答え
翌日。
悠人は授業中、ノートを開きながらも、心の中では昨日の告白のことばかり考えていた。
(咲良のこと……どうすればいいんだろう)
告白されたとき、自分の中で明確な答えは出せなかった。
咲良は確かに魅力的な子だし、一緒にいて楽しい。
それに、自分をまっすぐ好きだと言ってくれた。
でも——
(まだ、答えを出せる気がしない)
悠人の頭の片隅には、どうしても奏汰と千尋の姿が浮かんでしまう。
彼らのことを気にしている自分に気づきたくなくて、無理やり意識から追い出そうとする。
「……悠人?」
隣の席から千尋が小声で話しかけてきた。
「え?」
「さっきから、ずっと考え込んでるけど……大丈夫?」
「……ああ、ちょっとな」
悠人は曖昧に笑い、適当にごまかす。
千尋はそれ以上は何も言わなかったが、どこか心配そうに悠人の横顔を見つめていた。
放課後。
悠人は屋上で、一人風に吹かれていた。
「考えても仕方ないよな……」
誰に言うでもなく、そう呟く。
悠人は決して自分の気持ちに鈍感なわけではなかった。
むしろ、少しずつ自分が何を考えているのか、分かりかけている。
——だけど、認めたくなかった。
もし、自分が本当に千尋に対して特別な感情を抱いているとしたら?
奏汰は親友だ。その気持ちを自覚してしまったら、きっと今の関係は壊れてしまう。
(そんなの、絶対に嫌だ)
だからこそ、自分の気持ちを振り払うように、悠人は心を決めた。
(咲良と付き合えば、全部解決する)
彼女は自分のことを好きだと言ってくれた。
それに、付き合えばきっと好きになれる。
そして——
(俺は、奏汰と千尋のことに口を出さない)
自分はただの親友で、第三者だ。
二人のことを気にしている場合じゃない。
悠人は目を閉じ、一度深く息を吐いた。
「……よし」
そして、咲良に答えを出すために、彼女を呼び出した。
夕方、校門の近くで待ち合わせると、咲良はすぐにやってきた。
「悠人くん……」
少し緊張した面持ちで、彼の顔を覗き込む。
悠人は迷いを振り切るように、一歩前に出た。
「俺で良ければ、付き合おう」
その言葉を聞いた瞬間、咲良の顔がぱっと明るくなった。
「……ほんとに?」
「ああ」
「よかった……!」
咲良は安心したように微笑み、そのまま小さく頷いた。
悠人も、それを見てほっとする。
(これでよかったんだ)
奏汰と千尋の関係に、余計な感情を抱かないために。
友人として、親友として、今まで通りの関係を守るために。
そう、自分に言い聞かせるように、悠人は静かに笑った。
昼休み。
悠人は屋上へ続く階段を上がりながら、胸の奥にわずかな緊張を抱えていた。
(奏汰と千尋に……言わないとな)
咲良と付き合い始めて一日が経った。
クラスの何人かはすでに気づいていて、それとなく祝福されることもあった。
なら、奏汰と千尋にもちゃんと伝えた方がいい。
悠人はそう思い、二人がよくいる屋上へと向かった。
扉を開けると、春の日差しの下で、千尋と奏汰が並んで弁当を広げていた。
「お、悠人。今日も来たんだな」
奏汰が軽く手を上げる。
「うん。ちょっと話したいことがあってさ」
悠人は二人の前に立ち、短く息をついた。
「俺、咲良と付き合うことになった」
「えっ……!」
最初に反応したのは千尋だった。
驚いたように目を見開き、次の瞬間、ぱっと笑顔になる。
「すごい!おめでとう、悠人!」
「お、おう、ありがとう」
千尋は純粋に喜んでいるようだった。
心からの祝福を向けられて、悠人は少しだけホッとする。
だが——
「……」
隣の奏汰は、なぜか無言だった。
「奏汰?」
悠人が声をかけると、奏汰は一瞬だけ視線を伏せ、それからすぐに顔を上げた。
「……おめでとう、悠人。良かったな」
そう言いながら笑ってはいたが、どこかぎこちない。
(……奏汰?)
悠人の中で、ほんの小さな違和感が生まれた。
だが、それを深く考える間もなく——
「奏汰、なんか反応薄くない?」
千尋が少し笑いながら突っ込んだ。
「えっ、いや、そんなことないけど」
「もっと喜んであげなよ!」
「いや、だから、おめでとうって言っただろ!」
慌てて言い直す奏汰に、悠人はつい吹き出してしまう。
(なんだよ……やっぱり奏汰は奏汰か)
さっきの違和感も、ただの気のせいだろう。
悠人はそれ以上気にすることなく、昼休みを過ごした——。