1.寄合い
「きみ、歌下手だね?」
少し馬鹿にしたようで
何かを見つけた時のような声が
暗闇の中、僕の後ろからふっと鳴った。。。
僕は海辺の田舎に住んでいる大学生で、
地元の海辺にある半年前くらいにオープンした昼はカフェ、夜は小汚い居酒屋を
営んでいる店でアルバイトをしている。
半年前とは言えど、田舎の住民からしたら最近オープンしたばっかりの若いおしゃれ居酒屋だ。
バイト終わりの深夜、0100。
海辺に普通、人は居ない
そこを通るのは二両編成のボロい回送列車が1本と
気持ちいい潮風だけだ。
だから僕はよく心のままに歌いながら帰るのが習慣になっていた。
真夜中に海辺にいる人間なんて
ロマンチストでバカなカップルか僕くらいだ。
毎晩、一日の頑張りとストレスを労うため
この砂浜を独り、波の音を聴きながら
煙草をふかして歩く。
そんな独りだけの至高は見知らぬ女性よる一言で
ぱっと泡のように消えていった。
「だれですか?こんな夜中に危ないですよ?」
何故こんなにも冷静に会話ができるのか
普通、深夜に声をかけられれば少しはたどたどしくなるだろう。
しかし自分でも不思議なくらいその声に違和感がなかった。
「あれ、心配してくれるんだ(笑)」
「心配なんかじゃないです…僕が危ない人だとか思わないんですか?」
僕は意外な返答に少し動揺してしまい
訳のわからないことを言ってしまった。
「それは無いなぁ(笑)」
彼女は一言で僕の動揺した答えを蹴り払った。
「なんでそんなことが言い切れるんですか…」
「だって、きみ、歌下手だもん(笑)」
はい…?
僕は頭の中がハテナでいっぱいだったが
彼女は全てを理解しているかのように笑っている。
「よくわかんないですけど、失礼ですよ?
何もないなら僕、もう行きますね。」
「つれないなぁ…海だけに!
それに帰らないといけないのは君もだよ?」
ぼくをかまってくれる魚だとでも思っているのか。この女は。
そんな彼女はこの冷たい真夜中の海には似合わないような
無邪気な笑顔を見せびらかす。
僕は彼女の相手にしていては話が長くなると思い
無視して帰ることにした。
「またね!うた!練習しなよ!」
遠くから響くこの砂浜に似合わないその声は
新しくつけた煙草の煙と1人ふかした味をすこし濁した。
僕はいつも通り、大学で授業を受けたあと
帰りにバイト先へ直行するルーティーンをこなす。
夕方には昨日出会った彼女のことなど何一つ忘れていた。
「おい、勇介!ちょ、炭、足してくれ!」
厨房から聞こえるのは関西出身の店長だ
炭火焼きの料理がうちのイチオシメニューであるため
店長はカウンターの前にある火鉢に付きっきりだ。
今の時間はちょうど隣町から帰ってくる
仕事帰りのサラリーマンと田舎で働く作業着を着た
人達がちょうど集まる忙しい時間帯だ。
ドリンクを担当する人や注文をとるが
てんやわんやしていて店内は賑やかそのものだった。
夜のピーク過ぎの清掃を終えて帰路につく。
いつも通りのマルボロをふかして海辺を歩くと
後ろからまたあの声がした。
「今日は何を歌うのかな~?」
「あなたがいるなら何も歌いませんよ。
というか、いつも歌ってないですよ、。」
妙に恥ずかしくなり僕は下を向いて早歩きになっていた。
「あれ?ほんと?私がいるときはいつも歌っていたけどな~」
彼女はすっと僕の前に立ちふさがり、僕の顔を除き込んできた。
「へたっぴだもんね(笑)でも好きだよ?君の歌。」
彼女なんて居たことのない僕にとって「好き」という
ワードはとても新鮮かつ聞きなじみのない言葉過ぎた。
「…何言ってんだよ、うたは上手いほうがいいに決まってるだろ。」
僕の歩幅が狭く、そして早くなる。
「そんなことないよ?君の歌は、勇気をくれます。」
「あー、はいはい。いま深夜ですよ?、親?も心配してるんじゃないんですか?
早く帰ったほうがいいですよ。」
「あー、うん(笑)そうだね!帰る!(笑)」
すこし考えて彼女は答えて笑顔で手を振り帰路に就いた。
今日の笑顔は夜の海にどこか似ているような気がした。