夏休終日
夏の終わりを告げる蝉の声が、まだかすかに聞こえる。
二学期の始業式が終わり、クラスでは久々の再会を喜ぶ声が飛び交っていた。
「おはよー! 夏休み、どうだった?」
「バイトばっかりで死ぬかと思った」
「宿題終わった?」
「終わったかどうかより、提出するかどうかが問題だろ?」
教室のあちこちで、そんな会話が交わされる中、奏汰は自分の席に荷物を置き、軽く背伸びをした。
正直、あまり気分が乗らない。いや、理由は分かっている。
(悠人……)
ちらりと教室の入り口を見る。悠人はまだ来ていなかった。
夏休み最後の花火大会の夜――あの喧嘩以来、悠人とはまともに話していない。LINEも一度も送っていないし、向こうからも何の連絡もなかった。
あの時、自分は何を感じていたのか、未だに整理がつかない。
「奏汰、おはよ」
背後からかけられた声に振り返ると、千尋が立っていた。
浴衣姿の彼女が脳裏に浮かび、奏汰は一瞬目をそらす。
「……おはよ」
「夏休み、結局どこにも行かなかったね」
「あー……まあな」
何を話せばいいのか分からず、曖昧に返事をする。
千尋は少しだけ口を尖らせたが、すぐに柔らかく笑った。
「今日からまた学校だね」
「そうだな」
その時、教室の扉が開いた。
悠人だった。
彼は周囲に挨拶をするでもなく、真っ直ぐ自分の席へ向かう。
その表情は、以前と何も変わらないように見えた。
だけど――奏汰は、決定的な違和感を覚えた。
(何もなかったような顔しやがって……)
腹の奥がざわつく。
それを振り払うように、奏汰は深く息を吐いた。
これから、二学期が始まる。
悠人との関係は、どうなるのか――奏汰は、答えの見えないまま、新しい学期を迎えたのだった。
二学期の最初のホームルームが終わり、休み時間になると、クラスのあちこちで夏休みの思い出話に花が咲いていた。
「でさ、海行ったらマジでクラゲに刺されてさ!」
「うわ、最悪じゃん!」
「でも日焼けしたし、なんか夏! って感じだったわ」
そんな他愛もない会話を聞き流しながら、奏汰は何となく窓の外を眺めた。
悠人はさっきから一言も話していない。席についてスマホをいじるふりをしているが、視線はどこか虚ろだった。
(あいつ、普段はもっと周りと話すのに……)
「奏汰って悠人となんかあった?」
突然、隣の席の村瀬が話しかけてきた。
奏汰は少し肩を跳ねさせながら、適当に誤魔化そうとした。
「別に……なんで?」
「いや、今日ずっとお前ら目を合わせてないからさ」
図星だった。
しかも、奏汰と悠人だけじゃない。周りのクラスメイトも、どこか二人の様子をうかがっているように見えた。
「夏休みの間に喧嘩でもした?」
「してねぇよ」
「本当に?」
村瀬はじっと奏汰を見つめる。
その視線をかわすように、「知らねぇよ」とそっけなく言った。
――すると、その時。
「悠人、今度の体育祭、どの競技出る?」
女子の一人が悠人に話しかけた。
悠人は一瞬、奏汰の方をちらりと見た気がした。
「……まだ決めてない」
それだけ言うと、悠人はまたスマホに目を落とした。
彼にしては珍しく、会話を切り上げるのが早かった。
「……絶対、なんかあったよね」
村瀬がぼそっと呟く。
他のクラスメイトも、何となく気まずそうに二人の間を見つめていた。
――わかりやすいほどの、違和感。
それでも、悠人は何も言わないし、奏汰も言うつもりはなかった。
夏の夜に交わした拳の感触だけが、まだ手の中に残っていた。




