23話
玄関まで早苗とハレルヤを見送る。満足そうな早苗とは対称的にハレルヤの表情は刺々しい。
「先輩、今日はありがとうございました。また来ますね」
「……別に来なくていいんだけど」
「また来ます」
最後までハレルヤは俺を睨んだままだった。……二度と来ないで欲しい。マジで。
「……二階堂さん、でしたよね? ぜってー忘れないから!」
「本性出てるぞ」
「!」
余計な一言だったらしく、睨む視線が一層強くなった。
「今の言葉は忘れてくれ」
俺の願いとは裏腹に『秘密を知られたからには放っておけない』と言わんばかりの台詞に辟易しながら二人を見送った。
余計な恨みを買ってしまったようだ。ハレルヤがここまで気が強いとは思わなかった。これじゃあ、厄介ごとが増えただけじゃないか。
「面白かったね~」
「久しぶりに身体動かしました」
「久しぶりに血行が良くなりました」
霊に血行は関係ないだろ。
「あ、私も晩御飯の支度があるから帰るね~。今日は面白かった~。あぐりちゃん、また今度ね」
「また来てください」
「「またね」」
ハレルヤへの態度とは真逆の反応に吉田さんは苦笑いを浮かべながら手を振った。
さてと。
改めて二人きりになると、俺はあぐりに向き直った。
「ごめん、あぐり。内緒にしてて。余計な心配をかけたくなかったから俺だけで対処するつもりだったんだ」
今になって思えばこの判断は間違いだった。今回はたまたまインチキ霊能力者だから良かったが、本物の霊能力者だったら、あぐりは無事ではなかっただろう。
「ちゃんと相談すればよかった」
頭を下げる俺を見て、あぐりはぬいぐるみと相談を始める。「どうする?」「どうしよっか?」という言葉が聞こえてきた。
どうやら、許してやるか考えているようだ。
ここまで怒るなんて思わなかった。顔色が青くなるのを感じた。
「本当にごめん。許してもらえないかもしれないけど――」
「勘違いしてます」
「誤解しています」
俺の言葉を遮って、あぐりが首を傾げた。
「怒ってません」
「気にしてません」
「いや、でも」
「どうしたらいいのかわからなかっただけです」
「どうすればいいかわからなかっただけです」
「え、そうなのか?」
あぐりの顔を見ると、本当に気にしていないらしくキョトンとした顔をしていた。
「危険な目にあうところだったのに責めないのか?」
「「責めません」」
即答だった。おそらくは俺になら何をされてもいいと思っているのだろう。俺自身としては信頼されていて嬉しい限りだが、自分の身を守ってほしいという気持ちもある。
虐待されていた子は意志薄弱になりやすいと聞くが、あぐり自身も俺に依存することで思考停止に近い状態なのかもしれない。
あぐりの危うさを感じてしまい、何も言えずにいると。
「それに守ってくれたので」
「あの人に家族だと言ってくれたので」
「ハレルヤとの会話を聞いてたのか!?」
「聞いてませんが」
「聞いてましたが」
どっちだよ。まぁ、ぬいぐるみのほうが聞いていてあぐりに教えたということを言いたいのだろうが。
「とにかく、ハレルヤはもう来ないだろうから安心していいぞ」
「来ても大丈夫かも?」
「来ても怖くないかも?」
「インチキの霊能力者だったけど、それでもバレたら大変だろ?」
「きっと強いので大丈夫です」
「きっと負けないので大丈夫です」
ぬいぐるみと顔を合わせるあぐり。
「ね」
「ね」
『きっと強いので』という言い回しは妙だったが、あぐりにしては珍しく自信満々だ。霊能力者に負けないぐらい強いのか?
それだけ強いというのに、あぐりからはその強さを感じない。
謙虚だからというだけでは説明がつかない。
普通、何か一つでも取り柄があると思っている子供は強い自信があり、態度に現れる。
……あぐり自身にそれは感じられない。
まるで守ってくれる絶対に信頼できる相手を感じているようだ。
まさか――俺のこと?
だとしたら、信頼に応えられる相手にならないと。
「――そうだな。絶対に守るから!」
決意を新たに拳を握ると、あぐりが不思議そうな顔で見ていた。
こうして、一連の事態は過ぎて、ハレルヤとは二度と会わない――かに思われた。
※※※※※※
「というわけでまた来ました。先輩、今日もよろしくお願いします」
数日後、アポなしで早苗がやってきた。その背中にはスマホを俺たちに向けているハレルヤも見えた。
「リスナーの皆さん、こんにちは。あの呪いのマンションに二回目の除霊を行いに来ました」
俺が絶句してい間に撮影が続いていた。
「いや、なんで来たの? 除霊終わったんだろ?」
ようやく我を取り戻した俺は半眼で呟いた。言外に『帰れよ』という響きを滲ませる。
だが、人生経験が浅い早苗は気づいていないようで、興奮したように言葉を弾ませながらはっきりと言った。
「もちろん、まだ除霊が終わっていないからですよ」
「これで除霊が終わりだと言いましたか? こういうのは何度か手順を踏んでから除霊するものです」
常識だろと言わんばかりの早苗の言葉に、ハレルヤが割り込んだ。
「あんなインチキ除霊に手順も何もないだろ」
脅しにも似た台詞をハレルヤの耳元で囁くが、ハレルヤは小悪魔めいた笑みで対応した。
「……よく考えたら霊媒師でもないあなたがなんでインチキだと決めつけんのさ? 根拠でもあんの?」
「いや、それは」
あぐりが成仏しないからなんてこと言えない。
「ご安心ください。とりあえず、あぐりちゃんを助手にすることは今はやめておきます」
今はってなんだよ。
いずれはあぐりのことに気づいてしまう可能性だってある。
インチキ霊媒師だとわかった今ならば、力ずくでも追い出せる。
覚悟を決めたそのとき。
「手ぶらなのは失礼だと思いましたので、こちらを」
そう言って俺に紙袋を手渡した。香ばしい香りが鼻をついたせいで、昼飯を食べたばかりだというのにもうお腹がすいてきた。
「ちなみに私は手ぶらです。先輩と私の仲なんでいいですよね?」
あくまでも会社の先輩と後輩の立場なんだけど。
「ハンバーグですか?」
「ハンバーグですね?」
匂いにつられてあぐりが顔を出した。駄目だ! と思ったときにはすでに遅く、ハレルヤは目的のものを見つけたといわんばかりにあぐりに近寄った。
「プレゼント。吉田さんから聞いたけどハンバーグが好きなんでしょ?」
い、何時の間に吉田さんと交流が出来てたんだ?
「好きです」
「大好きです」
「あげるから友達にならない?」
「いや! それは!」
慌てて止めようと声を上げたが。
「助手じゃなくて友達ならいいんですよね?」
駄目だ! と言おうとしたが。『友達が欲しい』というあぐりの本心を思い出した。
いや、でも、よりによって霊媒師?
迷っていると。
「かまわないかも?」
「友達かも?」
「じゃあ、よろしく」
固く握手を結ぶあぐりとハレルヤ。……遅かったぁ。
でも、友達ならたとえ霊だとわかっても除霊なんてことはしないかも。
「友達が出来てよかったですね」
「ほんとにそうかぁ?」
のほほんとした早苗の台詞に俺は呆れて答えた。
「では、早速除霊の舞をリスナーの皆に」
「いやいやいや! うちの子になにさせようとしてんだよ!」
「うちの子って言いましたか?」
「家の子って言いましたか?」
どこか喜んでいるようなあぐりの声。そこに反応するなよ。
「落ち着いてください。友達なら普通のことですよ」
「だそうですが?」
「だそうですね?」
早速、悪い影響受けてるじゃん。
「お前、あぐりの友達やめろ!」
悲痛な魂の叫びにハレルヤは満足したようににやりと笑った。
こいつ、俺がインチキだとばらした腹いせに友達になったんじゃないか?
あぐりに友達が出来た日。新しい世界が広がった日。……俺が心の底から叫んだ日。
「面白い!」
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