距離感覚
放課後、教室の一角で奏汰たちの班は発表の準備を進めていた。
机を寄せ合い、スライド作成や原稿の確認に取り掛かる。
しかし、そこに流れる空気はどこかぎこちなかった。
「じゃあ、悠人がまとめてくれた原稿、ちょっと読んでみるな」
村瀬が悠人のノートを開く。
視線が文字を追い、その顔に一瞬驚きが浮かぶ。
「え、めっちゃちゃんとしてんじゃん。てか、資料めっちゃ詳しくない?」
「……適当にまとめただけ」
悠人はそっけなく答える。
「いやいや、こんなの適当じゃ書けねーって」
「別に、大したことしてねぇよ」
村瀬が感心する横で、奏汰は悠人の表情を盗み見た。
原稿を書く姿を直接見ていたわけではないが、悠人はおそらく、かなりの時間をかけてまとめたはずだ。
けれど、それを誇るでもなく、他人に評価されることすら拒むような態度。
(やっぱり、どこかおかしい……)
千尋も同じことを思っていたのか、小さく息をついた。
「悠人、ありがとう。すごく助かるよ」
笑顔でそう言うと、悠人は一瞬だけ目を伏せ、すぐに顔を上げた。
「あぁ……」
けれど、その声はどこか力のないものだった。
⸻
作業は順調に進み、発表の流れも固まりつつあった。
「スライド、こんな感じでいいか?」
奏汰がノートパソコンの画面を見せると、千尋が頷いた。
「すごく見やすいね。写真の配置も分かりやすいし」
「だろ? 俺、こういうの得意なんだよ」
「お前、自分で言うか?」
村瀬が笑いながら肘で小突く。
教室の空気が少しだけ和らいだ気がした。
だが、その隣で悠人は何も言わなかった。
「悠人も、何か気になるところある?」
千尋が尋ねると、悠人はようやく顔を上げた。
「……いや、問題ないと思う」
目が合った瞬間、奏汰は感じた。
(今……目、逸らしたか?)
確かに一度は視線を向けた。
だが、その次の瞬間には、もう別の方向を見ていた。
まるで、目を合わせたくないかのように――
⸻
作業が一段落し、それぞれ片付けを始める。
「お疲れー。発表、うまくいくといいな」
「頑張ろうね」
千尋や村瀬が明るく声を掛け合う中、悠人は黙って荷物をまとめていた。
「悠人、帰るのか?」
何気なく声をかけると、悠人は一瞬だけ動きを止めた。
「……あぁ」
「なら、一緒に帰ろうぜ」
奏汰は軽く言ったつもりだった。
だが、悠人の手はほんのわずかに強張り、次の瞬間には首を振った。
「悪い、ちょっと寄るとこあるから」
淡々とした声。
だが、奏汰にはわかっていた。
それは、明らかに断るための口実だった。
「そっか」
それ以上、無理に聞くことはしなかった。
悠人はそのまま、誰よりも早く教室を後にする。
その背中を見送った奏汰の隣で、千尋が小さく呟いた。
「……悠人、なんか無理してない?」
「……かもな」
分かっている。
けれど、その理由を聞こうとしても、悠人は何も言わない。
この距離は、一体いつからできたんだろう。
そんなことを考えながら、奏汰は窓の外を見つめた。




