26話
翌日、まだ部長は機嫌が悪いままだった。なるべく怒らせないようにしようとするあまり妙な緊張感がオフィスに広がっていた。
そんな健闘も空しく――。
「いい加減にしろよ!」
今日も俺は部長から怒鳴られていた。
「すみません」
「このファイルの指示は前から先に送付するって決めてたよなぁ!」
俺の記憶では後から送付ということを部長が決めていたはずだけど。
……部長のことだ。どうせ以前に言ったことは忘れてるんだろ。
いつものことだと心に言い聞かせながら必死に耐える。
早く終わってほしいと思いながら部長の説教を聞き流す。
「俺が若い頃はなぁ」
過去話を始めたらそろそろ終わりが近い。
内心ホッとしながら部長に相槌を打つ。
ここで『さすがでんなぁ! 部長様はぁ!』 みたいな持ち上げを出来ればいいんだが。
「参考になります」
俺に出来るのは当たり障りのない言葉だけだ。……そこまであからさまにコバンザメみたいなことができるならとっくに出世していたかも。
「今時の若いもんのお前にはあの時代は生きられなかっただろうなぁ」
「は、はは」
戦時中じゃあるまいし、生きられないってことはないだろ。
内心、辟易しながら愛想笑いを浮かべる。
だが、この選択は間違いだった。
「何笑ってんだよ」
「す、すみません」
「何笑ってんのか聞いてんだろ! 俺の話がそんなに面白かったのかぁ!?」
どうやら逆鱗に触れたらしく、思いっきり胸ぐらを掴まれながら怒鳴られた。
「すみませんでした!」
もはや何度目かわからない謝罪。しかし、聞き飽きた謝罪が通じるわけはなく。
「ほんとに思ってんのかよ! なぁ!?」
がくがくと頭を揺さぶられる。頭が真っ白になるほどの衝撃。
そこまで強い力ではないが、言葉ではない暴力は精神的なショックが大きい。
「す、すみませんでした! もう二度と笑いませんので!」
「本当に悪いと思ってるならもっと大きな声で謝れよ!」
「すみませんでした!」
「声が小さいんだよ!」
「すみませんでしたぁ!!」
半ばやけくそのように叫んだ。
ここまで謝るようなことか? と客観的に見れば思うのだが。不思議なもので何度も謝っていると自分は本当に駄目だなあという気持ちがどんどん膨れ上がってくる。
「ちゃんと反省しろよ! 馬鹿が!」
数分くらい情けなく叫んでいると、ようやく気が晴れた部長がぺしっと俺の頭を叩いて背を向けた。
以前俺を殴ったことが問題にならなかったことで味をしめたらしく、ちょくちょく手を出してくるようになった。
他の社員たちも巻き込まれるのが怖くて口に出さず、唯一、早苗くらいしか話す相手にいなくなってしまった。
今はまだ怪我をするほどの攻撃ではないが、いずれはエスカレートしていくだろう。
先のことを考えると気が重くなる。
「はぁ……」
部長に気づかれないように小さくため息を吐いた。
「あ、それとな」
すると、部長が振り返り、意地悪そうな笑みを浮かべた。ため息を誤魔化すように慌てて俺は姿勢を正して、顔を引き締めた。
「は、はい」
「お前のミスで俺の時間使ったんだから俺の分の残業、よろしくな」
「……わかりました」
重くなる気分をぐっと抑えて返事をした。馬鹿にしたような笑みを浮かべて去っていく部長。一瞬、殺意が沸いたが、反論することも出来ず黙って俯いた。
怒りはすぐに収まり、後に残ったのは虚無感だけだった。
いじめってこうことなんだなぁ。
無性にあぐりに会いたくなった。
「面白い!」
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