友人期末
冬の気配が濃くなり始めた教室では、窓の外から冷たい風が吹き込んでくるたびに、生徒たちが身を縮めていた。昼休みの終わりが近づき、ざわざわとした教室の雰囲気の中で、奏汰はぼんやりとノートを眺めていた。
机の上には、適当に書き散らかした数式が並んでいる。数学の課題のつもりで開いたノートだったが、どうにも集中できず、ただペンを走らせていた。
「お前、勉強どうしてんの?」
ふいに声をかけられ、奏汰は顔を上げた。そこには、体育祭の騎馬戦でコンビを組んだ村瀬が立っていた。
「ん?」
「いや、お前さ。期末試験の勉強、してんのかって聞いてんだよ」
「適当」
奏汰はペンを回しながら、気の抜けた返事をする。村瀬は一瞬唖然とした後、噴き出すように笑った。
「はは、やっぱそんな感じか。実は俺もそんなもんだわ」
予想外の答えに、奏汰は思わず片眉を上げた。
「お前、意外とちゃんとやってるタイプかと思ったけどな」
「いやいや、そんなことねぇよ。授業中、ノート取ってるフリはするけど、家じゃほぼ手つけてねぇ」
「お前もか」
思わぬ共通点に、二人は顔を見合わせると、軽く笑い合った。
⸻
午後の授業が始まり、いつものように教師の声が教室に響く。数学の授業だったが、奏汰も村瀬もさほど真剣に聞いていなかった。
「じゃあ、この問題……奏汰、解いてみろ」
突然、教師に名前を呼ばれ、奏汰は面倒くさそうに顔を上げた。クラスの何人かがクスクスと笑い、悠人が少し呆れたように横目で見ている。
「……適当にやっていいっすか?」
「いいわけあるか。ちゃんと考えろ」
「ですよねー」
仕方なく立ち上がり、黒板に向かう。ノートを見ても、さっき適当に書いた式しか残っていない。
「えーと……」
適当にチョークを走らせながら、内心どうしようかと考えていると、隣から小さな声が聞こえた。
「おい、こうやって解くんだよ」
見ると、村瀬が机の上に指で式を書いていた。奏汰はその答えを見て、何となくそれっぽく黒板に書き込む。
「……ふむ、一応正解だな」
教師が納得し、奏汰はほっとして席に戻った。
「助かったわ」
「俺も次当てられたら頼むぞ」
「適当にやるわ」
二人は軽く笑い合い、そんな様子に千尋が興味深そうに言った。
「ねえ、二人ってなんか似てるよね」
「は?」
村瀬が怪訝そうな顔をする。
「いや、こういう適当なとことか?」
「そんなわけねぇだろ」
村瀬は笑いながら否定したが、奏汰は少し考えた後、「まぁ、似てないこともないかもな」と呟いた。
⸻
放課後、帰り支度をしていた奏汰の元へ、村瀬が歩み寄ってきた。
「お前、今日どこ寄る?」
「いや、特に決めてねぇけど」
「じゃあ、駅まで一緒に行くか」
「……まぁ、いいけど」
こうして、二人は自然と一緒に帰ることになった。
外はすっかり冷え込んでいて、白い息が夜の空気に溶けていく。
「そういえばさ」
駅に向かって歩きながら、村瀬がふと口を開いた。
「期末終わったら遊びに行こうぜ」
「は?」
「いや、せっかくだし。試験終わったら暇だろ?」
「まぁ、考えとくわ」
奏汰はそう言いながらも、少しだけ口元を緩めた。
冬の夜風が吹く中、新しい友情が、静かに芽生え始めていた——。
◇◆◇
12月に入り、冬の寒さが一層厳しくなってきた。教室の窓から差し込む朝の光はどこか冷たく、吐く息は白く曇る。そんな中、期末試験が目前に迫り、クラスの空気も徐々に張り詰めてきていた。
「やばい、もう全然勉強してない……!」
朝のHRが始まる前から、クラスのあちこちでそんな声が飛び交っていた。机に突っ伏して嘆く者、必死に単語帳をめくる者、そして、どこかのんびりしている者。
悠人はというと、いつものように静かにノートを広げ、淡々と復習を進めていた。その横では、咲良が試験範囲のプリントを眺めている。しかし、二人の間に会話はなかった。
以前なら、咲良が「悠人、ここ教えて!」と気軽に聞き、悠人も自然と答えていたはずなのに——。
千尋はそんな二人を遠巻きに見ながら、なんとも言えない気持ちになっていた。
——やっぱり、どこかおかしいよね。
そう思いながらも、今は自分の勉強に集中しなければならない。
「千尋、ここわかる?」
隣の友人に声をかけられ、慌ててノートを開いた。
⸻
放課後、教室には残って勉強する生徒たちの姿があった。
「うーん、もうダメかも……」
千尋は机に突っ伏しながら、難しい数学の問題に頭を抱えていた。
「お前、マジで必死だな」
隣の奏汰が、呆れたようにノートを覗き込んでくる。
「だって、試験前だもん……! こんなに勉強するの、久しぶりかも」
千尋は苦笑いしながら答えた。
「俺は適当にやるだけ」
「はいはい、またそうやって……」
奏汰のいつもの言葉に、千尋は軽くため息をついた。しかし、ふと彼のノートを覗くと、意外にも必要なポイントはしっかり押さえられている。
「……え? なんかちゃんとやってない?」
「まあ、最低限な」
「適当って言うわりには、ちゃんと考えてるじゃん」
「別に赤点取るほどバカじゃねぇし」
そう言って、奏汰は椅子の背もたれに寄りかかった。
「俺には俺のやり方があるんだよ」
千尋はその言葉を聞きながら、どこか腑に落ちない気持ちを抱えた。
⸻
一方、その頃——。
「俺、今回マジでヤバいんだけど」
村瀬は、隣にいたクラスメイトにそう嘆いていた。
「今さら言っても遅いでしょ」
「いや、まだ望みはあるはず……!」
「何その根拠のない自信」
「ほら、俺、意外と追い込まれると強いタイプだから」
「……へぇ?」
奏汰が冷めた目で村瀬を見た。
「まあ、適当にやるわ」
「お前もか」
二人は顔を見合わせ、何となく笑った。
⸻
夜、千尋は自宅の机で黙々と勉強を続けていた。
数学の問題を解きながら、ふと奏汰の言葉を思い出す。
「俺には俺のやり方があるんだよ」
千尋はペンをくるくると回しながら、ぼんやりと考えた。
——なんであいつ、あんなに適当なのに大丈夫なんだろう?
確かに、奏汰はいつも「適当」と言いながらも、テストではそれなりの点数を取っている。何も考えていないようで、最低限の対策はしているのだ。
「……意外と計算高いのかも」
千尋は呟きながら、小さく笑った。
それにしても、なんだか今日はいつもより奏汰のことを考えている気がする。
——なんでだろう?
その疑問を抱えたまま、千尋はまた問題集へと視線を落とした。
⸻
そして、試験当日。
教室には、独特の緊張感が漂っていた。
「終わった……」
「今からでも逃げたい……」
「いや、まだ1教科目だから!」
試験開始前から、クラスメイトたちの悲痛な声が飛び交っている。
「お前ら、覚悟決めろよ」
悠人が淡々と教科書を閉じる。その横で、咲良が少し寂しそうに彼を見ていた。
「……悠人、頑張ってね」
小さな声でそう言うと、悠人は少し驚いたように咲良を見た。
「……ああ」
それだけ言って、彼は試験問題を配る教師の方へと向き直る。
千尋も深呼吸をして、気持ちを整えた。
奏汰はというと、どこか余裕のある表情を浮かべている。
「さて、適当にやりますか」
「もうちょっと緊張しなよ……」
千尋が呆れながら言うと、奏汰は軽く笑った。
やがて、試験問題が配られる。
「では、始めてください」
教師の声と同時に、カリカリとペンを走らせる音が教室中に響き渡った——。




