波プール
大きな波が打ち寄せるたび、歓声が上がる。プールに浮かぶ人々が一斉に波に飲まれ、楽しそうに笑い合っていた。
「次、くるよ!」
咲良が手を振りながら、千尋と奏汰の方を見た。
「よし、今度は負けない!」
千尋は気合を入れて波に備える。
「負けるって、何と戦ってんの?」
奏汰が呆れたように言うが、千尋は構わずに波に向き合った。
——どんっ!!
強い波が襲いかかる。千尋はふらつきながらも耐えようとしたが、バランスを崩してしまった。
「わっ……!!」
「あぶねっ……!」
奏汰がとっさに千尋の腕を掴んだ。
「うわあっ!」
勢いがついたまま、千尋と奏汰は水中に倒れ込む。
——ざぶんっ!
水の中で一瞬、時間が止まる。
奏汰の腕の中に千尋が収まり、互いに見つめ合う形になった。
(え……)
水の冷たさよりも、奏汰の腕の温かさが先に意識に入ってくる。
奏汰は千尋を抱えたまま、少し目を見開いた。
(やば……)
心臓が妙に速くなった気がする。
次の瞬間——
「ぷはっ!」
二人は水面に顔を出し、慌てて距離を取った。
「ご、ごめん!」
「お、おう……」
奏汰は少し目を逸らし、千尋も頬を染めながら髪をかき上げる。
「なにやってんの、二人とも!」
咲良が半笑いで声をかけてきた。
「いや、こいつが急にバランス崩すから……」
「うっ……そ、それは……」
千尋は言い返せずに口ごもる。
その様子を見ていた悠人は、微かに目を伏せた。
波のプールを出た四人は、一度休憩を挟むことにした。
「そろそろお昼にする?」
「賛成!」
咲良の提案で、フードコートへ向かうことになった。
「ねえ、そろそろ日も傾いてきたし、最後に一回くらい水着披露しとく?」
咲良が冗談混じりに言うと、千尋が「はっ?」と驚く。
「披露って……どういうこと?」
「ほら、奏汰にパレオない方が良いって言われてたじゃん!」
「な、何言ってんの!?」
千尋は慌てて咲良の肩を叩くが、奏汰と悠人には聞こえていたようでそれぞれ微妙な反応だ。
「ほら、千尋、が前に言ってたじゃん。水着が似合う方をバッサリ言ってくれたの嬉しかったって!」
「えっ……」
千尋の動きが一瞬止まる。
(奏汰の目には、今の私、どう映ってるんだろ……)
心臓が、少しだけ高鳴る。
「で、でも……今更変えたら意識してるみたいで……その、恥ずかしいから……。やっぱり嫌!」
「……」
ゴニョゴニョと聞こえない千尋の言葉の中で「やっぱり嫌!」という言葉だけ鮮明に聞こえた奏汰は少しショックを受けた。
その時——
「ねえ、そこの二人、ちょっといい?」
突然、見知らぬ男二人組が千尋と咲良に話しかけてきた。
「またナンパか……」
奏汰がため息混じりに呟く。
「ねえねえ、一緒にジュースでも飲まない?」
男たちは馴れ馴れしく笑っていた。
「いや、結構です」
咲良はあっさり断るが、男たちは引かない。
「そんな冷たくしないでさ~。ね、そっちの子も一緒に……」
男が千尋の肩に手を置こうとした瞬間——
「触んな」
奏汰が、すっと千尋の前に立った。
「……お前、彼氏?」
「違うけど」
「じゃあ、いいじゃん。俺たちと遊ぼうよ」
「いいわけねぇだろ」
奏汰の低い声に、男たちは少し怯んだようだった。
「……チッ、なんだよ、感じ悪いな」
男たちは舌打ちをして、その場を去っていった。
「またナンパか……」
奏汰が呆れたように呟くと、千尋はムッとしながら睨みつけた。
「なによ、『また』って。私だって好きでナンパされてるわけじゃないし!」
「いや、別に……そのポヤポヤしただらしない顔をどうにかしたら良いんじゃ無いか?」
「だっ、だらしない顔ってなに!そんな顔してないから!」
「……」
奏汰が軽く肩をすくめると、悠人が微かにため息をついた。
「……大丈夫だった?」
悠人が千尋に尋ねると、千尋は「うん」と頷いた。
「ありがとう、奏汰」
「別に」
奏汰は目を逸らしたまま答えた。
その様子を、悠人はじっと見ていた——。
日が傾き始め、プールサイドは少しずつ夕暮れの色に染まっていく。
「そろそろ、帰る準備しよっか」
咲良の言葉に、全員が頷いた。
「今日、楽しかったね!」
「うん!」
千尋と咲良は笑顔で答えるが、奏汰と悠人の表情は少し複雑だった。
(俺……なんで、こんなにモヤモヤしてんだ?)
奏汰は自分の胸の内を持て余しながら、ふと千尋を見た。
千尋もまた、奏汰をちらっと見て——すぐに視線を逸らす。
悠人はそのやり取りを見ながら、静かに目を伏せた。
(俺は……このままでいいのか?)
それぞれの想いが、夕暮れの中で交錯していた——。




