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15話


 早苗との会話には一部納得できるものがあった。

 あぐりはまだ愛情が実感できないということ。

 おそらくは虐待されていたせいだろう。

 それなら解決は簡単だ。


 ――俺の手には買ったばかりのプレゼントが握られていた。今までの感謝を込めて。

 これなら、あぐりもきっと喜んでくれるだろう。

 あぐりの喜ぶ顔が見たくて自宅に向かう足が速くなる。


「ただいま」


 サプライズプレゼントをしたい俺は平静を装いながらも声をかけた。だが。


「あれ?」


 いつまでたっても返答がない。いないのか? でも、なんか良い匂いがするんだよな。

 最近嗅いだような。すごく腹が減るような。

 (いぶか)しげになりながらもリビングに向かう。

 ドアを開けた瞬間。


「おかえり」

「なさい」


 クラッカーの音が鳴り響いた。


「え、え?」


 戸惑う俺に、あぐりは無表情で首を傾げた。傍から見た俺はとんでもない間抜け面をさらしているだろう。


「サプライズ成功?」

「どっきりですが?」

「びっくりした。サプライズなら大成功だけど……」


 まさか自分がやろうとしていたサプライズを先にやられてしまうなんて。

 満足そうに『むふん』と胸を張った後、俺の手を引いて椅子に座らせた。


「では、こちらをどうぞ」

「では、とっておきをどうぞ」


 テーブルの上には美味しそうなハンバーグ。……少し形が崩れている。明らかに冷凍食品じゃない。


「これってまさか」

「手作りです」

「頑張りました」

「え、でも、簡単なものしか作れないって……」

「勉強しました」

「料理教室しました」


 その言葉で隣の吉田さんが思い浮かんだ。

 そうか。あの人と料理していたのか。あぐりはあの人しか知らないというもあるが、人妻って料理できそうだもんな。勝手なイメージだけど。


「でも、どうしていきなり? あ、いや、嬉しいんだけどさ。なんか急だなって」


 そう聞くとあぐりはじっと俺の顔を見つめてきた。黒い瞳は時折、俺の内心を探っているようにも見えた。


「嬉しかったからです」

「本当に感謝しているので」

「え、何が?」

「ハンバーグを食べさせてくれたこと」

「優しくしてくれたこと」

「いや、それは家族だから当然のことだろ?」

「でも、感謝しています」

「でも、伝えたかったです」

「ありがとう」

「ありがとう」


 あぐり一人だけの感謝の気持ちのはずだ。でも、何故か二人分の感謝のように聞こえた。ぬいぐるみも感謝してるとか? ……いや、ありえないけど。


「本当は昨日食べさせたかったです」

「本当は昨日喜んで欲しかったです」

「上手くいかなかったのか?」

「……」


 珍しく無言で押し黙る。背中にどんよりとした黒いオーラが見えた。どうやら、かなり根に持っているようだ。

 昨日から様子がおかしかったのはそれが原因だったのか。

 よかった。俺が嫌いというわけじゃなかったみたいだ。

 早苗のやつ、何が愛情不足だよ。全然違うじゃないか。

 ……待てよ。それなら俺は何のためにこのプレゼントを買ったんだ。


「さぁ召し上がってください」

「さぁおかわりもあります」


 あぐりが椅子を引いて座るように(うなが)す。早く食べて欲しくてたまらないようで、あぐりの瞳がきらきらと輝いていた。


「あ、ああ」


 あぐりに気づかれないよう背中にプレゼントを隠しながら着席した。


「どうぞ」

「食べてください」

「あ、ありがとう」


 しまった。プレゼントのせいで両手は塞がっているから箸が持てない。こうなったら――。


「悪い。あぐり。ビール持ってきてくれ」

「わかりました」

「グラスも持ってきます」


 あぐりは珍しくぬいぐるみを置いて、席を立つ。

 目の前のぬいぐるみはじっと俺を見つめているようだった。

 ま、ぬいぐるみならいいか。

 プレゼントを手にしながら、俺は部屋の隅にある雑誌の下に隠した。あまり大きいものではなかったことが幸いだった。

 これならあぐりも気づかないだろう。

 隙を見つけて処分しておこう。

 ……生ものだから少しもったいない気もするが。


「おまたせしました」


 右手にビール、左手にグラスを持ってあぐりがやってきた。ああ、両手を使ってたからぬいぐるみを置いたのか。


「サイコキネシス? みたいなやつを使って持ってこなかったのか?」

「この程度、使うほどでもないので」

「この程度、私だけでもできるので」


 ぬいぐるみと合流したあぐりはぬいぐるみに顔を近づける。「……うん、うん」という小声が聞こえてきた。

 こころなしかぬいるぐみが睨んでいるようだった。

 まるで本当に会話しているようだ。そんなわけ――。


「お兄ちゃんからも」

「プレゼントあるのですか?」

「は!?」


 なんでそれを!?

 いや、待て。単にあてずっぽうの可能性がある。


「なんのことだ?」


 とぼけようとしたが。


「雑誌の下にありますよね?」

「なんで隠したんですか?」


 ずばりと言い当ててきた。どんな能力かわからないが、確信しているようだ。あぐりの力なのか、それとも幽霊の力なのか。

 わからないが、あぐりを甘く見ていたようだ。


「それは……」


 仕方ない。ここは観念するしかないか。


「実は俺もプレゼントを買ったんだけど」


 雑誌の下からプレゼントを取り出す。


「嬉しいですけど」

「どうしてですか?」


 急なプレゼントに嬉しいというより困惑しているようだった。あぐりからすれば貰う理由がないということだろう。


「その……最近様子がおかしかっただろ? 俺が何かしたかなって思ってさ」


 照れ隠しに頭を掻きながら言うと、あぐりはぬいぐるみと顔を合わせてこそこそと内緒話をする。

 『優しいね』『ね』という言葉がかろうじて聞こえてきた。ちょっと照れ臭い。


 気恥ずかしさから視線をそらしていると。


「ぎゅー」

「ぎゅーです」


 あぐりが俺に抱きついてきた。驚きのあまり硬直してしまった。幽霊だとしても人の温もりみたいなものを感じた。


「え、え、どうしたんだ?」

「嬉しいので」

「ありがとうが一杯だったので」

「言葉でもいいんじゃない?」

「すごく嬉しかったので」

「すごく抱きつきたかったので」


 感情が高ぶりすぎて抱きついてしまったようだ。よく見れば、あぐりの頬が赤く染まっていた。


「たとえ、お兄ちゃんが何かしたとしても」

「嫌いにはなりません」

「え、マジで?」

「マジです」

「本気です」


 あぐりのはにかむような笑み。笑顔がなれていないため、少しぎこちないところもある。

 100点満点中40点くらいの笑顔。

 だが、不意打ちだったため効果は抜群だった。


「ぐっは!」


 吐血しそうになるくらい俺の心に直撃した笑顔という弾丸を必死に耐える。もしも、将来があったなら男を狂わせる女性に成長しただろう。


「それで?」

「どうして隠したんですか?」


 本来なら隠さなくてもいい。プレゼントは何個あっても困ることはないのだから。

 だが、困る場合もある。それは――。


「実はさ」


 プレゼントの箱を開ける。


「これってハンバーグですね」

「これってファミレスのですね」


それは弁当箱に入ったハンバーグだった。あぐりが嬉しそうだったから買ってきたのだが。


「プレゼントが被ったから渡しにくかったんだ」


 同じプレゼントほど気まずいものはない。どっちを先に食べるんだってことになるし、味を比べてしまうことにもなる。


「……」


 思った通り、あぐりは沈黙してしまった。


「わ、悪い。冷蔵庫にしまっておくから。明日の俺の弁当にでもするよ」

「不思議です」

「隠すことありません」

「いや、でも」

「ハンバーグは何個あってもいいです」

「ハンバーグは何個あっても食べられます」


 あぐりが呆気なく言い放った言葉は、俺の胸に突き刺さった。


「むしろ、食べ比べできます」

「むしろ、嬉しさが二倍です」


 どうやら考えすぎたようだ。純粋なあぐりならハンバーグが何個あっても喜ぶことを想像すべきだった。


「ぷ、くくくく」


 ほっとしたせいで笑いが込み上げてきた。それをあぐりはきょとんとした目で見つめていた。


「なんで笑うのですか?」

「何かおかしいですか?」


 なんとか笑いを抑えて息をつく。そして、あぐりに向かって微笑みかけた。


「いや、元気出して欲しいからお互いにハンバーグをプレゼントにするなんて。……考えることは一緒だなって思ってさ」

「それもそうですね」

「それも面白いですね」


 あぐりも僅かに笑みを作った。共に笑った日。笑顔が増えてきた日。

 そんな日がいつまでも続きますように。




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