3話
スーパーに入るとあぐりは目を輝かせて辺りを見渡す。まるで遊園地のアトラクションを見るような熱い視線だ。
「お菓子コーナーは向こうだ。好きなお菓子選んでいいよ」
「好きなもの?」
「二人で決めよう」
「ね」
「ね」
一人と一匹? は顔を見合わせて駆けだした。
微笑ましい光景だ。
さてと、俺は特価のカップラーメンでも漁るか。
お、このラーメン見たことないな。
「じー」
焼きそばも買っていくか。
「じー」
あとはカレーメシでご飯成分を摂取して――。
「じー」
「なんでじっと見てるんだ?」
「これ」
俺の前に突き出されたのは女子向けのアクセサリーが入ったおもちゃ入りお菓子だった。
「ああ、欲しいのか。いいよ。かごに入れておいてくれ」
俺はカップラーメン山盛りのかごを向ける。
「……お菓子入らない」
「ね」
……ちょっと買いすぎたかな。
「ちょっと待っててくれ。少し戻してくるから」
「……ご飯いつもそれ?」
「体に悪い?」
幽霊に体を心配されるとは思わなかった。
「一人暮らしだからな」
すると、あぐりと一匹? がひそひそと内緒話する。
「よければ」
「作りましょうか?」
「え、マジで? 作り方わかんないだろ?」
「お腹がすいたとき」
「ネットで料理の動画を見てたので」
焼肉屋のダクトから漂ってくる焼肉の匂いでご飯を食べてる気持ちになるようなものだろう。目頭が熱くなってくるんだけど。
「た、助かるけど。でも、包丁とか持てないだろ」
「念力で?」
「サイコキネシスで?」
「名称統一しろよ」
……よく考えたらいたずらしてたくらいだから、ある程度の物は動かせるのだろう。
「料理作れるなら頼みたいけど」
「お菓子のお礼」
「ね」
意外と義理堅い。どうやら多少は心を開いてくれたようだ。
でも、実践は初めて、というわけか。
「自信はどれくらいあるんだ?」
「東京ドーム三個分くらいは」
「あるかも?」
「……意外と強気だった」
多少の不安は残るけど、カップラーメンも飽きてきた頃だ。
「わかったよ。じゃあ、新しいかご使って良いから食材も頼む」
「任せて」
「ね」
楽しそうに駆け出すあぐりを見て、周囲の人たちが微笑ましそうに見つめる。見た目は可愛らしい少女だからな。
「優しい妹さんね」
近くにいたおばさんが話しかけてきた。
「は、はぁ」
実は部屋に住み着いてる悪霊なんです。と言ったらどんな反応をするだろう。……おそらくは『こいつ何言ってんだ』みたいな顔になるんだろうけど。
※※※※※※
買い物をすませてスーパーから出る。
右手にぬいぐるみ、左手に肉まんを持ったあぐりがレジのお姉さんに手を振る。それを見て、レジのお姉さんも微笑みながら小さく手を上げた。
「家族みたい」
「と言われました」
心なしか嬉しそうなあぐり。もしかして、
「家族が欲しかったのか?」
「……ん」
ぬいぐるみではなく、あぐりがこくりと頷いた。……今までのあぐりは最初、ぬいぐるみに自分の気持ちを代弁させていた。それがなかったということは代弁させることを忘れるほどの思いということだろう。
彼女の境遇を考えるとそれも当然だけど。
早いうちに家族を亡くした俺にはその気持ちが痛いほどわかる。
……そうか。あぐりに親近感があったのは『家族がいない』という共通点があったからか。
それなら――。
「俺が家族になってやるよ」
こうすることで俺たちは互いの傷を埋めることができる。
それがいびつで歪んでいて――依存みたいな関係だったとしても。
一瞬、言葉の意味を考えるようにあぐりは黙り込んで、
「うん」
小さく頷いた。
「家族が出来てよかったね」
「ね」
「なんて呼ぼうか?」
「パパ?」
「いや、それはやめてくれ」
「でも、私たち」
「名前知りません」
「私たち」
「名前知りません」
「ああ、そういえば、言ってなかったっけ?」
よく考えれば自己紹介する暇なんてなかったもんな。
「二階堂廉一郎だ」
「レンイチロウ」
「レンイチロウ」
ぬいぐるみと一緒に『レンイチロウ』という名前を連呼する。
「言いにくい」
「ね」
確かにレンイチロウって名前はちょっと長いんだよな。しかも、若干言いにくいから友達にも不評だ。
「じゃあ、普通にお兄ちゃんでいいよ」
女の子と付き合ってないのにパパなんてごめんだ。
「お兄ちゃんだって」
「……」
ぬいぐるみであぐりが顔を隠す。どうやら恥ずかしがっているようだ。ぬいぐるみがお兄ちゃんって言ってるのは恥ずかしくないのか?
……別人って設定なんだろうけど。
「他には……恋人とか?」
耳まで真っ赤だ。
……言った自分も照れてしまった。
「ごめん、今はまだお兄ちゃんで」
「今はまだ?」
ぬいぐるみの純粋な目が痛い。
「い、いいから、恥ずかしがってないでお兄ちゃんって言ってみてくれよ」
「……」
「ほらほら」
「……」
「ほら――って、消えるなよ!」
完全に消えちゃったよ。
あぐりの恥ずかしがっている顔が可愛くてつい意地悪するように急かしてしまった。
悪いことしたな。
仕方なく一人で帰路につこうとしたそのとき、
「お兄ちゃん」
背後からあぐりの声が聞こえてきた。
振り向くとそこには誰もいない。
普通ならほんわかするんだけど。……ホラー映画の演出みたいでちょっと怖い。