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驚愕交際


◇◆◇

カフェの昼のピークが終わり、店内は一気に落ち着いた雰囲気になった。窓の外には冬の低い陽が差し込み、少し早い夕方の気配を漂わせている。


「おつかれー! 千尋ちゃん、休憩入っていいよー」


調理担当の先輩スタッフ、佐伯さんが声をかけてくれた。


「はい、おつかれさまです!」


千尋は手際よくエプロンを外し、裏の休憩室へ向かう。狭いが落ち着くこのスペースには、小さなテーブルと椅子、業務用のコーヒーメーカーが置かれていた。


佐伯さんは千尋よりも数年年上の20代の女性で、明るく気さくな性格をしている。いつも軽い冗談を交えながら話しかけてくれるので、千尋もリラックスして会話ができる相手だった。


「はー、やっと落ち着いたねぇ」と言いながら、佐伯さんはコーヒーメーカーから温かいコーヒーをカップに注ぐ。


「ほんとですね。今日、ちょっと忙しかったですよね」


「うんうん、冬休み前だからかな~。そういやさ、千尋ちゃん、冬休みっていつから?」


佐伯さんはカップを手に取りながら、何気なく尋ねた。


「えっと……明日からです」


千尋はそう答えながら、自分も棚からティーバッグを取り出し、お湯を注ぐ。紅茶の香りがふわりと広がった。


「おお、明日からか~! いいねぇ。どっか行く予定とかあるの?」


佐伯さんは興味津々といった様子でカップを傾けながら、千尋の顔を覗き込む。


「えっ……あっ」


千尋は思わず言葉に詰まった。


冬休みの予定――改めて考えると、家族と過ごす時間を除けば、特にこれといったイベントは思い浮かばない。ただ、明日のバイト終わりに奏汰と夕食に行く約束はある。


けれど、それを言うのはなんとなく気恥ずかしくて、一瞬迷ってしまった。


佐伯さんはニコニコしながら「ん?」と待っている。


「えっと……バイト終わりに……奏汰と、夕食……」


千尋は少し小さな声で答えた。


「え、それだけ?」


佐伯さんは驚いたように目を見開いた。


「付き合ってるのに、そんなにデート少なくない?」


「っ!? ち、違いますっ!」


千尋は反射的に顔を真っ赤にしながら、強く否定した。


「えっ、本当に付き合ってないの?」


佐伯さんは驚いたように言いながら、コーヒーカップを持ち上げた。


「マジか~、てっきりそうだと思ってたわ」


千尋は熱くなった頬を両手で覆いながら、小さな声で「そんな風に見えます?」と聞き返した。


「見える見える。っていうか、付き合ってない方がびっくりだよね~」


佐伯さんは気楽な口調でそう言うと、コーヒーをひと口飲む。


「だって、二人ってめちゃくちゃお似合いだし、なんか自然に惹かれ合ってる感じするし?」


「お、お似合い……」


千尋は困惑したように目を瞬かせた。


(そんなこと、考えたことなかった……)


確かに奏汰とは仲がいい。

バイト終わりに一緒に帰ることもあるし、最近は食事に行くことも増えた。

でも、それはただの「友達」としての関係であって、特別な意味があるわけじゃない。


……はずなのに、佐伯さんにそう言われると、なんだか急に意識してしまう。


「それにさ、あんないい男、そうそういないよ?」


佐伯さんの何気ない一言が、千尋の胸に突き刺さった。


「えっ……?」


「いやだって、奏汰くんって、普通に格好いいし、しっかりしてるし、優しいし……ちょっと無愛想なとこもあるけど、それもまたいいよね」


「そ、そんな……!」


千尋は慌てて否定しようとしたが、言葉に詰まった。


(奏汰って……いい男なのかな……?)


改めて考えてみると、奏汰は確かに周りからの信頼も厚いし、責任感もある。

バイトでもしっかり働くし、さりげなくフォローもしてくれる。

しかも、時々見せる不意の優しさには、ドキッとすることもある。


「逃しちゃダメよ?」


佐伯さんはクスッと笑いながら言った。


千尋の心臓がドクンと跳ねる。


(逃しちゃダメ……?)


そんな風に考えたことなんてなかった。

奏汰はいつも隣にいるのが当たり前で、特別に意識することもなく、ただ「友達」として付き合ってきた。


でも——本当にそれだけ?


「奏汰と一緒にいるのは……当たり前になってたけど……私、どう思ってるんだろう」


自分の気持ちがわからなくなって、千尋はそっとカップを持ち上げた。


紅茶の香りが、いつもより強く感じられた。


***


休憩時間が終わり、千尋はカフェのフロアに戻った。


「いらっしゃいませ!」


いつも通りの接客。

けれど、頭の中は全然いつも通りじゃなかった。


(奏汰って、格好いい……? しっかりしてる……?)


今まで当たり前のように思っていたことが、急に違う角度から見える。


(……どうしよう)


千尋は、お客様に笑顔を向けながらも、心の中で困惑していた。


奏汰のことを考えるたび、胸が少しだけ苦しくなる気がした。

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