期末焦燥
12月に入り、寒さが一段と厳しくなってきた。窓の外では木枯らしが吹き、教室のストーブの前には生徒たちが自然と集まる。そんな中、クラスの空気もまた、少しずつ変わり始めていた。
「はぁ……期末試験、もうすぐかぁ」
千尋は机に突っ伏してため息をついた。周りのクラスメイトたちも同じような表情をしている。
「そういえば、あと一週間もないんだよね」
「やばい、全然勉強してない……!」
「今回の数学、絶対難しいよな?」
そんな声があちこちから聞こえてくる。教室には、試験前特有のピリついた空気が漂い始めていた。
その時、クラスの中心にいた咲良が勢いよく手を叩いた。
「よし! だったらみんなで勉強会しない?」
その一言に、周囲がざわつく。
「勉強会?」
「そうそう! どうせ一人でやっても捗らないし、みんなでやったほうがいいかなって!」
「それは……確かに」
千尋も、どうしようかと悩んでいた。正直なところ、一人で家にこもって勉強するより、クラスの友達と一緒の方が楽しく学べそうだ。
「誰か、教えられる人いないかな?」
咲良の言葉に、数人が視線を向けたのは、ある一人の男子だった。
「悠人がいるじゃん!」
「えっ、俺?」
悠人は少し驚いたように眉を上げた。
「悠人、学年でも成績いいでしょ? 先生より分かりやすいかも!」
「いや、俺は別に……」
「悠人先生って呼んでいい? じゃあ、決まり!」
咲良は強引に決定を下し、周囲からも賛成の声が上がる。
「じゃあ、放課後教室に残ってやろうよ!」
こうして、即席の勉強会が決まった。
⸻
放課後、教室にはいつもより多くの生徒が残っていた。机をいくつか並べ、即席の勉強スペースが作られる。
「さて、じゃあまずは数学からやろうか」
悠人が黒板に数式を書き始めると、クラスメイトたちもノートを開いた。
「……なあ、俺もここにいていいの?」
そんな中、奏汰がぼそっと呟いた。
「何? 奏汰も勉強するの?」
千尋が驚いて聞くと、奏汰はつまらなそうに肩をすくめた。
「別に。ただ、みんな残ってるし……なんとなく」
「ふーん?」
「つーか、悠人の授業とか、普通に面倒くせぇだろ」
「おい、聞こえてるぞ」
悠人が少しムッとしながら振り返る。
「まぁ、聞いてろよ。これは試験範囲の中でも特に難しいところだからな」
悠人が解説を始めると、さすがにクラスメイトたちも真剣に聞き始めた。
「えっと……この公式を使えばいいの?」
千尋がノートに書いた数式を見ながら尋ねると、悠人がうなずく。
「そう。でも、この問題は応用だから、普通の解き方じゃなくて……」
「なにこれ、難しすぎる!」
千尋が思わず頭を抱えると、隣にいた奏汰がくすっと笑った。
「はは、お前、数学苦手だろ」
「うるさいなぁ!」
「ほら、こうやって考えるんだよ」
そう言いながら、奏汰はノートにさらさらと解き方を書き始めた。
「え……意外と分かりやすい」
悠人の解説よりも、奏汰の説明のほうが千尋にはしっくりきた。
「へぇ、お前、人に教えるの向いてるんじゃね?」
「別に。ただ、俺がこうやって解くってだけ」
奏汰はそっけなく答えるが、千尋はちょっと意外に思った。普段適当なことばかり言っている奏汰が、こんな風に人に教えられるなんて。
「奏汰が先生……なんか違和感あるなぁ」
「うるせぇよ」
そんなやり取りに、周りからも笑い声がこぼれた。
⸻
勉強会が進む中、咲良が「みんなで頑張ろう!」と明るく声をかける。しかし、その横で悠人はどこかそっけない態度を取っていた。
「……悠人?」
千尋が何気なく声をかけると、悠人は「別に」と短く答えるだけだった。
咲良も、少し寂しそうな表情を見せたが、すぐに笑顔を作った。
「悠人先生、次の問題もお願いします!」
「……ああ」
悠人は淡々と黒板に向かい、説明を続ける。
千尋は、そんな二人のやり取りを見ながら、心の中に小さな違和感を覚えていた。
⸻
気づけば、教室の時計は夕方を指していた。
「うわ、もうこんな時間か!」
「そろそろ帰らないと!」
生徒たちは慌てて荷物をまとめ始める。
「今日はありがとね、悠人! 奏汰も!」
「……まあ、別に」
「また明日もやる?」
「それもアリだな!」
それぞれが帰り支度をする中、千尋はふと奏汰の方を見た。
「奏汰、意外とちゃんと勉強してるんだね」
「……まあな」
いつもは適当に流す奏汰が、珍しく真面目な顔をしていた。
千尋は、その表情に少しだけ驚きつつ、どこか気になってしまうのだった——。




