正面想起
校舎裏での殴り合いから数日が経った。
最初は頬に張っているガーゼのことを聞かれたものの、奏汰も悠人も教室で何事もなかったように振る舞っている。悠人と咲良が会話を交わすこともあるが、以前のように親しげな雰囲気にはなれず、どこかぎこちなかった。
昼休み、悠人は無言のまま弁当をつついていた。奏汰の言葉が頭の中で何度も反響している。
――「咲良にくらい、ちゃんと向き合えよ」
その言葉を振り払うように、悠人は小さく息を吐いた。
「悠人、ちょっといい?」
弁当の箸を止めると、目の前には咲良が立っていた。
「……あぁ、いいよ」
悠人はできるだけ平静を装いながら答え、咲良と一緒に廊下へ出た。
屋上での対話
「……ねえ、悠人。最近、私たちなんか変じゃない?」
屋上に到着すると、咲良は悠人の顔をじっと見つめた。
「そうか?」
「そうだよ。前みたいに話せてないし、悠人、何かを誤魔化してる感じがする」
「……そんなことはない」
悠人は咲良から視線を逸らした。だが、彼女は一歩踏み込むように言葉を続ける。
「悠人、私のこと好き?」
真正面から問いかけられた瞬間、悠人の心臓が大きく跳ねた。
「……好き、だよ」
「ほんとに?」
咲良はどこか寂しげな笑顔を浮かべた。悠人は言葉に詰まる。嘘ではない。だが、確信を持って言えない自分がいる。
奏汰の拳、奏汰の言葉、それらが悠人の胸に重くのしかかっていた。
「私はね、悠人のことが好き。でも、悠人が私のことを好きかどうか、よくわからないんだ」
「……そんなこと」
「ない、って言い切れる?」
悠人は言葉を失った。
咲良は続ける。
「私はただ、悠人の本当の気持ちが知りたいだけ」
悠人は目を閉じ、拳を握りしめた。ここで嘘をつけば、きっと彼女は気づく。そうなれば、何もかも壊れるかもしれない。
だが――。
「……ごめん」
その一言が、思わず口から零れた。
咲良の目が揺れる。
「そっか……」
「違うんだ、咲良。お前のことが嫌いなわけじゃない。むしろ、大事にしたいって思ってる」
「……じゃあ、何が違うの?」
悠人は言葉に詰まる。
「悠人の中に、私じゃない何かがあるなら……それを隠したまま、付き合うのはやめよう?」
咲良はそう言い残し、悠人を残して屋上を去っていった。
悠人は、その場でしばらく動けなかった。
(俺は……どうすればよかったんだ)
答えは出ない。ただ、咲良の表情が脳裏に焼き付いて離れなかった。
「悠人……?」
不意に聞こえた声に、悠人は顔を上げた。
咲良が、戻ってきていた。
「……なんで戻ってきたんだよ」
悠人は気まずそうに視線を逸らす。
「さっきのまま終わらせるのは、なんか嫌だな〜って」
咲良は少し照れくさそうに笑いながら、悠人の隣に腰を下ろした。
「……本当は、言い過ぎたなって思ったの」
「……いや、そんなこと……」
「悠人が私に嘘をついてないことは分かる。でもね……」
咲良は、少し言い淀んでから続けた。
「悠人の心の中に、私が知らない何かがある気がするの」
悠人はギクリと肩を震わせた。
「……そんなこと……」
「ううん、言わなくていいよ」
咲良は小さく微笑む。
「でもね、悠人が私とちゃんと向き合おうとしてくれてるのは分かるから」
「……」
悠人は何も言えなかった。
本当は、咲良を大切に思っている。でも、自分の中にある得体の知れない違和感を、咲良に正直に伝えることはできない。
それが何なのか、悠人自身も分かっていないから。
「だからさ、もう少しだけ……私のことを見てくれない?」
咲良の声は穏やかだった。
「……ああ」
悠人は、ゆっくりと頷いた。
「絶対私だけしか見れないようにしてやるんだから!覚悟しとけよ?葦根悠人!」
咲良はニヤリと口角を上げてそう宣言する。
一瞬の胸の高鳴り。その答えが、自分の本心なのかどうかは分からないまま――。
咲良と一緒に屋上を後にする。
並んで歩いているはずなのに、どこか心が落ち着かない。
(……俺は、本当にこれでいいのか?)
隣で微笑む咲良の横顔を見ながら、悠人は自分の中にある違和感を押し殺すように息を吐いた。
咲良は、そんな悠人の小さな変化に、気づき始めていた――。




