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転校生

四月。桜の花びらが春風に乗って舞い散る。

高校の校門をくぐり抜ける生徒たちの表情には、それぞれの期待と不安が入り混じっていた。


「はぁ……ついに二年生か」


教室の窓際の席に座りながら、呉挿奏汰くれざしかなたは軽く伸びをした。

背が高く、どこか落ち着いた雰囲気の彼は、周囲からは「クール」と評されることが多い。だが、本人としては特別意識してそう振る舞っているわけではなく、ただ必要以上に騒ぐのが苦手なだけだった。


そんな奏汰の机に、勢いよくノートが置かれる。


「おーい、奏汰! 隣になったぞ!」


無邪気な笑顔を浮かべているのは、幼なじみの葦根悠人あしねはると。

彼は明るく社交的な性格で、クラスの中心にいることが多い。運動神経がよく、サッカー部でもレギュラーとして活躍している人気者だ。


「またお前か……」

「なんだよ、嫌そうな顔すんなって! むしろありがたく思えよ、俺と隣なんだからさ!」


「うるさい」

そう言いつつも、奏汰の表情にはどこか安心したような色が浮かんでいた。


新しいクラスになったとはいえ、顔ぶれのほとんどはこれまでと変わらない。しかし、見慣れない姿がひとつあった。


窓際の最後列に座る、長い髪の少女。

どこか無造作な髪型に、制服の着こなしも少しラフだ。


彼女の名前は夜桜千尋(よざくらちひろ)。この春、他県から転校してきたばかりの生徒だった。


担任の先生が紹介すると、彼女は無愛想に軽く頭を下げるだけで、それ以上は何も言わなかった。

「なんか、冷たそうな子だな」

「転校生ってだけで注目されるのが嫌なんじゃね?」


クラスの生徒たちはひそひそと噂し合っていたが、千尋は気にする様子もなく、ただぼんやりと窓の外を眺めていた。


昼休み。悠人はさっそく新しいクラスの雰囲気に馴染もうと、いろんなグループに顔を出していた。

一方、奏汰は特に動くこともなく、静かに読書をしていた。


そんな中、ふと気がつくと、千尋がひとりで屋上へ向かうのが見えた。


「……?」


特に気にする理由はなかったが、なぜかその後ろ姿が気になった。

少し考えた末、奏汰は本を閉じ、屋上へ向かった。


そこには、フェンスにもたれかかりながら、遠くの空を見上げる千尋の姿があった。


「何か用?」


奏汰が近づくと、千尋は振り向かずにそう言った。


「いや……ただ、ここで昼飯食べようと思っただけだ」


奏汰は適当な理由をつけ、少し距離を置いてフェンスに寄りかかる。


「ふぅん……」


それ以上、千尋は何も言わなかった。二人の間には、微妙な沈黙が流れる。


「……転校してきて、どうだ?」

「特に。どこに行っても、あんまり変わらないよ」


千尋の言葉には、どこか達観したような響きがあった。


「そうか」


奏汰もそれ以上は聞かなかった。だが、彼女の雰囲気には、どこか「他人を寄せ付けない壁」のようなものを感じた。


その時、屋上の扉が勢いよく開いた。


「おーい、奏汰! こんなとこにいたのかよ!」


悠人だった。


「なんだ、お前ら二人きりか? お、転校生じゃん!」


悠人は千尋のほうに歩み寄ると、屈託のない笑顔を向けた。


「俺、悠人! よろしくな!」


千尋は少し驚いたような表情を見せたが、すぐにそっけなく返す。


「……千尋。苗字は好きじゃない」


「千尋ね! 屋上好きなのか?」


「あんまり人がいないからね」


「じゃあ、これからは俺もここ来るわ! よろしくな!」


悠人の明るさに、千尋は少しだけ目を丸くした。


「お前……よくそんなズケズケと入って来れるな……」


そういう奏汰だが彼自身もその明るさと無遠慮さに絆された部分もあるので強くどうこうは言えなかった。なので助けを求めるような千尋の視線に奏汰はそっと心の中で「諦めてくれ」と呟いたのだった。


新学年の始まり。

新しいクラス、新しい友人、そして、新たに加わった転校生。


それらがこの先にどんな影響を与えてくるのか、気付いていなかったのだ。

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