熱気知恵
文化祭の熱気に包まれた校舎の中庭。屋台の香ばしい匂いが漂い、どのクラスの出し物も賑わいを見せていた。千尋は奏汰と一緒に歩きながら、ついさっき見た悠人と咲良の様子が頭から離れなかった。
(やっぱり、なんか変……)
悠人は以前よりもそっけない態度をとっているように見えた。一方の咲良は、それを気にしていないかのように明るく振る舞っている。けれど、その笑顔がどこか無理をしているように感じてしまう。
「……なあ、千尋」
考え込んでいた千尋に、奏汰が声をかけた。
「え?」
「さっきから黙ってるけど、何か気になることでも?」
奏汰がじっとこちらを見る。いつも無表情ぎみな彼だが、少し心配そうな雰囲気が伝わってきた。
「……悠人と咲良のこと、ちょっと気になって」
千尋は正直に打ち明けた。奏汰は少し視線を遠くに向けると、ぼそっと言った。
「俺も、なんとなく気づいてた」
「やっぱり……」
「悠人、なんか妙に距離取ってるよな」
「うん……咲良は普通に接してるけど……」
二人の間に漂う微妙な空気。それがどこから来ているのか、千尋にはまだ分からなかった。
◆◇◆
「おーい!」
ふと、元気な声が聞こえてきた。
振り向くと、咲良が手を振りながらこちらに駆け寄ってくる。その後ろには悠人の姿もあった。
「ちょうどよかった!ねぇ、みんなで『謎解き脱出ゲーム』に行かない?」
「謎解き?」
「そう!三年生のクラスがやってるやつで、結構本格的らしいよ!」
千尋が興味を示すと、咲良は嬉しそうに「絶対楽しいから!」と笑った。
奏汰と悠人は顔を見合わせたが、特に反対することもなく頷いた。
「じゃあ、行こっか!」
四人で連れ立って、校舎の二階にある『謎解き脱出ゲーム』の会場へと向かった。
◆◇◆
教室の入り口には、「制限時間30分!知恵を絞って脱出せよ!」と書かれた大きなポスターが貼られていた。
「おお、なんかすごそう」
千尋が感心していると、受付の生徒が説明を始めた。
「ルールは簡単です。チームごとに部屋に閉じ込められ、謎を解きながら脱出を目指してください。制限時間内に出られなければ失敗です!」
「面白そうじゃん」
悠人が珍しく少し興味を示す。奏汰も「まぁ、暇つぶしにはいいか」と言っていた。
四人はチームを組み、いよいよ教室の中へと案内された。
◆◇◆
「それじゃあ、スタート!」
ドアが閉められると、部屋の電気が少し暗くなった。黒板には「ここから脱出せよ」と書かれており、周囲には謎めいた道具が置かれている。
「まずは手分けして手がかりを探そう!」
咲良の掛け声で、それぞれが室内を調べ始めた。
千尋は机の引き出しを開け、そこに「カギは3つの数字を組み合わせよ」と書かれた紙を見つけた。
「3つの数字……?」
「黒板の上に何かある」
奏汰が手を伸ばし、小さなメモを取った。それには「赤い箱に注目せよ」と書かれていた。
「赤い箱……」
部屋を見回すと、端の棚に小さな赤い箱があった。
「あれだ!」
しかし、箱には南京錠がかかっている。カギを開けるには、先ほどの「3つの数字」が必要だった。
「3つの数字……どこにあるんだろ?」
悠人が周囲を調べていると——
「ねぇ!この棚の中に数字っぽいものがある!」
咲良が指さした先には「5」「2」「8」と書かれた紙があった。
「これが暗号か?」
「試してみよう!」
千尋がドキドキしながら南京錠の番号を入力すると——
「カチッ!」
南京錠が外れた!
「やった!」
中からは新たなカギが出てきた。
「これで脱出できるのかな?」
「試してみよう」
しかし、そのとき——
「えっ、ドアが開かない!?」
「……ん?」
みんながドアの前に集まる。カギを差し込んで回してみるが、ドアはびくともしなかった。
「え、嘘でしょ?」
受付の人が説明していた時間制限を見ると、残り時間は10分。
「……詰んだ?」
「いや、絶対まだ何かあるはずだ」
奏汰が部屋をもう一度見回す。
「どこかに最後のヒントが……」
そのとき、千尋がふと窓の外を見た。
「……あれ?」
窓の隅に、小さな文字で「時計を見よ」と書かれていた。
「時計……?」
教室の壁に掛けられた時計を見ると、そこには違和感があった。
「時計の針、逆に動いてない?」
「まさか……これが最後のヒント?」
悠人が時計の下を調べると、そこにもう一つ小さなボックスがあった。
「これだ!」
開けてみると、中にはもう一つのカギが入っていた。
「これなら!」
奏汰がドアのカギ穴に差し込み、ゆっくりと回す。
——カチャッ。
「開いた!」
「やったぁ!」
全員が歓声を上げながら、ドアを押し開けた。
外に出ると、受付の人が拍手を送っていた。
「おめでとうございます!制限時間ギリギリでしたね!」
「すごい!めっちゃ楽しかった!」
咲良が興奮気味に言い、千尋もほっと息をついた。
奏汰と悠人も、無言ながら達成感に満ちた顔をしていた。
(なんだかんだで、すごく盛り上がったな……)
千尋は、文化祭の思い出がまた一つ増えたことを嬉しく思いながら、そっと奏汰の隣を歩いた。




