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28話

 冷めていたハンバーグを温め直して食べている間もあぐりは姿を見せることはなく。


「おーい、寝るからなー」


 風呂に入った後、声をかけたが返答はなかった。こんな事態が初めてだ。

 今まであぐりとは仲良くやってきた。

 妹よりも家族らしいことをしていた部分まである。

 最初は同情だったとしても今では大事な家族だ。

 こんなことで関係が終わってしまうのはなんとしてもさけたい。


「……俺が悪かったなら謝るから出て来てくれないか? あぐりの顔が見たいんだ」


 心の底からあぐりに語り掛けた。

 純粋なあぐりに伝わるように自分なりに誠意をこめたつもりだった。

 でも。


「駄目かぁ」


 返事はなかった。会社でもうまくいかなかったのに家でも同じことが起きるのか。

 辛い出来事が重なったことで心が摩耗していく。

 仕方なく布団に入る。こんなときは何も考えずに寝てしまいたい。

 ふと、何かの気配が布団の中から感じた。

 重さはない。でも、何かがいることは感覚でわかった。


「あぐり?」


 布団をめくると、暗闇の中で白い顔が浮かび上がる。心臓が口から飛び出るほどの衝撃。 登場シーンが映画の呪怨そのものだ。


「うわ――」


 叫びかけた途中であぐりだと気づいた。

 い、いや! 駄目だ! さっき俺が驚いたことであぐりは傷ついたはずだ。

 同じ轍は踏まない!


「はぁぁぁん!」


 咄嗟に鼻から漏れるように声を出した。


「叫び声?」

「叫び声じゃないかも?」


 我ながら気持ち悪い声だった。


「そ、それよりも、い、いつから中にいたんだ?」

「わりと最初から?」

「ほぼ最初から?」

「一言言ってくれればよかったのに」

「顔が見たいというから出て来ました」

「顔が見たいと言うので出て来ました」

「そっか。ありがとな」


 俺が微笑みながら言うと。


「……」

「……」


 無言で何かを言いたそうに見つめてきた。顔を見せるためだけに出てきたというわけじゃないようだ。

 思えばあぐりはこの前から何か言いたそうだった。

 俺の後を黙ってついてきたり、何か言いかけてやめたり。

 きっと今までは遠慮していたのだろう。


「何か言いたいことがあるなら言ってくれ」


 俺が気づかないだけで色々な不安をぶちまけられるものかと自分なりに覚悟を決めて言ったつもりだったが、返ってきたのは予想外の言葉だった。


「私たちは家族では?」


 ぬいぐるみはあぐりの言葉に続かなかった。おそらくはあぐり自身の言葉だという意思表示だろう。

 あぐりが決意を込めて聞いてきたのなら、それに対して俺自身も決意をもって応じなければならない。


「もちろん、家族だよ」


 安心させるように柔らかく頭を撫でた。

 これまであぐりと暮らしてきた経験からすると、これで落ち着くはずだ。

 しかし、あぐりは撫でられながらも不満そうに目を伏せた。


「どうしたんだ? そんな当たり前のことを聞いてさ」


 俺なりにあぐりを家族だと思って接してきたつもりだ。

 今更、家族の絆が揺らぐ出来事なんて――。


「家族は隠し事はなしでは?」


 あぐりが顔を上げたとき、瞳は悲しみに染まっていた。


「か、隠し事なんて何も――」

「仕事のちょっとした失敗というのは嘘では?」

「気にしていないなんて嘘では?」


 言葉は鋭い刃となって、胸を貫いた。


「そんなことは」


 『ない』と言おうとしたが、あぐりの問いかけるような視線に気づいて言葉を止めた。

 言外に『また嘘をつくのか?』と言っているようにも聞こえた。

 そこで俺はようやく自分の間違いに気づいた。


 虐待されてきたあぐりはロクに食事も与えられなかった。

 たまに帰ってくる母親はお腹を空かせているあぐりに食べ物を与えなかった。

 夜にはご馳走を持ってくる。

 明日にはあぐりの好物を食べさせる。

 嘘ばかりついてきた母親。

 最初はあぐりだって信じていた。でも、いつまでも食べるものはなく。

 やがて、感情は無になって――死んだ。


 嘘に騙されてきたあぐりが求めているのは誠実さだ。

 男のプライドなんかじゃない。

 もっと早く気付けばよかったのに。俺って本当に馬鹿だな。


 すぅぅっとあぐりの姿が消えていく。


「……最近、部長がきつくてさ」


 それを引き留めるように俺は言葉を紡いだ。

 すると、あぐりは消えるのをやめて、興味深そうに俺の顔を覗き込んだ。


「仕事で失敗したなら叱責だって受け入れるけどさ。挨拶の元気がないってことで殴られたり、昼食のサンドイッチに唾を吐かれたり、やってることがいじめみたいなんだよ」


 いや、もういじめみたいじゃなくていじめそのものか。

 社会人になったらいじめなんて子供みたいな真似はしないと思っていた。


「残業だって代わりにやらされるしさ。そのせいで最近は帰るのも遅くなってきただろ? ほんとはもっと早く帰って一緒にいたいのにさ」


 一度吐き出した弱音は止まらない。まるで土石流(どせきりゅう)のように噴き出してきた。


「私もお兄ちゃんと一緒にいたいです」

「私もお兄ちゃんと一緒にいたいです」


 サラウンドで聞こえてくるあぐりの言葉は疲れ切った俺の心にしみこんできた。


「ありがとうな」


 あぐりの頭を優しく撫でた。人の体温を感じさせない冷たい感触。それでも、あぐりの気持ちが伝わってくるようで心が温かくなる。

 安らいだ環境にいると途端に眠気が襲ってきた。急速に重くなる(まぶた)。霞んでいく意識。 無意識にあぐりを撫でる手が止まってしまった。


「もっと撫でててもいいのでは?」

「もっと触ってもいいのでは?」


 頭を撫でるのが物足りないらしいあぐりに俺は答えようとしたが既に眠りに入りかけていた。


「寝ましたか?」

「寝てしまいましたか?」


 いや、寝てないよと言おうとしたが、言葉にならなかった。


「おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 優しい言葉が夢うつつに聞こえてきた。今日は良い夢が見れそうだ。

 …………。

 ……。




「面白い!」



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