合宿─夜
合宿二日目の夜。
昼間のハイキングやレクリエーションで疲れたのか、生徒たちは早めに部屋へと戻り始めていた。
宿舎の外はひんやりとした空気が漂い、昼間の喧騒が嘘のように静かだ。
奏汰は、ひとり廊下を歩いていた。
(なんか……寝る気になれねぇな)
同室の悠人や大輝たちはもう布団に入っていたが、奏汰はどうにも落ち着かず、部屋を抜け出してきたのだった。
宿舎の端にあるベンチに座り、ぼんやりと外を眺める。
静かな夜の風が、肌を撫でるように吹き抜けた。
「……奏汰?」
不意に、背後から名前を呼ばれた。
振り返ると、そこには千尋が立っていた。
「お前も寝れないのか?」
「うん。なんか……寝る前に、少し外の空気が吸いたくて」
千尋はそう言いながら、奏汰の隣に座った。
「今日は……疲れたな」
奏汰がぽつりと呟くと、千尋も小さく頷いた。
「うん。でも、楽しかった」
「……そっか」
奏汰はどこか釈然としない気持ちで夜空を仰ぐ。
「……今日、全然喋れなかったな」
何気なく言ったその言葉に、千尋が少し驚いたようにこちらを見た。
「……そうだね」
「……なんか、変な感じだよな」
いつもなら、委員会や登下校で話す機会が多いのに、今日は班行動のせいでまともに会話する時間がなかった。
「昼間、悠人とよく喋ってたよな」
奏汰はそう言いながら、無意識のうちに自分の足元を見つめていた。
「……奏汰も、悠人と楽しそうにしてた」
「……まぁな」
互いに言葉を交わしながらも、なんとなくしっくりこない。
いつもなら、言葉がなくても特に気にならないのに——
今日は妙に、話せなかった時間が惜しく感じた。
「別に、気にすることじゃないんだけどな」
奏汰はそう言って、自分の胸に広がる感情を誤魔化すように小さく笑った。
「うん……でも、ちょっと変な感じがする」
千尋もまた、少しだけ目を伏せながら呟いた。
夜の静けさの中、二人はしばらく無言で座っていた。
言葉を交わさなくても、なんとなく伝わるものがあった。
(……なんだろ、これ)
奏汰は、自分の中にある違和感の正体を掴みかねていた。
ただ、今日一日を振り返ると、悠人と千尋が話している姿ばかりが思い出される。
そして、それを見ていた自分の気持ちは——。
「……そろそろ戻るか」
奏汰が立ち上がると、千尋もゆっくりと立ち上がった。
「うん」
並んで歩きながら、奏汰はふと、口を開く。
「明日はもう帰るんだよな」
「……うん。なんか、あっという間だった」
「まぁ、また学校で会えるけどな」
「……そうだね」
千尋は少しだけ微笑んで、宿舎の入り口に向かって歩き出した。
——その笑顔を見た瞬間、奏汰の胸に広がるざわつきが、ほんの少しだけ強くなった気がした。




