初日バイト
「千尋、ドリンクのオーダー入ったら、先にレジで確認してから作るんだぞ」
「うん、わかった」
千尋は緊張しながら、カウンターのレジ画面を確認する。
今日が初めてのバイトで、覚えることがたくさんあった。
(奏汰、思ったよりしっかり仕事してるな)
学校ではどちらかというとマイペースなイメージの奏汰だったが、バイト中は無駄のない動きで仕事をこなしていた。
接客の声も普段より落ち着いていて、どこか大人びて見える。
(なんか……いつもと違う)
そんなことを思いながら、千尋はお客さんの注文を受けた。
「アイスコーヒーと、モンブランケーキですね!」
レジを打ち終え、ドリンクを作るために冷蔵庫から氷を取り出す。
手順通り、グラスに氷を入れ、コーヒーを注ごうとした——その時。
——ガタンッ!
「あっ……!」
手が滑り、グラスがカウンターの上で倒れた。
コーヒーが一面に広がり、カウンターにいたお客さんの方へも飛び散りそうになる。
(やばっ……!)
「……っ!」
千尋が動揺して固まるより早く、奏汰がすぐに手を伸ばした。
すばやくカウンターの布巾を手に取り、こぼれたコーヒーを拭き取る。
同時に、お客さんの方に飛び散らないよう、さりげなくトレーを立ててガードしていた。
「すみません、すぐに新しいものをご用意します」
落ち着いた声でお客さんに謝りながら、奏汰は千尋に目を向けた。
「千尋、氷とグラス、新しいの出して」
「……っ、うん!」
千尋は慌てて動き出し、言われた通りに新しいグラスと氷を用意する。
奏汰は素早くカウンターを拭き終えると、新しいコーヒーを手際よく作り直した。
「お待たせしました。アイスコーヒーとモンブランケーキです」
「ありがとう。大丈夫だよ、気にしないでね」
幸い、お客さんは穏やかに笑って受け取ってくれた。
「すみません……ありがとうございました」
千尋が頭を下げると、お客さんは軽く手を振って席へと戻っていった。
千尋は大きく息を吐く。
(……よかった)
「千尋」
奏汰が声をかける。
「……ごめん、私……」
「別にいいよ。最初はみんなやるし」
奏汰は気にもしていない様子で、布巾を片付けながら言った。
「でも……」
「俺も昔、似たようなミスしたしな。最初は緊張するし、仕方ない」
奏汰の言葉に、千尋は少し驚いた。
(奏汰でも、そんなことあったんだ……)
奏汰は、ミスをしても焦ることなく、淡々と処理していた。
それがあまりにも自然で、なんだか格好よく見えた。
(いつもの奏汰と、ちょっと違う)
学校では、奏汰はどちらかというと適当で、のんびりした雰囲気がある。
けれど、バイト中の彼は仕事に慣れていて、頼れる雰囲気を持っていた。
「……ありがとう」
千尋が小さく呟くと、奏汰は「ん?」と聞き返した。
「いや、なんでもない」
そう言って千尋は首を振る。
(奏汰って、こういう時冷静なんだ……)
今まで知らなかった一面を知り、千尋は少しだけ彼のことが気になり始めていた——。




