い合う。 月間でトップになると、上位限定のモンスターとの戦闘が許され、倒せばレアな装備が手に入る。

 この限定モンスターが人気のようだ。

 ソロでもできるようだが、ソロだとランキングには参加ができない。


 国内のギルハンプレイヤー達が順位を競い、己のゲーム技術を向上させている。

 そんな中でギルハン初心者の私たちは、序盤のボスモンスターに苦戦していた。


『ニケ、大丈夫?』

『なんとか、……体力ギリギリですけど』


 藍里の心配そうな声が聞こえてきた。

 吹き飛ばされたが、ギリギリで生き残ったようだ。

 しかし厳しい状況は変わらない。

 体力ゲージ(HP)は赤く、残りわずか。

 魔法を使うマジックポイント(MP)のゲージも空になり、魔法は使えない状態だ。

 回復アイテムの薬湯も使い果たしていた。

 麻耶のアバター、ニケはハンドガンと魔法杖を装備しているが、MPがなくては魔法は使えない。

 頼みのハンドガンは、威力の低い無属性の弾しか残っていない状態だ。


(これが本当の絶体絶命……マズいな、どうしよう……)


 麻耶はコントローラーを握りしめる手に、汗がにじんできた。


(……ヤバイ、私が狙われてる?)


 オオカミの姿をしたモンスターから伸びる赤いラインはニケへ続いている。

 今、モンスターに狙われているのはニケだ。

 ジリジリと近づいてくるモンスターに、どうにもならないとあきらめながら麻耶はマイクで藍里に呼びかけた。


『もうダメです。マジックポイント、薬湯もすっからかんです』

『私も、すっからかんだわ』

『どうしましょう。魔法で回復はできません』

『イチかバチ全力で攻撃してみる?』

『……魔法杖は物理攻撃ができるんでしょうか? 』

『杖で攻撃をしてみたらわかるんじゃない? 』


 藍里が笑いながら答えた。


(無責任にもほどがある)


 呆れた麻耶はニケを操作し、ため息をつきながら右手には魔法杖、左手には小型の銃を構えさせ、モンスターの正面に据えた。

 藍里のアバター、アテナはモンスターを挟んで反対側にいる。

 小麦色の肌と赤髪のボブ。マクシミリアン洋式のアーマーとロングスカート姿のアテナは、ロングソードと丸盾を持ちながら緊張感を醸し出していた。


『3、2、1、で攻撃するよ』

『わかりました。カウント、お願いします』


 ジリジリと近づいてくるモンスターを見据えながら、藍里のカウントを待った。

 麻耶はゴクリと唾液を飲み込んだ。

 コントローラーを握りしめる手に、また汗がにじんできた。


『カウント始めるよ。……3,2,1』

『『やぁぁぁぁぁぁぁぁ~』』


 カウントが終わると同時に、モンスターを挟みこんでいた2人のアバターは飛びかかる。

 モンスターはクルリと体を捻りながら、攻撃をひらりと躱し、長く太い尻尾でアバター達に向けて叩きつけてきた。


『『あっ……』』


 尻尾が横に並んだ2人のアバターにまとめてヒットした。

 森林の映像がゆっくり流れるゲーム画面には、倒れたアバターとゲームオーバーの文字が浮かび上がっていた。

 麻耶は呆然と画面を見つめていた。


(あぁ……、また負けた。もう少しで勝てそうだったのに)



 レンガ造りの家が建ち並ぶ、中世ヨーロッパに似ている大きな町はプレイヤーの集会場になっていた。

 ゲーム序盤のこの町は、発売日より遅れて始めたせいか、他のプレイヤーはまばらだ。

 麻耶が思っていたよりも人数は少なく、寂れた町になっている。

 この町には、アイテムを扱う道具屋、武器と装備を扱う武器屋、そしてソロ用のクエストの募集や受付・ギルドの登録をしてくれる役所がある。

  「ファンタジーみたいな世界なのに、役所って名前にひねりがない」と藍里がぼやいていた。


 モンスターに負けた私たちは、自分たちの拠点に戻ってきた。

 ギルドを組んで登録をすると、拠点となる部屋が与えられる。

 ベッドやテーブル、ソファー、観葉植物といった家具が設置されており、リアルな部屋になっていた。

 この部屋では装備や道具の準備、クエスト選択ができる仕様になっている。

 ハープの弦を弾くきれいな音楽が流れる中、麻耶は虚しくなって部屋の隅に置いて道具箱で、アイテムを整理していた。

 するとヘッドホン越しに藍里のため息が聞こえてきた。



『はぁ~、あのオオカミみたいなモンスターは、どうやって倒したらいいのよ』

『動きが速すぎて、ついていけませんね。足止めができれば倒せそうなんですが』

『足止めねぇ~』


 無駄にアイテム欄をスクロールしながら、麻耶は藍里と会話をする。

 いい戦略が思いつかず、2人で途方に暮れながら、あ〜でもない、こ〜でもないと話しながら過ごしていると、解散の時間になっていた。

「また、明日」と挨拶して、ログアウトする。


 ヘッドホンを外し、ギルハンのオープニングが流れているテレビの画面を見てため息をつく。

 生まれて40年、ゲームなどしてこなかった麻耶が初めてプレイしているアクションゲーム。

 くるくると動くモンスターに、難しい操作方法が辛い。


 麻耶は眼鏡を外して、目をこする。

 若い頃は疲れ目など無縁だったが、40歳になると画面を凝視すると目が疲れる。


 眼鏡をかけ、ずるずるとビーズクッションに沈み込む。

 ふと部屋の隅に置いてある姿見を見みると、肩まで伸びた黒髪のストレートに丸っこい輪郭、だぼっとしたスエット姿をした自分が見えた。


(あっ……、目尻の小じわが増えた)


 40歳は2度目のお肌の曲がり角が来るということを聞いたことがある。

 銀髪のポニーテール、黒のレザーアーマーと白のローブを着た20代に見える自分のアバターを思い出しながら目尻のしわを伸ばす。

 さて、明日も仕事だ。ゆっくり湯船につかって、スキンケアを入念にして寝よう。


 (明日こそ、あのモンスターに勝つ!!)


 あきらめかけていた気持ちに、発破をかけながら麻耶は部屋を出た。


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