21話
「この部屋にいる悪霊――おそらくは男性ですね。私には見えます。彼が苦しんでいる姿が」
その答えを聞いて、ちらりとあぐりに視線を向けると、不思議そうな顔でハレルヤを見つめていた。まるで見当違いだといわんばかりだ。
これで確信できた。
俺はほっと胸を撫で下して、落ち着いた様子で頷いた。
「よくわかりました。それなら早くお願いします」
「おぉ、先輩もようやくハレルヤ様の除霊を受け入れてくれたんですね」
「ああ、まぁな」
俺の言葉を聞いて、ぱぁーっと早苗の顔が明るくなった。
「数珠とかいります? い、今ならハレルヤ様のサイン入りの数珠貸しますけど」
「欲しい場合は一つ五万です。今なら特別にここで書いてあげますが?」
めちゃくちゃぼったくり価格だ。
「いや、それは今度でいいんで」
「そうですか。残念です」
めちゃくちゃ悲しそうにハレルヤは面を伏せた。その顔を、冷めた目で見つめる。
「それでは除霊を始めます」
数珠を持ち、勇ましい顔つきで部屋の隅に向かうハレルヤ。気のせいか、出来る霊媒師だと言わんばかりのオーラを出していた。
「楽しみです」
「面白そうです」
……肝心のあぐりには効いていないようだが。というか、霊が除霊を楽しみに見るなよ。
「エロイムエッサイム。エロイムエッサイム」
数珠を片手に練り歩くハレルヤ。傍から見ていると立派な霊媒師の風格がある。――だが。
「あの呪文、黒魔術じゃなかったっけ?」
「霊関係のことは色々と取り入れているそうです!」
俺の問いに、早苗は自信満々で答えた。……むしろ、呪文で霊を呼び寄せそうなんだけど。
ちらりとあぐりを見ると、心なしか目を輝かせてみていた。お芝居を見ている感覚なのだろう。どう見ても効いているようには見えない。
つまり、ハレルヤは――霊が見えていないということだ。
だからこそ、あぐりを見ても無反応だったのだ。
最初は何か目的があるのかと警戒していた。
だが、男性の霊を祓うと言ったとき、疑惑は確信に変わった。ここにいる霊は虐待で死んだ女の子のあぐりだけだ。
男性なんかじゃない。
インチキだとわかってしまったら、あとは適当にお祓いをして穏便に帰ってもらえばいい。
それに、ここを除霊済みと勘違いできたなら他の霊媒師はもう来ないかもしれない。
「はぁぁ~」
両手を高く上げて鳥のように羽ばたいたふりをするハレルヤ。あれで何が祓えるんだ?
「変わった除霊ね~」
「踊りは霊界とつながりが深いですから。古くは巫女が神を降ろすために霊界に舞を奉納したといわれています。あのブートキャンプっぽいやつもその一種です」
「舞をブートキャンプ呼ばわりすんな」
ハレルヤは踊りながらもスマホを気にしていた。どうやら視聴者数を稼ぐことが目的らしい。
「あれで視聴者増えるのか?」
「今は女子高生が踊るだけではありふれています。しかし、霊媒師が踊ることによって特殊な需要を生み出しているんです! これぞ! スパチャの舞!」
どう考えても生み出さないと思うが。しかし、霊媒師に詳しくない吉田さんは感心したように頷いていた。
「面白いポーズです」
「楽しいポーズです」
「あぐりさんも一緒にやりますか?」
霊を除霊の手伝いに誘うなよ。
「そういうのって一緒にやっていいのか?」
「構いません。ようするに気持ちが重要なんです」
と言いつつ、スマホを見てる。気持ちじゃなくて視聴者数だろ。
女の子一人が踊るよりも女の子二人で躍ったほうが人気は出ると思ったんだろうな。
ハレルヤに誘われたあぐりはちらりと俺を見た。
「……いいよ。やってきな」
「……でも」
「……だけど」
興味はある。だが、一歩踏み出せないのだろう。できれば、俺がいなくても一歩踏み出して欲しいんだが。
……いや、それは焦りすぎか。
なら、家族としてやるべきことは一つだ。
「それなら俺もやるからさ」
あぐりの手を取り、一緒に踊りだす。正直、かなり恥ずかしいが、内心で押し隠して引きつった笑いでダンスを続けた。
無作法で、リズムもなくて、ドタバタしたダンス。
「踊るのは初めてです」
「踊りたいと思ったこともありませんでした」
「はぁ、はぁ……。そ、それで?」
体力不足のため、息切れしながらもあぐりの様子をうかがった。疲れた様子はなく、息切れ一つない。さすがは幽霊だ。
「「よくわかりません」」
即答かよ。もしかすると、俺はただ恥をかいただけ?
「ですが、胸が熱い気がします」
「ですが、頬がぽかぽかしてる気がします」
無表情だったが、俺にとっては最高の笑みにも等しい言葉をもらった。
「……わ、私たちはどうしますか?」
「うーん、さすがに人前で踊るのはちょっと~」
「で、ですよね」
なんだかよくわからない舞は五分ほど続いた。
「はぁ~!」
五分ほど変な呪文を唱えたハレルヤは掛け声を一つ上げると、途端に静かに両手を合わせた。
「これでひと段落つきました」
顔を上げて、俺たちを見つめるハレルヤ。……よく見ると、俺たちじゃなくてスマホに視線を向けていた。あくまでも俺のためじゃなくて、観客に向けたパフォーマンスなのだろう。
「除霊って初めて見ましたが、お芝居みたいなんですね~」
「そ、それも視聴者が多い理由の一つなんですよ。他の霊媒師の除霊って見せてくれないことが多いので」
めっちゃ早口な早苗の説明に、吉田さんは『そうなんだ~』と興味があるのかないのかわからない相槌を打つ。
普通、除霊なんて恐怖体験そのもので恐怖に恐れても仕方ないのだが、心霊現象が出ていないせいで女性陣は変わった出し物を見たくらいしか思っていないようだ。のんびりとした雰囲気で世間話に興じていた。
「じゃあ、これで除霊完了だな。ありがとう。お陰で助かったよ」
こんなに心がこもっていない感謝をしたのは初めてだ。演技だと思われないか心配したが、ハレルヤは俺よりも配信が気になるようだ。真剣な表情でスマホを覗き込んでいた。
「視聴者……一万!? すごい。最高記録だ。スパチャは……さ、最高記録更新!? なんで? ……『出てくる女の子がかわいい』『ダンスいいね』『アーボックに巻き付かれているハレルヤ様が見たい』『次は便器に入っているハレルヤ様でお願いします』」
ぶつぶつと何か喋っている。……霊との交信のように見えて、ちょっと怖い。
「それじゃあ、解散ということで――」
俺はさっさと話を切り上げようとしたが。
「ちょっと待ってください」
ハレルヤに止められてしまった。嫌な予感に内心『勘弁してくれ』と呟いた。だが、無視するわけにもいかない。観念して振り返ると、ハレルヤがやや興奮したように詰め寄ってきた。
「まだ何か?」
心底嫌々ながらも問いかけた。
「二人だけでお話があります」
「? 俺は特にありませんけど」
これ以上、話していてボロが出るのもまずい。ハレルヤとの付き合いはこれだけにしておきたい。
「あなたにとっても悪い話ではないと思います」
「と、言うと?」
「面白い!」
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