嫉妬、燃ゆ
やつの連載小説の更新分がまた投稿された。
群雄割拠する歴史ジャンルにおいて、我ら二人は来る日も来る日も火花を散らしている。
我が名は宮本むー。
やつの名前は佐々木こむ。
小説投稿サイト『小説家になりお』上にて巌流島の戦いの如き決闘をしている宿敵同士である!
佐々木の作品の題目は『物干し竿と呼ばれるほど長い刀が折れない理由』。佐々木小次郎が用いた『備前長船長光』──通称『物干し竿』がとんでもなく長い刀剣でありながらけっして折れないその理由を捏造して面白おかしく描いた歴史コメディーだ。
自分の連載している長編小説作品の題目は『プロ野球選手に転生した宮本武蔵、二刀流でメジャーリーグを斬る』。題目の通り、現代に転生してきた剣豪武蔵が野球選手となり、投手と打者の二刀流でやがて亜米利加に渡り大活躍をするというものだ。
私は自作を面白いと思っている。
はっきりいって『小説家になりお』の中でも抜きん出た傑作だと自負している。
しかし、佐々木の小説は、時にその思いを揺るがす。
やつの作品を読むたびに、私は思わず「むう……。やりおったな!」と歯噛みするのである。
「嫉妬!」
「嫉妬嫉妬!」
「嫉妬ォォォオ!」
一人の部屋で私はしばしばそんなふうに狂おしい叫び声をあげる。
嫉妬は人を狂わせる。
あるいは時に鬱に人を導き、戦意を喪失させ得るものである。
しかし私にとって佐々木の存在は、むしろ執筆のための力となるものであった。
私の胸の内に嫉妬の炎が灯る。
やつの小説を読み進めば、その炎に油が注がれるように、嫉妬はさらに燃え上がる。
炎上する。
高く、高く!
炎上せよ、我が嫉妬の炎!
それは我が執筆のための力となるのだ!
ハーッハッハッハ!
勝つ! 勝つ! 我は必ずや、やつに勝つ!
そのために己を磨き、修練を積み重ね、いつの日か貴様を巌流島の砂浜に打ち伏せてみせようぞ!
今日はこれぐらいにしておいてやる。
今日の勝負はおあずけじゃ。
佐々木よ、見ておれ。我は負けぬ。
この激しき嫉妬を力に変えて、必ず貴様に打ち勝ってみせるわ!
ハーッハッハッハ!
部屋のドアがノックされ、ママの声が聞こえた。
「むさ子ちゃん、ちょっと悪いけど、お遣い行ってきてくれない? ママちょっと手が離せないの」
「はーい」
私は素直に返事をすると、パソコンの前から離れた。
画面に表示された佐々木こむの『物干し竿と呼ばれるほど長い刀が折れない理由』を読んだところまででしおりを挟み、パソコンを閉じる。
醤油とみりんを買ってきてと頼まれた。ついでに好きなお菓子をひとつ買ってもいいという。
スーパーに行く途中で知り合いのおばさんに会った。久しぶりに会った。
「あらぁ、むさ子ちゃん。久しぶりねえ。大きくなったねえ。今、何年生?」
「中学二年ですよー」
「女の子らしくなっちゃってー。学校でモテてるんじゃない?」
「全然そんなことないです」
確かに自分は容姿がいいんだと思う。我ながら。
でも私は歴史小説オタクだから男の子とかどうでもいい。今は佐々木こむに勝つことしか考えてない。
スーパーに行くと、また知った顔に出会った。同じクラスの笹浦美波ちゃんだ。
「おー、美波ちゃん」
「あっ、むさ子ちゃん。偶然だね」
「お母さんに頼まれてお遣いに来たの」
「へー。あたしは自分のおやつ買いに」
「何買うの? ポッキー?」
「ううん。大福。これ食べないとあたし、活力が漲らないから」
知ってる。
知っておるぞ、笹浦美波よ。
貴様こそが我がライバル『佐々木こむ』なのであろう?
貴様が大福で執筆意欲を漲らせるのなら、我はポッキー。ポッキーこそが我が闘志の源じゃ!
どうしよう。ポッキーを食べるどころか買う前から闘志に火がついてしまった。しかもこんなところで。
私が眼光鋭く見つめると、笹浦美波ちゃんもそれに気づき、ニヤリと口元を笑わせて、ガンを飛ばし返してきた。
宿敵よ、我は負けぬ──その目がそう語っていた。
部屋に戻ると早速、私はパソコンに闘志を解き放つことをはじめた。
吩!
憤!
忿っ!
おおおおお漲るぞ、闘志!
笹浦美波──いや佐々木こむよ! 貴様は容姿端麗にして歴史に造詣が深く、我がライバルと呼ぶに相応しい!
貴様にだけは負けぬ! いつか貴様を超えてみせる!
しかし貴様にはいつまでも我が宿敵でいてほしい! けっしてつまらぬものを書くではないぞ!
我を魅了せよ! 我に嫉妬させよ!
我が嫉妬の炎を高く、高く、炎上させ続ける存在であれッ!!!
我は勝つ!
必ず、貴様に、勝ーつッ!
そうしながら、なんとなく気になったので、私は『小説家になりお』のランキングページを開いてみた。
50位 『物干し竿と呼ばれるほど長い刀が折れない理由』 佐々木こむ 14pt
51位 『プロ野球選手に転生した宮本武蔵、二刀流でメジャーリーグを斬る』 宮本むー 12pt
負けておるッ!