閉幕不和
——ドォン!
校内に響く大きな音とともに、文化祭の終了を告げる花火が上がった。
鮮やかな火花が夜空に広がり、観客席や屋上から歓声があがる。
ついに、文化祭が終わったのだ。
「……終わっちゃった」
お化け屋敷の入り口で、千尋がぽつりと呟いた。
ついさっきまでお客さんを案内し、驚かせることに夢中だったのに。
今は、何もかもが静かに思えて、心にぽっかり穴が空いたようだった。
「ふぅ……!」
そんな中、誰かが手を叩く音が響く。
「みんな、お疲れ様!!!」
咲良の元気な声がクラス全体に広がり、次の瞬間——
「「お疲れぇぇぇぇ!!!」」
クラス全員が一斉に叫び、拍手が巻き起こる。
「最後まで本当に頑張ったよな!」
「めっちゃ楽しかった!」
「お客さん、めっちゃビビってたよね!」
あちこちで笑い声が弾け、疲れと達成感が入り混じった空気に包まれる。
「……私、最初は怖かったけど」
千尋は、自分の胸に手を当てた。
「でも、楽しかった!」
自然と、笑顔になっていた。
「ははっ、なんかやっとそれっぽいこと言ったな」
隣にいた奏汰が、腕を組みながら少し笑う。
「まぁ、頑張ったんじゃねーの?」
その言葉に、千尋は少し驚いた。
素直に褒めるわけではないけど、認めてくれているのがわかる。
(……奏汰なりの労い、なのかな)
そんな風に思うと、自然と嬉しくなった。
◆◇◆
「よし、片付け始めるぞー!」
先生の一言で、みんなが一斉に動き出した。
装飾を外し、机や椅子を元の配置に戻していく。
ポスターや受付のボードを片付けながら、千尋はふと視線を向けた。
——悠人と、咲良。
二人は、片付けをしながらもどこかぎこちない雰囲気だった。
悠人は黙々と作業を進め、咲良はどこか寂しそうに微笑んでいる。
(……やっぱり、何かあったんだ)
千尋は気になりながらも、どう声をかけるべきかわからなかった。
「おい、千尋」
「え?」
振り返ると、奏汰が少し眉をひそめていた。
「ぼーっとしてないで、こっち手伝えよ」
「あ、ごめん!」
千尋は慌てて動き出した。
◆◇◆
片付けが一段落し、時計を見るともう夕方だった。
ふと、誰かが言った。
「なあ、打ち上げとかやんね?」
「いいね!」
「どこでやる?」
あちこちから声が上がる中——
「教室でやろうよ!」
咲良が、手を挙げて提案した。
「ここなら、片付けも終わったし、みんな集まりやすいでしょ?」
「たしかに!」
「飲食系はダメだけど、お菓子とか持ち寄ればいいんじゃない?」
あっという間に決まり、クラスメイトたちはそれぞれ買い出しや準備に動き出した。
「お前らも行くよな?」
悠人が奏汰に問いかける。
「……まぁ、別にいいけど」
「千尋は?」
「もちろん行くよ!」
こうして、文化祭の打ち上げが始まろうとしていた——。
◆◇◆
「みんな、本当にお疲れ!」
担任の先生が、コンビニの袋を抱えて教室に戻ってきた。
「これは先生からの差し入れ。打ち上げくらいはちゃんと水分補給しろよ」
そう言って、ペットボトルの飲み物を机の上に並べていく。
「わー! ありがとうございます!」
「先生、神か!」
「え、これ好きなやつ!」
クラスメイトたちが一斉に集まり、それぞれ好きな飲み物を手に取る。
千尋も「ありがとうございます」と言いながら、オレンジジュースを選んだ。
お菓子を持ち寄ったクラスメイトが、机を囲んで座りながら賑やかに話し始める。
「それにしても、今日のお化け屋敷、大成功だったよな!」
「マジでビビって泣いてる人もいたし!」
「千尋が悲鳴上げたとき、めっちゃ面白かったんだけど!」
「もう、それ言わないでよ!」
千尋は顔を赤くしながら抗議するが、周りは笑いながら盛り上がる。
「でもさ、奏汰の裏方指示のおかげで、めっちゃスムーズに回ったよね」
「確かに! 奏汰いなかったら、後半やばかったかも」
「……別に。普通だろ」
奏汰は腕を組みながら、そっけなく言う。
「でも、本当に助かったよ。ありがとね、奏汰」
千尋が素直にお礼を言うと、奏汰は少し視線を逸らした。
「……まぁ、お前が足引っ張るよりはマシだったな」
「ちょっと! ひどい!」
「ははっ、冗談だよ」
そんな何気ないやり取りの中、ふと、千尋は悠人と咲良の姿を目で追った。
二人とも、少し距離を置いて座っている。
咲良は明るく笑っているが、どこかぎこちない。
悠人も、時々視線を向けるが、何も言わないまま会話に参加していない。
(やっぱり……何かあったんだ)
そう思いながらも、千尋は言葉にできなかった。
◆◇◆
打ち上げが終わり、クラスメイトたちが少しずつ帰り始める。
「千尋、一緒に帰るぞ」
奏汰がそう言いながら、千尋の腕を軽く引いた。
「え? あ、うん」
自然な流れで、二人は並んで歩き始めた。
夜の空気はひんやりしていて、昼間の熱気が嘘のようだった。
「なんか、終わったんだなーって感じがするね」
「……まぁな」
奏汰は、ポケットに手を突っ込みながら、夜空を見上げた。
「楽しかったね」
千尋がそう言うと、奏汰は少し考えるようにしてから——
「……お前、途中めっちゃビビってただろ」
「もう、それはいいの!」
「はは、まあ楽しそうだったし、いいんじゃね?」
「うん。すごく楽しかった」
笑い合いながら歩いていたが、ふと千尋は違和感を覚えた。
(……奏汰、なんか変?)
普段通りに話しているはずなのに、どこか違う気がする。
「奏汰?」
「ん?」
「……なんでもない」
違和感の正体がわからず、千尋は言葉を飲み込んだ。
◆◇◆
「悠人と咲良、なんか変だったよね」
しばらく歩いた後、千尋はぽつりと言った。
「……あぁ」
奏汰も、それを感じていたらしい。
「どうなるのかな、あの二人」
「さあな」
奏汰はぼんやりとした声で答えた。
「でも……咲良、楽しそうにしてたよね」
「……本当に、楽しそうに見えた?」
奏汰の問いかけに、千尋は言葉に詰まる。
「……わかんない」
咲良は笑っていたけれど、それが本当の気持ちなのか、千尋にはわからなかった。
「まぁ、そのうち何かあるだろ」
奏汰はそれ以上は何も言わなかった。
◆◇◆
自宅が近づく頃、千尋はふと口を開いた。
「来年も楽しみだね」
「……」
奏汰は、ほんの一瞬だけ足を止めた。
「……あぁ」
その声は、どこか考え込むような響きを持っていた。
千尋は振り返ったが、奏汰はもう前を向いて歩いていた。
「また来年も、一緒に準備したり、楽しんだりできたらいいな」
千尋は、素直にそう思った。
だけど——
奏汰の横顔は、どこか遠くを見ているようだった。
(……なんで?)
心の中に、小さな疑問が残ったまま——
文化祭の夜は、静かに更けていった。




