41話
朝の陽ざしで目が覚めた。いつもなら寝起き直後は頭がはっきりしないのだが、今日は別だった。
今までにないくらいはっきりと夢の内容を覚えていた。
同時に俺の恥ずかしい台詞も……。
「ぐああああああぁぁぁ!」
悶えながら枕に顔を埋めた。一刻も早く記憶を消したい。
「消えろ! 消えろ! 消えろ!」
頭をぽかぽかと殴る。痛みで記憶を失えばいいのに。
数分ほど自分を痛めつけて、どうせ誰にも聞かれることはなかった夢だということに気づいて落ち着いた。
「……はぁ」
……夢でよかったと割り切るべきだな。
それにしても改めて考えてみても変な夢だった。
あぐりやあぐりの母親がなんで俺の夢に出てきたんだ。
生前の二人には会ったことはないはずなのに。
まるで当時の再現みたいな会話だった。
……これもあぐりと暮らしているせいだろうか。
霊であるあぐりと暮らしている以上、何かしらの影響はあると思っていた。
ただ断定もできない。単なる俺の妄想が引き起こした産物かもしれない。……今度早苗に聞いてみようかな。
考え込んでいるとあぐりが呼びに来ないことに気づいた。
時計を見ると、いつもよりもちょっと遅い時間だ。
まだ寝てるとか?
……それにしては耳を澄ませば包丁の音がトントントンと微かに聞こえてくるんだよなぁ。
きっと料理に夢中なのだろう。
ベッドから起き上がり、部屋に向かった。
「おはよう」
キッチンに入ると、あぐりの姿はなかった。
あれ? おかしいな。
でも、包丁の音は聞こえる。
見れば、空中に浮かんだ包丁が小刻みに人参を刻んでいた。
ポルターガイストを使って料理してるようだ。
いつもなら、そんな横着せず自分の手を使って料理してるんだが。
あぐりにしては珍しい。
「おーい、あぐり」
おそらく近くにいるはずのあぐりに声をかけた。
いつもなら、すぐに返事が背後から帰ってくるのだが。
「……あれ?」
いつまで経っても返事はなかった。包丁の音が空しく響いた。
と、見せかけて――。
「実は背後にいるんだろ!?」
突然振り返ってみたが、俺の予想とは違って誰もいなかった。
……おかしいな。
あぐりは確かにこの部屋にいる。それなのに姿を見せない。
初めての事態だ。
まさか! 夢のことを引きずってるのか!?
「これからもっとドキドキさせてやるよ」
あの恥ずかしい台詞を思い出した瞬間、顔が赤くなった。
ここがリビングじゃなかったら大声で叫んでたところだ。
……でも、あの夢は俺の夢だ。
現実のあぐりには何の関係もないはずだ。
だとしたら、やっぱり昨日、頭を撫でようとしたことが関係してるんだろうな。
あの夢の出来事が関係ないとしたら、やっぱり俺が生理的に受け付けないとか?
……ありえる。あぐりは霊とはいえ女の子だ。
あぐりの年齢からすればおっさんの俺に触られたくないのかも。
「あぐり、昨日はごめん。もう二度と頭を撫でようなんてしないからさ」
顔を青くしながら謝っていると。
机の上にあった手鏡がカタカタと震えだした。
……え、こわっ。
いきなりの心霊現象に怯えながら見守っていると血のような赤い文字が浮かび上がってきた。
『気にしていない』
まるで呪いみたいな字体で書かれていた。廃ホテルの鏡などで見かけたらすぐさまお祓いに行くレベルで不気味だった。
「直接言ってくれ!」
心霊現象そのまますぎる。一瞬、『あれ? 俺呪われたんだっけ』って思ってしまった。
『恥ずかしいので』
再び文字が浮かび上がってきた。どういう原理なんだろう。
「だったらスマホでいいじゃん」
そう言うと今度は俺のスマホが震えだした。手に取ると、液晶には――。
『わかりました』
と血文字で書かれた。
「そういう意味じゃない! メッセージアプリでいいじゃん! そもそもなんで姿を見せないんだよ!」
ツッコミを入れたが返答はなかった。その代わり、目玉焼きとソーセージをのせた皿が空中をふわふわと漂ってきた。
どうやら嫌われているわけではないようだけど。
……意味がわからない。
これが年頃の女子を持つ親の気持ちというやつか。
パンや牛乳が運びこまれていくのを尻目に俺はひっそりとため息をついた。
その夜、ケーキを片手に帰路を進む。
中高生に人気の洋菓子店に並んだため、いつもよりも時刻は遅い。
結局、一日考えたがあぐりの気持ちがわからなかった。
唯一、考えられることは俺の夢の中での出来事くらいだ。
夢と霊の因果関係。
それを早苗に相談したところ。
「夢というのは霊に近い状態のことだと言われています。なので、先輩の部屋にいる霊とも干渉することはあるかもしれませんね。具体的に言うと霊の過去を見たり、先輩の夢の中に入って来たり。……そういうこともあるかも?」
俺から奢ってもらったコーヒーを飲みながら聞いた早苗の説明を思い出した。ちょっと曖昧だったのが信頼に欠けるが、早苗は霊の専門家じゃないから仕方ないか。
とりあえず、機嫌を取るために買ってきたケーキがあれば具体的な話も出来るだろう。
「ただいま~」
玄関のドアを開けて声をかけた。
やはり返事はない。
だが、リビングから漂ってくる良い香りはあぐりが食事を作っていたことを示していた。
「お、今日はハンバーグかー。うまそう――」
スーツを脱いでテーブルの上の料理を見た瞬間、固まってしまった。
ハンバーグの量がすごい!
いつもなら、ハンバーグは俺の胃袋のことを考えて、一、二個くらいなのに今日はなぜかハンバーグが十個以上重なっていた。
「ど、どうしたんだ? これ」
今日って何かのお祝いだったっけ? ……俺の誕生日!? なわけないしなぁ。でも、何かの記念日じゃないとこの量は説明つかない。
『記念日を忘れることが女子にとっては一番嫌なんですよ』
俺の中の早苗が口を出してきた。
くそ、くやしいが正論だ。
『駄目だなぁ先輩は。ほんっと駄目。駄目駄目の駄目ですね』
イマジナリー早苗がひたすら罵倒してきた。
罵倒だけじゃなくて、解決策も出してくれよ!
『下手っぴ。本当に先輩は下手っぴ』
俺の想像力が貧困なせいでひたすら罵倒しかしない早苗。うるせーよ! 頭をふって必死に早苗を追い出した。
落ち着いて考えるんだ。きっとは答えはどこかにある。
女の子はちょっとしたことでも記念日にしたがると聞いたことがある。
つまり――。
「あぐりと出会って今日で一か月か!」
こうしちゃいられない。俺もお祝いを用意しないと!
慌てて戸棚を漁る。ロクなものがない。せめて蝋燭があればお祝い気分なんだろうけど。
……似たようなものならあった。
「ごめん、これしかなかった」
取り出したのは線香だった。火をつける細長い物といったらこれしかなかったのだ。
……でも、よく考えればあぐりは霊だから蝋燭よりも線香のほうが好みかもしれない。
とりあえず、ハンバーグに突き刺して火をつけた。蝋燭の代わりに線香、ケーキの代わりにハンバーグ、とてもじゃないが、記念日のパーティとは思えない。
……妙なサバト感が出てる気がする。
「出会って一か月おめでとー!」
そんな雰囲気を誤魔化すように明るく声をあげた。
あぐりの反応を待っていると。
「……」
あれ、なんも反応がない?
そう思ったとき。
冷蔵庫の扉が開いた音が聞こえた。しばらく待っているとケチャップがふわふわと漂ってきた。
そのまま一際大きいハンバーグにケチャップをふりかけた。
ケチャップをかけるのは自分一人で出来るんだけどなぁ。
メイド喫茶のオムレツみたいにハートでも書かれたのかと期待したが。
「文章?」
どうやらあぐりからのメッセージのようだ。どれどれ。
『よくわかりません』
『なぜ線香を?』
「……お祝いだからハンバーグ作ってくれたんじゃないのか?」
『そういうわけではありませんが』
『テンションが上がっただけです』
ケチャップの文字はハンバーグをはみ出して皿に描かれた。
「テンションが上がった?」
気になる一文を見つけて問いかけた瞬間、がたんと何か物音がした。
「だ、大丈夫か?」
その後、しばらく待ってみても返答はなかった。
『先に食べてて』
『ください』
「え!? こ、この量を一人で?」
聞き返すが返答はなかった。血のように赤いケチャップが散乱した大量のハンバーグと墓場の臭いがする線香だけが残されていた。
大食い大会イン墓場かよ。
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