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40話

 その日、俺は夢を見た。

 これが夢なのか現実なのかわからなくなるくらい鮮明な夢。

 明晰夢、というやつなのだろう。

 だが、なんとなくこれが俺の夢ではないような気もしていた。

 まるで誰かの夢を覗き見ているようだ。


 ※※※※※※


 暑い夏の日のこと。

 部屋の中でくすんだ茶髪の女性が化粧を直していた。

 足元には女の子が一人で正座してタブレットをいじっている。年は五歳くらいのように見えるが、殴られた痕のような痣と年不相応の無表情のせいで本当の年齢はわからなかった。

 ……あぐりに似ている。というか、あぐりの幼い頃の姿じゃないか?

 これはあぐりの昔の姿?

 だとしたら、あの女性があぐりの母親?

 化粧が濃くてわかりにくいが、顔立ちは似ている気はする。


「……たく、いきなり来いなんてさ。こっちにも予定があるっつーの」


 ぶつぶつと文句を言いながらも鏡を見ながら髪を整える。山のように盛り上がった髪はまるで場末のキャバ嬢みたいだ。


「最近はマジで金すくねぇし。子供産めっつったのはお前だろ」


 そういえば、あぐりの母親に関しての情報はあまりなかった。

 被害者のあぐりの情報は年齢までわかったのに。

 その理由を考えようとしたとき。


「ちょっとさっきから何してんのさ! 邪魔だよ!」


 イライラしながら女性はあぐりを無造作に蹴り飛ばした。

 一瞬で頭に血が上った。地面に転がるあぐりの元に今すぐ駆け寄りたかった。

 しかし、すぐにあぐりは無言で立ち上がる。

 慣れているといわんばかりにまた母親の足元でタブレットを操作していた。

 よかった。怪我はないようだけど。

 安堵からほっと胸を撫で下した。


「嫌なガキだね。誰に似たんだか。心当たりが多すぎてわかんないけどさ」


『ふざけるな!』と大きな声を上げて母親に殴りかかろうとした。

 しかし、殴ろうした手がないことに気づいた。

 完全に意識だけの存在だった。

 せめてもの抵抗で母親の顔を睨みつける。


「あー、そうだ。しばらく私は出かけるから留守番できるよね?」


 疑問形だが、言葉の強さからするとほぼ強制に近い。


「……ん」


 あぐりはこくりと頷いた。どうやら、今までも何回かあったようだ。だが、まだ一人でお留守番できるような年齢には見えない。


「あっそ。なら、いつも通りお願いね」


 それで二人の会話は終わった……と思っていたが。


「……ん」


 あぐりが母親にタブレットを差し出した。俺と出会ったときのような無表情で、しかし、どこか期待しているような瞳だった。

 あぐりなりに勇気を出しているのが震えた手でわかった。


「は? なにこれ」


 しぶしぶとタブレットを見ると。


「え、これ電車? 何? 乗りたいの?」


 馬鹿にするように鼻で笑いながら母親が問いかけた。悪意がある言い方にあぐりは身を小さくしながらこくんと頷いた。

 このころのあぐりはまだ母親に期待を捨てきれない頃なのだろう。


「わかった。良い子にしてたら今度電車のせるから」


 ぱぁっとあぐりの表情が輝いた。まるで普通の子供みたいな笑い方に心がほんわかと温かくなった。だが、その思いはすぐに消えることになる。

 母親はすぐに真顔になって。


「うそに決まってるじゃん。馬鹿じゃないの?」


 この母親にとっては胸が熱くなるなんてことはないのだろう。

 とても娘に向けるものとは思えないほど馬鹿にした態度だった。

 汚い言葉だ。とてもあぐりの母親とは思えない。

 ……いや、こんな母親だからこそあんな事件が起きたのだろう。

 ここから先のことを思えば、あぐりの姿を正視できないくらいだ。


「……」



 再びあぐりは座り込んでタブレットを操作する。

 瞳の奥に隠し切れない悲しみが見て取れた。

 雰囲気的には泣きそうだったが、あぐりはこの年で既に我慢を覚えているらしく、ぐっと下唇を噛んで耐えていた。

 もしも、この手が動くならすぐに頭を撫でてやるのに。


「わざとらしいんだよ!」


 その態度が逆鱗に触れたようで酷く怒りながらあぐりを殴り始めた。

 再び怒りで我を忘れそうになる。

 あまりにも見てられず「やめろ!」と声を上げた。

 ……つもりだったが、やはり声は出なかった。

 しかし、じっとはしてられず何度も叫ぶ。

 あぐりが殴られてるのに黙って見てられるか!

 これが俺の夢だとしたら少しくらいは制御だって出来るはずだ!

 強く意思を込めて――。


「やめろ!」


 すると、母親は殴る手を止めて辺りを見渡した。


「は? なんか言った?」


 もしかすると、言葉が通じてる?

 だとしたら!


「その子の家族だ!」

「は? いや、私が家族だし」

「本当の家族は自分がイラついてるからって子供を殴ったりしない!」


 自信を持って叫んだ。一瞬、あぐりの瞳に色が宿ったのを俺は見逃さなかった。


「お兄ちゃん?」


 不思議そうなあぐりの言葉が聞こえた。俺とあぐりはまだ出会っていないはずだ。

 ……わかっていはいたが、これは夢なのだろう。


「本当は電車に乗りたかったけど、トラウマのせいで乗りたいって言えなかったんだな。それに気づいてあげられなくてごめんな」

「言ってないので仕方ないです」


 気が付けば、周囲の景色は白く染まっていた。母親はどこにもいない。

 あぐりもいつもの年齢に戻っていた。

 やっぱり過去に介入できたわけではないようだ。

 単なる俺の夢。

 目が覚めると全てが無意味になるとしても。


「放っておけなかった。あぐりが殴られているなんて絶対に許せないことだから」

「でも、慣れてますよ?」


 こともなく言うあぐりに再び胸が詰まる。いつものぬいぐるみがあぐりの手元にないせいで本音がわかりづらい。

 そう思っていたが、夢のせいだろう。

 不思議と本音で話していることがわかった。


「それは慣れたらいけないことなんだよ」


 悲しくなった俺はあぐりを抱き寄せて耳元で呟いた。


「……そうなんですか?」

「辛いなら辛いって声に出していいんだ」

「でも、殴られますよ?」

「俺は殴らないよ。ちゃんと受け止めるから」


 あぐりの顔をしっかりと見つめた。


「俺はあぐりの声を聞き逃さない」


 そう言うと、あぐりは穴が開くくらい俺の顔をじーっと見つめた。よく見れば頬が少し赤くなっていた。


「不思議です」

「何が?」

「なぜかお兄ちゃんの顔が見れません」


 よく考えればちょっと臭い台詞だった。

 でも、どうせ夢の中だからいいか。


「これからもっとドキドキさせてやるよ」


 普段なら絶対言わないイケメン台詞を吐いてみた。

 これが現実だったら恥ずかしさで死ぬだろうな。


「……」


 あぐりはじっと俺の顔を見つめると。


「あ、あれ!? なんで!?」


 すぅっと消えていった。やばい、台詞が臭すぎた! イケメンなら許されるということか!

 夢の中なのに現実レベルで判定が厳しい。


「い、今のなしで!」


 慌てて叫ぶが、既に姿はなかった。同時に周りの景色が白くなっていった。何もかもが吹雪に覆われていく。

 夢から覚める兆候だろう。

 なんとも後味が悪い結果になってしまった。

 どうせ夢なら、


「これからもっとドキドキさせてやるよ」


 ドォン!


 上から誰かが降ってきた!

 ま、まさか、上弦の……参!?

 どうして今ここに!?


 みたいな突拍子もない夢でもよかったのに。

 こんな悪夢みたいな終わり方は嫌だ。




「面白い!」


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