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開会競争

朝から雲ひとつない快晴だった。夏の暑さがまだ残る九月初旬。グラウンドには色とりどりのクラスTシャツを着た生徒たちが集まり、ざわめきと熱気に包まれていた。

 教師たちは準備に追われ、生徒会のメンバーがマイクを片手に式の進行を確認している。すでに並べられた紅白のテントには、応援の旗や飲み物が用意され、体育祭特有の雰囲気が漂っていた。


「おーい!こっちこっち!」


 千尋の声に振り向くと、彼女はクラスTシャツを着て、軽く手を振っていた。

 奏汰はゆっくりと歩み寄りながら、ちらりと周囲を見渡した。悠人の姿はまだ見えない。


「朝からテンション高いな」

「そりゃあね!体育祭って、ほら、気分上がるじゃん!」


 千尋は明るい笑顔を浮かべながら、スポーツドリンクのボトルを軽く振った。


「奏汰はあんまりこういうの得意じゃない?」

「得意とかじゃないけど……まあ、盛り上がるのはいいんじゃない?」


 適当に返しつつ、奏汰は近くのベンチに腰を下ろした。千尋はそんな彼を見て、苦笑する。


「せっかくの体育祭なんだから、もうちょっと楽しんだら?」

「……別に、楽しんでるつもりだけど?」

「ほんとに〜?」


 疑わしそうに覗き込んでくる千尋に、奏汰は目を逸らした。


 そんなやり取りをしていると、クラスメイトたちがぞろぞろと集まり始めた。


「おはよー!」

「うわ、もう暑いな……!」

「熱中症にならないように気をつけないとね」


 それぞれが飲み物を持ち寄り、日焼け止めを塗ったり、競技の最終確認をしたりしている。


「おはよう」


 悠人がようやく合流した。彼は少し眠たげな表情をしていたが、スポーツバッグを肩に掛けながらこちらに歩いてくる。


「お、悠人。準備は万全?」

「まあな。リレーあるし、適当に仕上げてきた」


 涼しい顔で答える悠人に、周囲の男子たちが「さすが!」と声を上げる。彼の運動神経の良さは、クラスでもすでに知れ渡っていた。


「悠人、ほんとに走るの速いもんねー」

「プレッシャーかけんなよ」


 苦笑いしながらも、悠人はどこか余裕を感じさせる態度だった。


 そのとき、マイクの音が響く。


『これより体育祭の開会式を行います! 各クラスの皆さんは、指定された場所に整列してください!』


 アナウンスが流れ、生徒たちはざわざわと動き始めた。


「行くか」

「おー!」


 クラスメイトたちは意気込んで隊列を作る。奏汰と悠人も列に加わり、千尋が横に並んだ。


 開会式では校長の挨拶や生徒会長のスピーチがあり、その後、準備体操が行われた。グラウンドに広がる生徒たちが一斉に身体を動かす光景は、体育祭の始まりを象徴しているようだった。


「よし、頑張るか!」

「おー!」


 クラスメイトたちは気合を入れ、最初の競技へと向かっていった——。




開会式が終わり、体育祭の最初の競技が始まる。

 プログラムの中盤には、各クラスの期待がかかる クラス対抗リレー が予定されていた。


 リレーには、クラスの中でも特に足の速い生徒たちが選ばれている。悠人はそのアンカーを務めることになっていた。


「悠人、マジで頼むぞ!」

「アンカーはお前しかいないからな!」


 男子たちが気合を入れて肩を叩くと、悠人は「はいはい」と軽く受け流しながらも、どこか楽しそうだった。


「悠人なら大丈夫でしょ」


 千尋も笑顔で言うと、悠人は片手を上げて応えた。


「まあ、手を抜くつもりはないけどな」


 悠人のリレーは、ただの勝負ではなかった。

 彼は昔から陸上が得意で、小学生のころは短距離走の大会にも出場していたほどだった。だが、中学に上がるころには本格的に陸上を続けることをやめてしまった。

 「速く走れるから何だよ」

 そんなことを言っていた時期もあった。


「悠人、緊張してる?」


 ふと千尋が聞くと、悠人は少し考えるように目を細めた。


「……さあな。まあ、勝つだけだ」


 そう言って、悠人はトラックへと向かった。


 リレーの順番が近づくにつれて、グラウンドの熱気はどんどん高まっていった。

 各クラスの代表選手たちがスタート地点に立ち、第一走者が緊張した面持ちで構える。


『位置について、よーい……』


 パン! とピストルが鳴ると、勢いよく走り出す選手たち。

 最初の直線を駆け抜け、バトンが次々と繋がれていく。


「いけぇー!」

「うちのクラス、今2位だぞ!」


 応援席からも大きな歓声が上がる。


 奏汰は、トラックの向こうで待機している悠人を見つめた。

 悠人は深く息を吸い、じっとバトンが回ってくるのを待っている。


(あいつ、なんだかんだで真剣だな)


 奏汰がそう思った瞬間、バトンが悠人の手に渡った。


「うおおおおお!」


 観客の歓声がさらに大きくなる。


 悠人の走りは、まさに圧巻だった。

 長い足が地面を蹴るたびに、ぐんぐんと加速する。風を切るように走り抜け、前を行く相手との差を一気に詰めていく。


「追いついた!」

「悠人、抜けぇぇぇ!」


 最後の直線、悠人は前を走る選手とほぼ並んだ。

 そして——ゴール寸前で、一歩前に出た。


 ピッ——!


 笛の音が響く。結果は僅差だった。


「悠人、お前すげぇよ!」

「最後の追い上げヤバかった!」


 駆け寄ってくるクラスメイトたちに囲まれながら、悠人は少し息を切らしながらも笑っていた。


「まあ、こんなもんだろ」


 彼の顔は、どこか誇らしげだった。


 一方、応援席で見ていた奏汰は、そんな悠人の表情を見て、小さく息をついた。


(……やっぱ、すげぇよな)


 悠人のことは色々と思うところがあった。だけど、彼の努力や才能は、間違いなく本物だった。


「悠人、お疲れ!」


 千尋が嬉しそうに駆け寄り、スポーツドリンクを手渡す。悠人はそれを受け取り、一口飲むと、どこか満足げに息を吐いた。


「ありがと」


 千尋がそんな悠人をじっと見つめる。


 ——その横顔に、奏汰は思わず目を逸らした。


(何考えてんだ、俺)


 自分でも分からない感情が、胸の奥で静かに揺れていた。


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