買い物バイト
「奏汰、ちょっといい?」
昼過ぎ、店のピークが落ち着いた頃。
カフェのカウンターの向こうから、店長である奏汰の叔母が声をかけてきた。
「ん?」
「悪いんだけど、牛乳とコーヒー豆が切れそうなの。買ってきてくれる?」
「あー、はいはい」
奏汰はエプロンを直しながら頷く。
「じゃあ、俺行ってくるわ」
「ちょっと待ってね。千尋ちゃんも一緒に行ってもらえる?」
「えっ?」
奏汰と千尋が同時に声を上げる。
「二人いたほうが荷物持ちも楽でしょ?」
叔母はにこっと笑いながら、二人に買い物リストを渡した。
「……まあ、いいけど」
奏汰は肩をすくめ、千尋の方をちらりと見る。
「……わかりました」
千尋も少し戸惑いながら頷いた。
こうして、二人はカフェを出て、近くのスーパーへ向かうことになった。
「牛乳と、コーヒー豆と……あと何だっけ?」
スーパーの入り口で、千尋がリストを確認する。
「えーっと、砂糖も買っとけって書いてあるな」
「了解。じゃあ、さっさと買って戻ろう」
奏汰と千尋は並んで店内を歩き始めた。
カフェの制服姿で歩くのは少し不思議な感覚だったが、バイト中の緊張感がないぶん、自然とリラックスした雰囲気になる。
「奏汰ってバイト慣れてるよね」
「まあな。中学生の頃から手伝ってたし」
「なんか意外……もっと適当なのかと思ってた」
「ひでぇな」
奏汰は苦笑しながら、牛乳の棚からパックを取り出す。
「千尋こそ、なんでバイト始めようと思ったんだ?」
「……いろいろ、経験したくて」
千尋は少し考えるように言った。
「うち、あんまり外食とか行かないから、お店で働くのも初めてで」
「へえ」
奏汰は千尋の言葉に少し驚きながら、次の棚へと進む。
「けど、思ったより大変だよね。仕事って」
「まあな。でも慣れれば楽になる」
「奏汰はいつから慣れたの?」
「さあ……最初はミスばっかだったけど、何回かやってるうちに何とかなるもんだよ」
千尋はその言葉を聞きながら、奏汰の横顔をちらりと見た。
(本当に、バイト中の奏汰って頼れるんだよな……)
学校とは違う一面を知って、少しずつ彼に対する印象が変わりつつあった。
そんな時——
「千尋?」
突然、近くから聞き慣れた声がした。
二人が振り向くと、そこには悠人が立っていた。
「悠人……?」
千尋が驚いた顔をすると、悠人は一瞬だけ表情を曇らせた。
「お前ら、何してんの?」
「バイト先の買い出し。カフェで働いてんだよ」
奏汰が淡々と答えると、悠人は少し目を細めた。
「……千尋も?」
「うん、最近始めたんだ」
「……そっか」
悠人の視線が、奏汰と千尋の間を行き来する。
二人の距離がやけに近いように感じた。
自然に並んで歩き、リラックスした雰囲気。
(……なんだろう、この感じ)
今まで、学校での奏汰と千尋の関係は知っていた。
けれど、こうして二人だけで買い物をしているのを見ると、どこか違うものに見えた。
「悠人は何してんの?」
奏汰の問いに、悠人は少し遅れて答える。
「……買い物。母さんに頼まれて」
「そっか」
一瞬、気まずい空気が流れる。
悠人は何か言おうとしたが、言葉が出てこなかった。
その間に、奏汰が軽く手を上げる。
「じゃあ、俺ら行くわ。早く戻らねぇと」
「あ、うん……」
千尋も悠人の横を通り過ぎ、奏汰と並んで歩いていく。
悠人はその後ろ姿を見つめながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。
(奏汰と千尋……なんか、前より距離が近い気がする)
そんな違和感が、悠人の心の中に静かに広がっていった——。




