14話
「というわけなんだ」
「なるほど。最近、霊が冷たいと」
喫茶店に早苗を呼び出した俺は早速あぐりのことを相談していた。
霊に詳しい人物は彼女しかいなかったからだ。
「ああ、何か隠しているみたいなんだ。今までこんなことなかったからさ。俺のこと嫌いになったりしたのかな」
ため息を吐きながら、コーヒーに口をつける。
アンニュイな気分のせいでいつもよりも苦く感じた。
「休日に呼び出してなにかと思えば……。まだ除霊してなかったんですね」
「ああ、除霊するほどの霊じゃないんだよ」
「いやいや、思いっきり気が淀んでますよ。この塩を見てください」
早苗が手に持った塩を近づけると、
「黒くなった!?」
「盛り塩は邪を払う効果があるんです。それが一瞬で黒くなるんですよ。本気でやばいです」
そうは言っても実害がないからなぁ。
「そんなことより霊が態度を変える原因とか知らないか?」
何を言っても聞く気がない俺の態度に、早苗は不承不承といった感じで肩を落とす。
「そんなことって……。もういいです。えっと、霊の態度が変わった原因ですよね。はっきりいってわかりません。霊なんて自分たちと違う存在なんですよ。急に態度が変わってもおかしくないじゃないですか」
「それは……」
反論したかったが、言葉に詰まってしまった。俺はあぐりのことは知っているが、幽霊のことは知らなかったからだ。
幽霊のことに詳しい早苗に幽霊とはそういうものだと言われれば反論は出来ない。それでも。
「話ってそれだけですか? 約束通りここの支払いは任せましたからね」
「……でも、あぐりは幽霊でも人なんだ。だから、理由なく態度が変わるようなやつじゃない」
確信を持って言った俺の台詞に、早苗は小さくため息をついた。そして、俺を睨みつけるように見据えた。
「幽霊を人として見るのは危険ですよ」
「もう遅いって。それに悪い幽霊じゃないのは俺が保証する」
「……」
「その目やめろ! 先輩に向ける目じゃないって!」
「……先輩が呪われてる気配は感じますけど精気は元に戻ったみたいなので危険な幽霊ではないというのは信じます」
「他に理由は思い当たらないか?」
「思いつきません」
「そこをなんとか!」
「……ケーキを食べたら思いつくかもしれません」
打ち解けてわかったが、意外と狡猾のようだ。
「わかったよ。好きなの頼んでいいぞ」
「じゃあ、ショートケーキとマンゴーケーキとショコラケーキと……」
「いくつでも頼めとは言ってない!」
「じゃあ、ショートケーキだけで」
店員にショートケーキを頼み、ついでに俺が飲むコーヒーももう一杯頼んだ。
「で、なんか思いついたか?」
「……霊じゃなくて女の子としてならなんとなくわかりますけど」
あぐりが霊だから態度を変えたんじゃなくて、女子だから態度を変えた。
その発想は思いつかなかった。――けど。
「……女子力低そうなのに大丈夫か?」
「霊とか好きなだけで普通の女子なんですけど」
「普通の女子は霊が好きじゃないだろ」
そう言うと、早苗はじろりと俺を睨みつけた。これ以上、機嫌を損ねるとケーキが更に追加されそうだ。
何も文句はないというように黙りこくると早苗は満足したようにケーキを一口食べた。
「ここのケーキ美味しいですね。隠し味にシナモンを使ってますね」
わざとらしい女子力アピール。『そうだな』と適当に相槌をうちながら視線で会話の先を促した。
そのとき、早苗の背後のポスターに『隠し味にカスタードクリームを挟んだ特製ショートケーキ!』と書かれていることに気づいた。
……見なかったことにしよう。
「彼女に足りないもの。ずばり愛情不足です」
「そんな馬鹿な。俺なりに家族として大事にしてきたつもりだ。それだけは自信がある」
「それは先輩の中でそう思っているだけではありませんか? 女の子の気持ちは男にはわからないものですよ」
「そんなものか?」
「はい。女心は悪霊のように変わりやすいですから」
「例えが女の子って感じじゃないけど」
でも、一理あるかもしれない。
以前妹にも『鈍感。もっと女心を理解してよ』って言われたことがある。
正直ショックだった。だが、知らず知らずのうちにあぐりを傷つけていたのかもしれない。
「……何をしてやればいいかな」
「自分が大事にされているって実感が彼女にあればいいわけですから。ずばり『プレゼント』とか『どこかに連れて行く』とかすればいいんじゃないですか?」
「そうはいってもなぁ」
女の子にプレゼントなんかしたことないし。どこかに行きたいというのもあまり言わないからなぁ。
「参考までに聞きたいんだけど、早苗は何かプレゼントしてほしいものとかあるか?」
「新しい数珠があると嬉しいです」
「全然参考にならない。数珠貰って喜ぶような女子がいるかぁ? そもそも霊に数珠って……。早く成仏しろって嫌味だと受け取らないか?」
「そんなこと言われても……私なら嬉しいんですけど」
「……お前は特殊すぎるんだよ」
聞く相手を間違った。……でも、プレゼントというのはいいかもしれない。
あぐりが喜ぶようなものか。
脳裏にはあるものが思い浮かんだ。
「ありがとな。相談にのってくれて」
快くお礼を言ったつもりだが、早苗の表情は暗かった。やがて、顔を上げた表情は真剣そのものだった。
「なんだよ」
怒っているような心配そうな視線に場が緊張に包まれた。
「先輩。最後にもう一度警告します。霊は霊ですよ」
「だから幸せになっちゃいけないのか?」
「それは……」
言葉を続けようとしたが、結局、上手いセリフが出て来なかったらしい。困ったように早苗は視線をさまよわせた。
俺にとってあぐりは霊というより家族だ。
だが、早苗にとっては霊は霊なのだろう。
その辺りの齟齬がある以上、俺と早苗には埋められない溝があった。
それでも、いつかあぐりと出会うことがあるのなら、きっとわかってくれるだろうと一抹の希望があった。




