24予定
公園のベンチに座ったまま、千尋は奏汰の顔をじっと見つめた。
少し前までのモヤモヤが嘘みたいに晴れて、心の奥が温かい。
奏汰は何気なく「バイトの後に飯でも行くか」と言っただけだったけれど、その一言が千尋にとっては特別に感じられた。
バイトの後だけど——奏汰とクリスマスに一緒に過ごせる。
それだけで十分だった。
「……じゃあ、楽しみにしてる」
自然と口元がほころぶ。
奏汰は少しだけ目を見開いたあと、ふっと笑った。
「そんな大げさなもんじゃねーけどな」
缶コーヒーを持ったまま肩をすくめる仕草は、いつも通りの奏汰だった。
でも、千尋は気づいた。
彼の表情がどこか満足げだったことに。
(奏汰も、ちょっとは楽しみにしてくれてるのかな……?)
そんな考えがふと頭をよぎると、心臓が少しだけ跳ねた。
自分でも気づかないうちに、奏汰の言葉や表情に一喜一憂している。
それが何を意味するのか、千尋はまだはっきりとは分からなかった。
けれど——。
「そろそろ帰るか」
奏汰の言葉に、千尋は小さく頷いた。
二人は並んで公園を出る。
街灯の光がぼんやりと足元を照らし、冷たい夜風が吹いた。
けれど、千尋の心はどこか温かかった。
今まではバイトの日が近づくと、少しだけ憂鬱になっていた。
でも——。
(……奏汰とバイトするの、悪くないかも)
そう思った瞬間、自分の中で何かが変わり始めていることに気づいた。
奏汰の隣を歩きながら、千尋はそっと自分の胸に手を当てた——。
冬の朝は空気が澄んでいて、教室に入った瞬間、どこかひんやりとした冷気を感じる。窓の外では淡く白い雲が広がり、寒さのせいか登校してきたクラスメイトたちの口からは白い息が漏れていた。
「もうすぐクリスマスだな~」
そんな何気ない声が、教室のあちこちから聞こえてくる。
12月も半ばを過ぎ、街はすっかりクリスマスムード一色だった。駅前のイルミネーションは毎晩きらびやかに輝き、コンビニやスーパーでもクリスマス向けの商品が目立つようになってきた。教室の中でも、話題の中心は自然とクリスマスに向かっていく。
「お前ら、クリスマス何する?」
誰かがそんなことを言い出すと、あちこちで「彼女と過ごす!」「バイトだよ、バイト!」「家族とケーキ食べる!」といった返事が飛び交う。
そんな中、悠人が何気なく奏汰の方を向いた。
「お前、クリスマス何か予定あんのか?」
その問いに、奏汰は興味なさそうに答える。
「バイト」
即答だった。まるで特別なことでも何でもないというような、あまりにも淡白な返事に、悠人はわずかに眉を上げる。
「お前、クリスマスも働くのかよ」
「別に、暇だし」
奏汰は肩をすくめると、特に会話を続ける気もなさそうに教科書を開いた。
悠人は少し考えるような仕草をした後、今度は千尋の方へ視線を向ける。
「千尋は?」
「えっ……」
一瞬、千尋の肩がピクリと揺れた。
視線が自分に向いたことに気づき、千尋はわずかに頬を紅くしながら、戸惑ったような表情を見せる。
(クリスマス……)
つい先日、奏汰に「クリスマス空いてる?」と聞かれたときのことが頭をよぎる。一瞬、デートの誘いかと勘違いしてドキッとしたけれど、実際はただバイトのシフトの確認だった。あの時の気まずさを思い出し、千尋は思わずそわそわと視線を泳がせる。
「わ、私も……バイト」
どうにかそう答えたものの、言葉の端に妙な引っかかりがあったのか、悠人はじっと千尋を見つめた。
「ふーん」
彼のその短い返事には、何か含みがあるように思えた。
(な、なんでそんな目で見るの……?)
千尋はそわそわしながら、適当にノートをめくって視線をそらした。奏汰はそんな千尋の反応にも特に気づいた様子はなく、ただ淡々と自分の教科書に目を落としていた。
クリスマスの話題は、クラスのあちこちで続いていた。
「私は友達と遊ぶ予定!」
元気よくそう宣言したのは咲良だった。彼女は机の上に肘をつきながら、にこにこと楽しそうに話している。
「イルミネーション見に行くんだよね~。あと、おしゃれなカフェでクリスマス限定のスイーツとか!」
「いいなぁ、それ!」
近くにいた女子たちが共感するように頷く。
一方、村瀬は何気ない口調でこう言った。
「俺は家族で飯かな」
「クリスマスって感じだな」
「まあな。ガキの頃から恒例だからな」
彼は特に気にした様子もなく、軽く笑っている。
そんな話の流れで、千尋は何気なく悠人の方を見た。
「悠人は?」
すると、悠人は特に感情のこもらない声で「別に」とそっけなく答えた。
「えー?彼女と過ごさないの?」
咲良が軽く茶化すようにそう言った瞬間、悠人の表情がわずかに陰った気がした。
だが、すぐに彼は「……じゃあ、どっか行くか?」とだけ答え、それに咲良は「やった〜!」と嬉しそうに返した。
(悠人……?)
千尋はその言葉の奥に、何か違和感のようなものを感じた。
彼は咲良の言葉を適当に流しただけかもしれない。でも、悠人の言葉には、どこか冷たさがあった。
千尋は悠人をじっと見つめたが、彼はすぐに視線を逸らし、話題を変えようとするように「そろそろ授業始まるぞ」と短く言った。
それを合図に、クラスの会話も自然と途切れる。
そして、悠人の横でそのやりとりを見ていた奏汰は、特に気にする様子もなく、ただ無言で教科書のページをめくっていた——。




