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31話

 あぐりと別れた俺は全速力で電車に乗り、弾む息を整えながら駅に到着するのを待つ。


逢魔(おうま)が時魍魎(もうりょう)電車って知ってる?」

「最近話題のやつっしょ。夕方に乗るとなんたらってやつ」

「なんたらってなんだよー」

「そりゃあれっしょ」

「……だって」


 周囲にはいつもより女子高生が多い。どうやら時間がずれてしまったため、学生たちの登校時間と重なってしまったようだ。

 髪を染めて、メイクしている女子高生――いや、ギャルたちが甲高い声で会話していた。

 思春期特有の溌溂(はつらつ)としたエネルギーは社会人の俺にとっては少し眩しく感じた。

 気にしないようにゲームをしていたが、ギャルたちの会話が耳に入ってきた。


「社会のナルミってさ。キモくね?」

「わかるー。めっちゃ変な目で見てくるよね」

「ぜってー前世は犯罪者だって」

「それなー」

「前みたいにセクハラされたーって訴える?」

「いいねー」

「きゃはははは!」


 中身はとんだ悪魔だった。

 痴漢(ちかん)だと思われたら厄介だな。

 吊り革から手を放して、隣の車両に移動しようとしたとき。

 がたんと車両が揺れた。


「うわ!」


 体勢を崩した俺はギャルたちの間に割って入ってしまった。一瞬、ギャルたちの間に静寂(せいじゃく)が生まれた。


「なにこのオッサン」

「痴漢? 痴漢?」

「興奮したんじゃね?」

「やべーやべー」


 大騒ぎしながらギャルたちが俺を囲む。まるで餌を求めるひな鳥の群れの中にいるような気分だ。


「あ、いや、別に用はないけど」


 無実だと証明するように両手を上げてアピールするが。


「マジでキモ」

「通報する?」

「オッサンさぁ。こっち来た時ちょっと触ったっしょ?」

「あー私も触られたー」

「私も私もー」


 にやにやしながら俺を小突き始めた。触ったなんて絶対にない。

 周囲を見渡すと、他の乗客たちも俺を疑っているらしく、眉をひそめて厳しい視線を向けられた。

 仕方ないか。

 俺だってかよわい女子高生と人生に疲れたような社会人だったら前者を選ぶかもしれない。


「そ、そんなことしてないけど」


 必死になって否定するが、ギャルたちは馬鹿にするように笑いだした。


「焦ってる焦ってる」

「マジダセー」

「とりあえずケーサツに突き出す?」

「いいね」


 それは困る! 警察沙汰になったら遅刻どころかクビにされるかもしれない! 思わぬ事態に顔色が青くなる。

 それを見て、ギャルたちが更に笑った。

 オタクに優しいギャルなんて存在しなかった。


「ほら、なんとか言えよ! オッサン!」


 調子に乗ったギャルの一人が俺に手を伸ばした。だが、俺に触れる直前で。


「いたっ!」


 熱したフライパンにでも触れたかのように手は弾かれた。それを見て、ギャルたちは不思議そうな顔をした。


「どったの?」

「あー、わかった。静電気っしょ?」

「スーツで静電気ってあんの?」


 弾かれた手を押さえながら、ギャルは気味悪そうに俺を見た。一体、どうしたんだ?


「な、なんでもない」


 ちらりと見えたギャルの手には犬の噛み跡みたいなのが見えた。


「ケーサツに言われたくないならさぁ。わかるよね?」


 親指と人差し指で丸を作る。やっぱり金か。

 俺を痴漢呼ばわりしてきたことから薄々は感じていた。


「ほらほら、どーすんの?」

「早く決めてよー」

「うちらはケーサツに言ってもいいんだけど?」


 ムカつくが、最初ギャルたちにつけ入る隙を作ってしまったのは俺が原因だ。

 高い授業料と思って支払うしかないか。

 財布を取り出すため、ポケットに手を入れる。

 そのとき。


「第一さぁ。なんで犬なんか連れて電車乗ってんのさ。電車はペット禁止だって襲わなかったの? オッサン」


 近くにいたギャルの一言に場が静かになった。


「うちで犬は飼ってないんだけど。そもそも電車に犬連れて乗らないし」


 ……女の子なら心当たりがあるけど。でも、あぐりが犬に変身できるなんて聞いたことない。

 ギャルたちも俺の言葉を肯定するように『何言ってんの? こいつ』みたいな目を向けていた。


「いや! いるじゃん!」

「つかさ、みっちーさ。何言ってんの? 犬なんかいないけど」

「ね」

「いや、いるじゃん! そこに!」


 ギャルが指で示したのは俺の背後だった。

 俺は振り返るが。


「……いないけど」


 犬は当然見当たらない。余計なトラブルと関わり合いになりたくないと言わんばかりに新聞で顔を隠している中年男性くらいしかいない。


「オッサンが振り返る瞬間に消えたんだって!」

「そんな馬鹿な」


 恐喝したいなら痴漢呼ばわりするだけで十分だろ? 今更何が目的なんだ?

 俺が痴漢したと言ってたときはにやにやと笑っていたのに、今は真剣な表情で訴えている。とても嘘をついているようには見えない。


「夢でも見たんじゃない?」

「ヤクやりすぎじゃん」

「うるせーな! 見たっつってんじゃん!」

「は? 何その言い方」


 ギャルたちの間に険悪な雰囲気が漂ってくる。よくわからないが仲間割れが起きているみたいだ。


「あ、あのさ。みっちーの言うこと嘘じゃないかも」


 そのとき、さっき手を弾かれたギャルが声を上げた。青ざめた顔色で額には冷や汗をかいている。

 さっきまで小生意気なギャルそのものだったのに、今は病人みたいだ。


「こ、この手を見てよ」


 ギャルが先ほど弾かれた手を見せつけるように上げた。そこには動物に()まれたような噛み跡が痛々しく残っていた。

 あの弾かれたときについた傷なのか? でも、俺はなんもしてないんだけど。


「え、なにそれ」

「こわ」


 ようやく異常事態だと気づいたギャルたちの間に緊迫感が漂う。


「そ、そいつ、やばいって。マジで」


 その一言でギャルたちが「ぎゃー」とか「ひぃー」と悲鳴を上げて、俺から離れていく。電車の中にはそれなりに人がいるのに俺の周りには結界でも張られたかのように空白が生まれていた。

 周囲から向けられた不気味なものを見るような視線は俺の心はちょっと傷ついた。

 からまれなくて良くなったのは嬉しいけど。

 一体なんで?

 あぐり以外に何か憑いてるとか?

 周囲を見渡し、体をまさぐり、鞄を(あさ)る。すると。


「あれ。これって」


 鞄から出てきたのは犬のぬいぐるみだった。これはあぐりが持っていたものだ。

 いつの間に紛れ込んだのだろうか。

 ここにぬいぐるみがあるということは今頃、あぐりは家の中を探しているのかもしれない。

 あれだけ大事そうにしていたんだ。届けないとかわいそうだな。


「……会社は遅刻だけど仕方ないか」


 自重するように呟いて、俺は家に戻る決心を固めた。

 会社には遅れるってメールしておこう。

 電車の中だと電話できないというのもあるが、直接話すと部長に絶対怒られて長々と説教を食らいそうだ。

 今は一刻も早くあぐりに犬のぬいぐるみを返してやりたい。

 スマホを手にしてメールを打ち込む直前、ブルブルとスマホが震えだす。おっと、メッセージだ。

 宛先は……『  』?

 え、なんだこれ。

 中身はたった一言。


『持っていってもいいです』


 持っていってもいいというのはぬいぐるみのことだよな。

 ということはこのメッセージはあぐりからか。

 ……いくらなんでもタイミング良すぎないか?

 どこからか見てるとしか思えない。

 そのとき、ぬいぐるみから視線を感じた気がした。

 まさか、このぬいぐるみが?

 ぬいぐるみをじっと見つめるが。


「あいつ、ぬいぐるみ見てる」

「キモ」

「駅員呼ぶ?」

「もう関わりたくないし」


 成人男性がぬいぐるみを見つめる姿は思いのほか注目を集めたらしい。ますます俺の周りから人がいなくなっていく。

 気恥ずかしさを隠すようにこほんと咳払いしてぬいぐるみを鞄に戻した。

 どう見てもただのぬいぐるみだし、そんなわけないよな。



「面白い!」


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