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24話

「お前さ。こんなこともわかんないわけ? 社会人舐めんなよ!」


 部長の怒号がオフィスに響き渡る。気まずい空気が流れる中、俺は頭を下げ続けた。


「すみません」


 原因は俺が会社で使う部品の発注を忘れたせいだ。もちろん、俺の責任だから説教も受け止めるつもりだった。


「大体さ。最近、後輩に頼られてるからってちょっと調子に乗ってんじゃないか?」

「後輩……? ああ、早苗のことですか。別に頼られているわけじゃないですけど」


 呪われたマンションに住んでいる俺に霊障はないか度々聞いているだけだ。


「そうやっていちいち反論してんじゃねぇよ!」

「……すみません」


 二時間前からずっとこの調子だった。最初は発注のことで責められていたが今では全く関係ないことで怒鳴られていた。

 『スマホが俺の機種より新型だ』とか『歩くときの音が社会人じゃない』とかどうでもいいことばかりだった。

 前々から理不尽なことで怒ることが多かったが今回は特にひどい。

 どうやら部長は何か嫌なことでもあったらしく、かなり機嫌が悪いようだ。

 ……そういえば、娘さんと進路のことでもめてるって聞いたことあるな。


「おい、聞いてんのか!?」

「すみませんでした」

「俺が若い頃はなぁ。苦労なんて買ってでもしたもんだ」


 こういうときはひたすら謝るしかない。

 頭を下げ続ける俺に対して、周囲の視線は同情じみていた。だが、庇おうとすれば同じように説教をされるためひたすら見守るしかない。


「あ、あの、部長」


 そんな中、早苗が声をあげた。


「なんだぁ? 無能らしく庇い合ってんのか? それともデキてんのか? だとしら、お似合いの底辺カップルかもなぁ。なんなら俺が女性の心得をレクチャーしてやろうかぁ?」


 案の定、矛先が早苗に向いてしまった。

『謝っておけ』と必死にアイコンタクトする俺を無視して、早苗はあわあわと挙動不審になりながらも部長を見据えた。


「先輩も反省してますから。そ、そんなことより、部品の発注したほうがいいんじゃないですか?」

「そ、そんなことぉ!? 俺が二階堂のために言ってる言葉をかぁ!?」

「え、そうなんですか。す、すっきりするために叱ってるんだとばかり」


 あ、やばい。

 見る見るうちに部長の顔が真っ赤になっていく。

 それはきっとこのオフィスで部長以外のみんなが思っていることだろう。

 でも、ますます説教が長くなるからそんなことは絶対に言わない。

 さすがは空気が読めない早苗だ。


「お、お俺が! お前らを! ために!」


 そうとう頭に来たらしく語彙(ごい)が少なくなってきた。汗をかきながら必死に頭をかきむしる。

 ……微妙に髪の毛と頭がずれてる。

 ダンシングするカツラを見ながら、その場にいた全員が声を必死に押さえる。

 それをじっと見つめる早苗。頼むから余計事は言うなよ。


「部長。……頭ズれてますよ」


 一瞬で空気が凍った。恐ろしいほどの静寂の中で部長だけがブルブルと震えていた。あ、やばいと思ったときには部長の怒りが頂点に達していた。


「このぉ!」


 拳を握りしめて振り上げた部長に、早苗を怯えたように身を竦めた。


「すみません!」


 咄嗟に割り込んだ俺は早苗の代わりに顔を思いっきり殴られた。視界が揺れて、鼻から熱いものがこみあげてくる。まさに手加減なしのクリティカルヒットだ。

 いってぇえええええええ!

 しばらく床で蹲って悶絶(もんぜつ)していると、


「せ、先輩!?」


 オフィスに響くくらい大きな声を上げた早苗が慌てて寄ってきた。半分泣いている早苗を心配させたくなくて、『大丈夫だ』というように手で制して立ち上がった。


「大げさなんだよ」


 ばつが悪そうに舌打ちしながらそっぽを向いた部長。おそらく自分でもちょっとやりすぎたかもと罪悪感があるのだろう。

 男の俺だから鼻血で済んだけど、女性ならもっと酷い怪我をしてもおかしくない威力だ。


「部長、確かに早苗は言いすぎでしたけど、暴力は駄目ですよ。早苗に当たってたら怪我してましたよ」


 普段なら部下の俺の言葉なんて聞かない部長だが、罪悪感が残っている今なら少しは反省してくれるかも。

 一種の賭けだが、暴力に味をしめて日常的になったら警察沙汰になるのも時間の問題だ。

 そうなったら仕事どころじゃないし、部署だって解体されてクビになるかもしれない。他の仕事のあてもなく、金もない俺にとっては大きな痛手だ。


「はぁ? んなわけあるか! ちゃんと手加減しただろ! 大げさなんだよ! おい、何見てんだよ! お前ら! とっとと仕事しろ!」


 傍若無人な部長とはいえ、部下の目は気になるらしく、周囲をちらちらと気にしながら怒鳴りつけてきた。


「でも、部長!」


 なおも言葉を続けようとする俺に対して部長は忌々しそうに睨みつけてきた。


「うるさい! 生意気なこと言うな! そもそもなぁ! 鼻血なんて気合で止められるだろ! 早く仕事に戻れ! 馬鹿が!」


 そう言って立ち去ろうとした部長だったが、思い直したように振り返った。


「あと今日は残業しておけよ。お前のミスなんだから当然だろ!」


 反省を促そうとした俺が馬鹿だった。


 部長の機嫌が悪かったせいで起きた不幸の一幕。

 それだけで話は終わった。

 そう思っていた。




「面白い!」



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