体育祭準備
夏休みが明け、教室には少しずつ日常が戻りつつあった。
だが、奏汰と悠人の間には、あの夜の出来事が未だに影を落としていた。
――殴り合いの喧嘩。
それを境に、二人の関係は決定的に変わった。
けれど、そんな空気も体育祭の準備が本格化すると、少しずつぼやけていった。
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「はい、ここでーす! これ、次の競技の担当表!」
放課後、体育祭の準備が進められる教室で、クラスの中心にいる女子がホワイトボードを指さした。
「おー、俺は……リレーか。まぁ、妥当だな」
「俺、障害物競走だ。楽しそう」
「え、玉入れ……いや、地味じゃね?」
そんな声が飛び交う中、奏汰も自分の名前を探す。
「あ、俺騎馬戦か」
「お、マジ? じゃあ一緒じゃん!」
村瀬がニヤッと笑う。
「お前、下やれよ。俺、上やるから」
「え、俺上がいいんだけど」
「ダメダメ、俺が主役!」
「なんだよそれ……」
村瀬と軽口を叩きながら、奏汰はふと悠人の名前を探した。
「悠人は……あ、リレーか」
「まぁ、足速いしな」
誰かが呟く。
だが、当の悠人は特に反応もせず、淡々とプリントを眺めていた。
「悠人、アンカー?」
千尋がそう尋ねると、悠人はわずかに顔を上げた。
「あぁ」
「すごいね、プレッシャーかかりそう」
「別に」
その言い方はそっけなかったが、奏汰にはわかった。
(本当は気にしてるんだろ……)
昔から悠人はそうだった。
プレッシャーを受けても、それを顔に出さない。
けれど、だからこそ分かる――今の悠人は、昔とは少し違う。
そのことを指摘しようとして、奏汰は言葉を飲み込んだ。
(……今は、やめとくか)
体育祭の準備で教室が賑やかなせいか、これまで続いていた微妙な空気は、少しだけ薄らいでいるように思えた。
それなら――もう少し、このままでもいいのかもしれない。
⸻
「騎馬戦の練習、今日ちょっとやってみる?」
「いいな、それ。バランス取れるか試しときたいし」
放課後、グラウンドで競技ごとの練習が始まった。
リレーのメンバーはバトンパスの確認をし、騎馬戦のメンバーは実際に騎馬を組んでみる。
「奏汰、もうちょい右寄れ」
「おい、村瀬、重い!」
「は? 俺のせいじゃねぇし!」
そんなやり取りをしながら、奏汰は遠くを見た。
悠人が走っている。
短距離のダッシュを繰り返し、汗をかきながらタイムを測っていた。
(……やっぱ、速いな)
変わらないものもある。
けれど、変わったものもある。
奏汰と悠人の関係も、もう前と同じではない。
けれど、体育祭の準備に追われる中では、そのことを深く考える暇はなかった。
もしかしたら、それは二人にとって都合がよかったのかもしれない。




