映画ホラー
夏休みに入り、みんなが試験の疲れから解放されて数日が経った頃。
奏汰のスマホが振動する。
《夏の計画》
悠人:「暇なやついる?」
千尋:「めっちゃ暇!!」
咲良:「私も今ちょうど何も予定ないかも」
悠人:「映画でも行かない?」
千尋:「おー、いいね!」
咲良:「何観るの?」
悠人:「今やってるやつならホラーとかどう?」
千尋:「ひぇっ……ホラーかぁ」
悠人:「夏といえばホラー映画だろ」
千尋:「確かに、涼しくなれそう(笑)」
奏汰:「ホラーか……」
悠人:「奏汰、興味ある?」
奏汰:「嫌いじゃない」
悠人:「じゃあ決まり!」
話がまとまりかけたその時——。
咲良:「ごめん、その日バイト入ってる……」
悠人:「マジか」
悠人:「俺もその日はちょっと用事が……」
千尋:「え、じゃあ……」
悠人:「奏汰と千尋で行けば?」
千尋:「えっ!?」
奏汰:「……別にいいけど」
千尋:「うーん……まあ、せっかくだし……行く?」
奏汰:「どっちでも」
悠人:「決まりな」
こうして、思いがけず二人で映画に行くことが決まった。
映画当日。
待ち合わせ時間の10分前に映画館に着くと、すでに千尋がベンチに座ってスマホをいじっていた。
「お、奏汰!」
「早いな」
「楽しみにしてたからね!」
千尋は満面の笑みを浮かべる。
「チケット、もう買っといたよ。事前予約しておいたから」
「気が早いな」
「だって当日売り切れてたら嫌じゃん!」
千尋はスマホの画面を見せながら、得意げに言う。
「それより、ホラー大丈夫?」
「まあ、なんとかなるんじゃね?」
「私はちょっと不安……でも、せっかくだから頑張る!」
千尋は拳を握って気合を入れるが、すぐに「やっぱり帰りたくなったらどうしよう」と弱気になる。
奏汰はそれを見て、少し笑った。
「今さら遅いぞ」
「だよねぇ……。ポップコーン買って気を紛らわせよ!」
千尋はすぐに切り替えて売店へ向かう。
(結局、怖がるくせに来るんだよな……)
呆れながらも、奏汰はその元気さが悪くないと思っていた。
——そして、いよいよ映画館のシアターへと入っていく。
館内に入ると、シアター内はほぼ満席だった。ホラー映画の人気はやはり高いらしい。
「結構混んでるね……」
千尋は周囲を見回しながら、小さく呟く。
「夏はホラー観るやつ多いしな」
「そ、そうだよね……」
奏汰は千尋の様子を横目で見た。
(こいつ、やっぱりちょっと怖がってるな)
上映時間が近づき、館内が暗くなる。
「うわっ、急に暗くなると怖さ倍増するんだけど……」
「始まる前から怖がるなよ」
千尋は腕を抱くようにしてスクリーンをじっと見つめる。
——そして、映画が始まった。
物語の舞台は、古びた洋館。主人公たちが好奇心から立ち入ったことをきっかけに、次々と怪奇現象が起こる——そんな王道のホラー展開だった。
最初は「意外と大丈夫かも?」なんて言っていた千尋だったが——。
「ひゃっ!!」
突如現れた幽霊に驚き、奏汰の腕を掴んだ。
「……お前、怖いなら離れろよ」
「ムリムリムリ!!今絶対無理!!」
奏汰はため息をついたが、千尋の手を振り払うことはしなかった。
その後も千尋はびくびくしながら映画を見続け、クライマックスでは完全に奏汰の袖を握りしめていた。
映画が終わり、館内が明るくなると、千尋は放心したような顔をしていた。
「……怖すぎた」
「そんなに?」
「絶対夜思い出して寝れないやつだよ……」
「自業自得だな」
「ひどっ!」
千尋は不満そうに頬を膨らませるが、ふと奏汰の腕を見て「あっ」と小さく声を上げた。
「ご、ごめん!ずっと掴んでた……?」
「まあな」
「痛かった??」
「別に」
奏汰が淡々と答えると、千尋は少し頬を赤らめた。
「……優しいね」
「は?」
「いや、普通怒るかなって思ったけど」
「映画観てたら気にならなかったし」
千尋は少し笑って、「なんか意外」と呟いた。
「意外?」
「うん。奏汰って冷たそうに見えるけど、たまにすごく優しいよね」
「別に普通だろ」
「ふふっ、そういうところが優しいって言ってるんだよ」
千尋はどこか嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て、奏汰はなんとなく目を逸らした。
「……また、一緒に何か観に行こうね」
「考えとく」
千尋の笑顔を横目に、奏汰は夏の暑い空気を感じていた——。