充実約束
土曜日の午後、喫茶店の柔らかな照明の下、千尋はエプロンの紐を結びながら、大きく息をついた。
週末のこの時間帯は特に忙しい。ランチを済ませた客がのんびりとコーヒーを楽しんだり、休日を満喫する家族連れがケーキを頼んだりと、店内は賑わっている。
「千尋、あそこの注文お願い」
「はい!」
ホール担当の千尋は、笑顔を作りながらお客さんのもとへ向かった。オーダーを取り、キッチンに伝え、できあがった料理を運ぶ。そんな流れ作業を繰り返すうちに、いつの間にか汗がにじんでいた。
一方、奏汰は変わらず淡々と仕事をこなしていた。彼は主にドリンクを担当しており、コーヒーを淹れたり、カフェラテのミルクを泡立てたりと、手際よく作業を進めている。千尋が運んだグラスの水滴をさっと拭き取りながら、時折無言で視線を送ってくることがあった。
「……ふぅ」
ひと段落ついたところで、店長が「じゃあ、交代で休憩入っていいよ」と声をかけた。千尋は頷き、奏汰と共にスタッフ用の休憩スペースへ向かった。
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休憩時間
休憩スペースは小さな個室のようになっていて、冷蔵庫や電子レンジ、簡単なテーブルと椅子が置かれていた。
千尋は椅子に腰掛け、ふぅっと肩の力を抜いた。奏汰も向かいの席に座り、ペットボトルの水をひと口飲む。しばらく無言の時間が続く。
バイトの合間に、二人きりで休憩することは何度かあったが、特に会話が弾むわけでもなく、奏汰がスマホをいじり、千尋がぼんやりと天井を見上げる、そんな時間が多かった。
しかし——今日の奏汰は少し違った。
「なあ」
突然、奏汰が口を開いた。
「ん?」
千尋が反応すると、奏汰はペットボトルを机に置き、何気なく尋ねた。
「クリスマス、空いてる?」
——クリスマス?
その言葉に、千尋の心臓が一瞬跳ね上がる。
「え……?」
何を言われたのか、一瞬理解が追いつかなかった。
クリスマスといえば、恋人たちが特別な時間を過ごす日。友達同士でパーティーをする人もいるけれど、わざわざ「空いてる?」と聞かれるなんて——まるで、デートの誘いみたいじゃないか。
「え、うん……たぶん」
戸惑いながらも、千尋はぎこちなく答えた。顔が熱くなるのを感じる。
すると、奏汰は軽く頷き——
「そうか。じゃあ開けといて」
何気ない口調で、そう言い放った。
「……え?」
千尋は呆然と奏汰を見つめた。
何この流れ——。
それってつまり、やっぱりデートの誘い……!?
「……え?」ともう一度小さく呟いた千尋だったが、奏汰は特に気にする様子もなく、スマホをいじり始めた。
心の中で、千尋の思考はぐるぐると回る。
(え、待って待って……え? どういうこと!?)
戸惑いが収まらないまま、休憩時間が終わる合図のチャイムが鳴った。
「……行くか」
奏汰が椅子から立ち上がる。
千尋はまだ混乱の渦の中にいたが、慌ててエプロンを整えながら「う、うん……」と小さく返事をした。
こうして、モヤモヤした気持ちを抱えたまま、千尋は仕事へと戻るのだった——。




