デートクリスマス
「いらっしゃいませ!」
千尋は明るく声を出しながら、次々と訪れるお客さんを迎えていた。
店内はすっかりクリスマスムード一色。
流れるBGMもクリスマスソングに統一され、赤と緑のオーナメントが飾られたカフェには、温かな雰囲気が漂っていた。
「ねえねえ、ママ!サンタさんにこれお願いしたの!」
カウンター近くの席で、小さな女の子がキラキラした目で母親に話しているのが聞こえてきた。
嬉しそうにクリスマスカードを見せる姿が可愛らしく、千尋は思わずほっこりと微笑む。
「いい子にしてたら、きっとサンタさん来るよ」
千尋が声をかけると、女の子は「うん!」と元気よく頷いた。
「今日は特別な日だね」
そんな様子を見ていた常連の老夫婦が、コーヒーを飲みながら穏やかに笑う。
「やっぱりクリスマスっていいね」と奥さんが呟き、ご主人も頷く。
「本当に、店の雰囲気も特別な感じがしますね」
千尋もそう言いながら、ふと周りを見渡した。
カフェのあちこちで、プレゼント交換をしているお客さんたちの姿が見える。
写真を撮ってSNSにアップしている人たちも多く、まるでこの瞬間を記録に残したいかのようだった。
「千尋ちゃん、イブなのに予定ないの?」
ふいに同僚の沙織が冷やかすように声をかけてきた。
「えっ? あ、うん……まあ」
曖昧に笑ってごまかそうとするが、沙織はじっと千尋を見つめる。
「ほんとかな~?」
「え、えっと……」
その時——
「千尋ちゃん、あれ、さっき奏汰くんから連絡きてたんじゃない?」
佐伯さんがニヤニヤしながら言う。
「えっ?」
千尋は慌ててポケットからスマホを取り出す。
画面を見ると、そこには
『バイト終わったら、裏口で待ってる』
という奏汰からのLINEが届いていた。
「……」
一瞬、心臓が跳ねるのを感じる。
「なにそれ!絶対デートじゃん!」
沙織が興奮気味に言うが、千尋は「ち、違うってば!」と慌てて否定した。
バイトが終わり、千尋はバックヤードで鏡を見つめる。
髪を軽く整えながら、ふと——
(なんか、今日の私は変かも)
無意識に奏汰を意識していることに気づき、心がざわつく。
(いや、別に……いつも通り、奏汰とご飯食べに行くだけ……)
そう自分に言い聞かせながら、千尋は深呼吸をして裏口へ向かった。
扉を開けると、冬の冷たい空気が頬をかすめる。
そして、そこに奏汰がいた。
壁にもたれ、ポケットに手を突っ込んだまま、スマホを眺めていたが、千尋の気配に気づくと顔を上げる。
「おつかれ」
「あ……お、おつかれ……」
暗がりの中でも、街灯の光が奏汰の横顔を照らしている。
無造作に整えた髪と、寒さに赤くなった鼻先——。
(……なんか、ちょっとかっこいい……?)
そう思ってしまった自分に驚き、千尋は思わず目をそらした。
「……行くか」
奏汰の何気ない言葉に、千尋は「う、うん!」と慌てて頷いた。
予約していた鉄板焼きの店に入り、二人はカウンター席に案内された。
目の前の鉄板の上でシェフが器用にナイフを回しながら、食材を豪快に焼いている。
「初めての方ですか?」
シェフが聞くと、千尋は笑顔で「はい!」と答えた。
「お前、肉好きそうだもんな」
「奏汰こそ、がっつり食べるタイプでしょ」
軽くからかい合いながら待っていると、突然、鉄板の上で炎が舞い上がった。
「わっ!」
千尋は思わず体を引くが、奏汰はそれを見てクスクス笑う。
「びびりすぎ」
「だって、すごい迫力なんだもん!」
奏汰は「ほら、これもうまいぞ」と言いながら、自分の皿の肉を千尋にすすめる。
「いいの?」
「別に」
そっけなく言うが、千尋は「じゃあ、一口もらうね」と嬉しそうに笑い、口に運んだ。
千尋と奏汰は、並んで商店街の通りを歩いていた。
冬の冷たい風が肌を刺すようだったが、どこか心地よさも感じる。
鉄板焼きの店を出たときは、食事の満足感でいっぱいだったのに、今はそれ以上に、胸の奥がそわそわと落ち着かない。
「イルミネーション、見ていかない?」
千尋がふと足を止め、奏汰の顔を覗き込むように言った。
「別にいいけど」
奏汰はいつものようにそっけなく答えたが、千尋はそれに安心した。
変に意識しているのは、自分だけのような気がしていたから。
クリスマスの夜。
街は柔らかな光に包まれていた。
街路樹には無数の小さな電飾が巻き付けられ、まるで星屑が降り積もったように輝いている。
大通りには大きなクリスマスツリーが設置され、その周囲にはカップルや家族連れが集まって写真を撮っていた。
千尋はふと、自分の手を見つめる。
(手……つないだりしたら……変かな)
そんな考えが、ふと頭をよぎる。
(いや、でも奏汰だし……)
奏汰とは、ただの友達。
昔からずっと、こんな風に自然に一緒にいた。
なのに、今日は少し違う。
奏汰はポケットに手を突っ込んだまま、ぼんやりと光の海を見つめている。
「……綺麗だね」
千尋がそう呟くと、奏汰はちらりと視線を向けてきた。
「まあな」
短く答えたあと、再び前を向く。
(ほんと、素っ気ないよね)
そう思いながらも、隣でこうしてイルミネーションを見ているだけで、妙に落ち着く。
ただ、一つ気になることがあった。
(あの時のシュシュ……)
奏汰が渡してくれたプレゼント。
あの時は何も考えられなかったけど、今改めて思い出すと、心がざわつく。
千尋は何気なく手首をなぞり、紺色に星のチャームがついたシュシュに触る。
(奏汰って、私が星のアクセサリー好きなの、覚えてたよね……)
言葉にはしていなかったけど、心の中で何度も反芻する。
それと同時に、バイト先の佐伯さんの言葉が蘇る。
——「逃しちゃダメよ?」
その言葉の意味が、今なら少しわかる気がした。
その時、不意に——
奏汰の指が千尋の手の甲に触れた。
「……!」
千尋は驚き、奏汰の顔を見上げる。
でも、奏汰は特に気にした様子もなく、ただ前を見て歩いていた。
(え、今の……)
偶然? それとも……。
自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえた。
「ねえねえ、悠人、あっちの方がもっと綺麗そう!」
咲良が楽しそうに悠人の腕を引っ張る。
「お、おい、そんなに引っ張るなって」
「いいじゃん、今日はクリスマスなんだから!」
咲良は笑いながら、悠人の手をぎゅっと握った。
クリスマス・イブの夜。
街中はカップルで溢れ、煌びやかなイルミネーションが輝いている。
悠人はぼんやりとその光を見つめながら、ふと考えていた。
(千尋、今頃バイト終わったかな……)
千尋は今日、遅くまでバイトだと言っていた。
だから、クリスマス・イブなのに特に予定もないはずだった。
それなのに——
視界の端に、見覚えのあるシルエットが映った。
「……え?」
イルミネーションの輝く広場。
そこにいたのは、千尋と——奏汰だった。
二人は、並んで歩いていた。
千尋が奏汰の隣で微笑んでいる。
奏汰は相変わらず無表情だけど、どこか気を許しているようにも見える。
悠人は足を止めた。
「悠人?」
咲良が不思議そうに振り返るが、悠人は何も答えられなかった。
(千尋……バイトじゃなかったのか……?)
思考がうまくまとまらない。
(いや、それより……)
千尋と奏汰が一緒にいることが、妙に気になった。
(なんで、こんな気持ちになるんだ……)
千尋が他の友達と一緒にいるところなんて、何度も見てきた。
だけど、今夜の千尋は、いつもと違う気がした。
(……なんか、距離が近い……)
悠人は知らず知らずのうちに、拳をぎゅっと握りしめていた。
その時、千尋がふと立ち止まり、何かを考えるように下を向いた。
奏汰が、それを横目でちらりと見る。
「どうした?」
唇がそう動いたように見えた。
千尋は、少し戸惑うように微笑むと、髪を軽く触った。
その仕草を見ると悠人の心がざわりと揺れた。
「悠人……?」
咲良が心配そうに腕を引いた。
悠人は気づかないふりをして、足を踏み出す。
だけど、心は落ち着かなかった。
(あれは……俺の知らない千尋だ)
千尋と奏汰の間に流れる空気は、まるで他人のもののようで——
悠人は、それをただ見つめることしかできなかった。




