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17話


「というわけで、明日はちょっと出かけておいてくれないか?」


 仕事を終えて帰宅した直後、玄関で待っていたあぐりに向かって早速説明した。しかし、あぐりは全く動じた様子がない。

 むしろ、それが何かと言わんばかりの落ち着きっぷりだ。


「ひそひそ」

「ひそひそ」


 あぐりがイマジナリーフレンドと相談する。微かに『霊能力者』『追い払う?』みたいな物騒な言葉が耳に入ってきた。


「いやいや、追い払うなんて真似しなくてもあぐりがその場にいなければいいだけだろ」

「でも、霊がいないとわかればまた来るのでは?」

「でも、霊がいないとわかれば探すのでは?」

「だけど、追い払うなんて危ないことしなくてもいいだろ。危険なことは極力避けるべきだ」

「でも、何度か追い払ったことがありますが?」

「でも、何度か逃がしたことがありますが?」


 ……なるほど。一度追い払った自信からの発言と言うことか。そういえば、一応は一般人の早苗ですらうちのマンションのこと知ってたもんな。霊能力者は当然知っているということか。

 だが、逆に考えれば、マンションのことを知っていても尚、依頼を受けたということだ。

 つまり、相当の自信があるか、もしくは――。


「とにかく万一のこともある。一度部屋から逃げておいてくれないか?」

「「わかりました」」


 俺が心配していることが伝わったらしく、あぐりは素直に頷いた。ほっと胸を撫で下しながら俺はあぐりの頭を撫でた。


「ありがとう」

「いいえ」

「お兄ちゃんに従います」

「今日の晩御飯は?」

「ハンバーグです」

「煮込みハンバーグです」

「ああ、うん……」


 これで十日連続だ。

 プレゼントのハンバーグのこと以来、毎日がハンバーグ日和だ。

 昨日は和風ハンバーグだったから、少しずつ種類を変えているとはいえ、さすがに飽きてきた。

 でも、あぐりが喜んでいるところに水をさしたくない。

 不満を心の奥に隠して食卓についた。


「いただきます」

「どうぞ」

「召し上がってください」

「……うん、相変わらず美味しいな」

「むふん」

「えへん」


 俺の素直な賞賛に、あぐりは胸を張った。……無表情のまま。

 言葉で感情を表すことが多くなったとはいえ、まだまだ表情に出さないことのほうが多い。

 喜んではいるのだが、感情の揺れ幅が小さいのだろう。

 もっと色々と経験させて喜ばせてやればきっと普通の女の子みたいになると思う。

 早く普通に笑ったあぐりが見て見たい。


「何かしたいことってあるか?」

「思いつきません」

「特にありません」

「欲しい物でもいいんだけど」

「お兄ちゃんがいるので」

「友達が欲しいです」


 あぐりが驚いた表情でぬいぐるみを見つめた。

 意見の相違は珍しいが、おそらくあぐりの本心なのだろう。

 『友達』が欲しいのか。……俺は『家族』だからなぁ。吉田さんもどちらかといえば『教師』のような立ち位置だ。


「さっきのは嘘です」


 ぬいぐるみの口元を押さえてあぐりが否定した。表情は変わっていないが、恥ずかしがっているのだろう。……多分。

なんにせよ、本人が否定している以上、話を広げないほうがいいか。


「わかったわかった。……あ、そうだ。今度遊園地にでも行こうか」


 話題を変えるため提案すると、あぐりとぬいぐるみが顔を合わせて目をぱちくりさせた。


「遊園地?」

「遊園地だって」


 どうやらいまいちわかっていないようで反応が薄い。喜びというよりも戸惑いのほうが強いようだ。


「行ったことないなら一度は行ってみようか。いろんなアトラクションがあるんだよ」

「ネットで見たことがありますが」

「乗り物に乗って高いところから落ちるんですよね?」

「まぁ、そういうアトラクションもあるな」

「たまにマンションの屋上から飛び降りますが?」

「それと同じでは?」


 幽霊だから無事なんだろうけど想像するだけで心臓がきゅっと縮まりそうだ。


「それ俺がいる前では禁止な。……というか、なんでそんな危ないことしてんだよ」

「下に降りるときそちらのほうが早いから?」

「RTAだから?」

「そういうあぐりしかできないRTAはむしろチートだろ」


 何気ない会話を繰り返しながらも時間は過ぎていく。

 これが俺とあぐりのいつもの日常だった。

 共に食卓を囲むという行為。変わらない日々のちょっとした変化。

 それらがあぐりにとっては新鮮だったらしく、ときおり嬉しそうに目を細めていることに気づく。

 あぐりのそんな表情を見るのが好きでもっと喜ばせたいと思ってしまう。

 だから――。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

「ちょっと待った」


 食べ終わったあぐりを止めて、冷蔵庫からプリンを二つ取り出した。コンビニで買ってきたちょっと高めのプリンだ。


「食後のデザートだ」

「今日は何かの記念日でしたか?」

「今日は生誕祭でしたか?」

「いや、そういうわけじゃないけど。でも、たまにはいいだろ? それとも食べたくないか?」


 そう聞くとあぐりはすぐさま首を横に振った。


「食べたくないわけありません」

「食べたくて仕方ありません」

「じゃあ、いいじゃないか」

「あなたが仏ですか?」

「生まれ変わりですか?」

「いや、普通の人だから」

「なむなむ」

「アーメン」


 まさか幽霊に祈られるとは思わなかった。普通立場逆だよな。


「いいから、ほら食べろよ」


 少し気恥ずかしくなった俺はちょっとぶっきらぼうにスプーンを渡す。


「はい」

「いただきます」


 プリンを一口。プリン好きなら最上級の笑顔が出る逸品のはずだが。


「美味しいね」

「美味しいね」


 だが、あぐりは無表情のままだった。いや、少しだけ唇の端が上がっている。

 相変わらずほんのわずかな笑み。

 他の人から見れば笑っているかどうかすらわからない。

 でも、あぐりにとっては最上級の笑顔だった。

 そう、これが見たかったんだ。

 この前見てから俺はこの笑みに夢中だった。

 俺が黙って見ていると。


「……」


 プリンを食べるあぐりの手が止まった。そして、顔を上げて見つめ返してきた。


「え、どうしたんだ?」

「見られると恥ずかしい?」

「見られると食べにくい?」

「ああ、そっか。悪かった」

「お兄ちゃんも食べてください?」

「お兄ちゃんも召し上がれ?」


 あぐりに促されて、俺もプリンを食べる。……うん、キャラメルが程よく絡んで普通のやつより味が濃い。


「うん、美味しいな」

「ね?」

「ね?」


 二人で再びプリンを食べる。なんとも穏やかな時間。仕事の疲れが吹き飛ぶようだった。

 やっぱり絶対に守りたい日常だ。改めて強く認識した。

 だからこそ、霊能力者にだけはあぐりを会わせられない。

 万が一、あぐりを祓ってしまったら、二度とあぐりと日常を過ごすことはできなくなる。

 ……いずれはあぐりも行くべきところに還るのかもしれない。

 でも、それは今ではない。





「面白い!」



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