ロビンの丘
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様々な冒険者が集う宿屋兼酒場である『黒羊亭』。その一角のテーブルに、5人組のパーティーが座っていた。
酒場は、昼間だというのに多数の冒険者が酒を飲み、食事をしておりとても騒がしい。だが、そのパーティーだけは、そこの空間だけ切り取られたかのように静かだった。
それは、パーティーのリーダーである勇者が放った一言が原因だった。
「なぁロビン。今日限りでパーティーを抜けてくれないか?」
ロビンと呼ばれた若きアーチャーは、始めその言葉が理解できず、直前まで談笑していた笑顔でジョッキを一気に呷った。
空になったジョッキをテーブルに置き、俯いて今耳にした言葉を反芻する。
(今、なんて言った? 俺にパーティを抜けろだって?)
テーブルを囲む巨漢の男戦士、柔和な顔立ちの女性クレリック、狐目が印象的な女性ウィザードも、ロビンの言葉を待つように沈黙している。
だが、沈黙を破ったのはロビンではなく勇者だった。
「これは、パーティーの総意なんだ。正直、お前がパーティーにいても役に立っていると思えないんだよ」
ロビンは追撃の様に放たれた勇者のその言葉に耳を疑った。
お前は役立たずだ、そう言われたのだ。
ロビンはパーティーに貢献している事を自負していた。中距離から前衛の2人を援護し、適度にヘイトを買い敵の注意を引き付ける。また、索敵スキルで敵の奇襲を警戒し、逆に油断している敵に対して奇襲を仕掛ける事もあった。それなのに、だ。
「いやいや、ちょっと待ってくれよ。俺が役立たずだって?」
「そう言ったつもりだが、理解出来なかったか?」
「理解していないのはそっちだろう? 俺が敵の注意を引き付けているからお前や戦士が戦い易いんだろうよ」
「ほら、そこなんだよ。俺や戦士は傷を負いながら敵と戦ってるんだ。けど、お前は敵の攻撃が届かない所から大してダメージの無い弓でチクチクやってるだけ。お前が居なくたって戦士が充分注意を引き付けられる。だからお前は不要なんだよ」
「それを言ったらクレリックだってウィザードだって、遠距離でほぼ敵の攻撃をくらってないじゃないか。なんで俺だけそこを言われなきゃならないんだよ」
「お前と2人じゃ価値が違う。クレリックは傷や状態異常を治してくれるし、ウィザードは物理攻撃の効かない敵に対して大ダメージを与えることが出来る。だがお前はどうだ。ちょっと遠くから敵が視認出来るとはいえ、矢に金がかかって仕方ない」
ロビンには特殊なスキルが有った。それは、周囲の敵を探知しその姿がハイライトされて見える能力だった。しかもそれは、建物や木などを透過して見ることが出来た。そのため、建物や岩陰に潜んでいる敵もあらかじめ確認することが出来たのだ。更に、狭い範囲に集中すれば、数キロ先まで探知することも可能だ。
「矢に関しては確かに金がかかるけど、自分の金で買っているし、不要な戦闘を避ける事が出来ていただろう」
「だから、それがたいして必要ないんだよ。モンスターの気配だったら大体俺も分かるし、これから魔王討伐の長旅に出るんだ」
「だったら尚更俺が必要だろう?」
「おいおい、自惚れるのも大概にしろよ? 30年間眠っていた魔王が復活したんだ。そん所そこらのモンスターと訳が違う。そんな中お前の様な足手まといが一緒にいたら邪魔なんだよ」
「だけど、少しでも人数が多い方が――」
「いい加減、諦めたらどうだ?」
今まで沈黙していた男戦士が野太い声で静かに言った。
そして、それに便乗するように女ウィザードが「そうそう。見苦しい男はみじめだねぇ」と肩をすくませ、女クレリックが申し訳なさそうに「な、長旅は、色々と節約しなきゃだから」と続けた。
「――っく」
その仲間たちの言葉を聞き、ロビンは心底落胆した。
勇者と戦士だけならまだしも、ウィザードやクレリックでさえロビンは不要だと思っている事に。
「確かに、お前がいて助かった場面も有ったかも知れない。だが、これからの旅には不要だって事だ。せめてもの情けに多少の金と、先日遺跡で見つけたその役立たずな弓をやるから」
ロビンは、勇者が顎で指した自分の斜め後ろをチラリと見る。太い柱には、1本の大きな弓が立てかけてあった。
その弓は特殊な形をしており、手下部分に突起が付いている。持ったまま弦を引くのが困難なほど重い弓であるため、その突起を地面につけ使用するようだが、屈強な戦士でさえ弦を引くことがかなわなかった。
「何が竜狩りの弓だよ。でかくて重たいだけで、てんで役に立ちやしない。しかも、どこも買い取ってくれないしな。ははっまるでロビン、お前みたいだな」
「じゃあ俺が、この弓を使える様になればいいんだな?」
「いやいや、無理だろ。戦士だって無理だったし、お前すげー非力じゃん」
勇者の指摘通り、ロビンは非力だった。弓を扱うのにもそれなりの筋力が必要だが、勇者や戦士に比べれば、大人と子供ほどの違いがあった。
「しかも体力も無いし。これからの長旅にお前が同行されると迷惑なんだっていい加減わかれよ」
勇者のその言葉に、ロビン以外の3人が頷いている。
体力が無いのは、クレリックやウィザードも一緒じゃないか、という言葉をロビンは飲み込んだ。もはや何を言っても受け入れてもらえないだろう。そう思ったからだ。
「それにあんたって、影が薄いのよね~。戦闘中も見えない所で矢を射ってるし、普段もいつの間にか居なくなって、いきなり現れるし」
「そ、そう。なんか、背後からじっと見られているようで、なんか、気持ち悪い……」
「って事で、お前とはここでお別れだ。まっ、せいぜい頑張れよ」
勇者は小さな布袋をロビンの方へ放り投げた。ジャラッと軽い音を立てて、ロビンの目の前に落ちる。
そして立ち上がると、振り向きもせず酒場から出て行く。それに続くように、戦士とウィザードも酒場を後にした。クレリックだけは酒場を出る瞬間、少し悲し気な表情で一度だけ振り返ったが、特に何か言葉を発することなく酒場を後にした。
1人取り残されたロビンは考える。なぜ自分がパーティーから追放されなければならないのか。確かに戦闘面では遅れを取ることが有ったのは事実だ。しかし、罠や探索で食料を確保したり、野営の準備をしたりと、旅をする上での貢献度は非常に高かったはずだ。
悔しい。
ただ単純にそう思った。
見返してやる。
心のそこからそう思った。
勇者が残していった布袋と竜狩りの弓を掴むと、ロビンは怒りや嫉妬、悔しさや惨めさを噛みしめながら酒場を出て行った。
意気消沈しながら街を歩くロビン。その手には、勇者が残していった布袋が握られている。
「くそっ! 勇者の奴。こんな端金を渡しやがって」
酒場を出る際、勇者達が飲み食いした分を払っていかなかったため、ロビンがその分まで払わなければならなかった。そのため、手元に残ったのは僅かばかりの金だった。
「これじゃ3日も持たない」
何かしら働き口を見つけなければいずれ飢えてしまう。そう思ったロビンは、何かよさそうな仕事が無いか、街を散策していた。
クエストを受けるという手も有ったが、殆どがモンスター退治であり、ロビン1人でこなすことは難しかった。自分の無力さを痛感する。
裏路地に入ると、ロビンはふと気になる店を見つけ足を止めた。
看板を見上げる。
『筋トレジム パンプアップ』
煌びやかな装飾が施された看板は、いかにも怪しげな雰囲気を醸し出していたが、自暴自棄になっていたロビンは吸い寄せられるように、店の扉を開く。
一歩店に入ると、汗と薔薇の匂いが漂って来た。その匂いに思わず袖で鼻を覆う。
「あ~ら、いらっしゃい」
そこにいたのは、禿頭の筋骨隆々な人物だった。上半身は裸で、手には重そうな物を握っていた。
「まぁ! イ・イ・オ・ト・コ」
ロビンが呆気に取られていると、筋骨隆々の人物は重い鉄の塊を地面に置き近づいていく。
「あたしは、キャサリンっていうの。ヨロシク」
キャサリンと名乗った人物は、ジロジロとロビンの身体を舐めまわす様に見ると、おもむろにその身体を触り始めた。
あまりの突然の出来事に、ロビンは固まったまま動けないでいた。
「うんうん、いいわぁ貴方。素質をビンビン感じちゃう」
「え? ちょ……何ですか?」
「あら、ごめんなさいね。つい興奮してしまって」
ようやく我を取り戻したロビンだったが、先ほどまでの鬱憤もあり、文句の一つも言ってやろうと口を開きかけた時、
「貴方ならきっと、勇者を超えらえるわぁ」
その言葉を聞いて、ロビンは口をつぐんだ。
「……どういうことですか?」
「そのままの意味よぉ。この世界で一番強くなってみたくないかしら?」
「それは……」
正直興味がないと言えば嘘になるが、あまりにも胡散臭い話だと思った。しかし、その誘いはあまりにも魅力的だった。
「力が必要なんでしょお? それとも他に理由があるのかしらぁ?」
「……」
ロビンは何も言えなかった。何故分かったのか不思議ではあったが、それよりも強くなることで得られるメリットの方が大きいと判断したのだ。
「強くなりたいです!」
「よく言ったわぁ。そうと決まれば早速トレーニング開始よぉ」
「え? でも、入会金とか必要なんじゃ……?」
表の看板には、入会金や月額などの料金表が書かれていたのをロビンは確認している。
「あら、そこは心配しないでぇ。今ちょうど、入会金無料キャンペーン中なのぉ」
こうして、ロビンの修行が始まった。
キャサリンの指導の元、様々な器具を使って筋力をつける。初めのうちこそ辛かったものの、徐々に筋肉が付いてくるのを感じると、そんなことも忘れて必死になって鍛えた。
3ヶ月が経つ頃には、他の冒険者と比べても見劣りしないほどの肉体を手に入れていた。
そして、ある事に気が付くのである。
「筋肉は裏切らない」
仲間は裏切るが、筋肉は鍛えた分だけそれに答えてくれる。それがたまらなく嬉しく、また気持ちよかった。
(だが、まだ足りない。こんな筋肉では竜狩りの弓を使いこなす事なんて出来ない)
半年を過ぎると、もはや勇者たちの事などどうでも良くなっていた。
半分自棄になって始めた筋トレだったが、快感に目覚めてからは些細な事と過去を笑い飛ばせるようになっていた。
勇者一行は今だ魔王を倒せておらず、相変わらず魔物も出るため世界は平和になっていない。そんな事も、今のロビンにとっては大して重要な事では無くなっていた。
自分の筋肉と語り合う。それが今の1番の幸せだった。
もう、ほんの少しだけ想いを寄せていたクレリックの顔さえ思い出せないでいた。
パーティーを追放されてから2年ほど経つと、手刀で木を切り倒す事ができる様になり、巨大な岩も拳で粉々に出来るまでになった。100キロを超える重い岩も軽々と持ち上げられる。
そして、身体は当時から比べ3倍近く肥大していた。
「よし。これぐらい仕上がれば良いだろう」
竜狩りの弓を手に取り弦を軽く引いてみる。
昔はあまりのかたさにびくともしなかったが、今では問題無く引けるようになっている。
「んじゃ、ちょっと試しに行ってみるか」
ロビンはキャサリンに借りていた部屋を片付けると、旅の支度を始めた。
ジムに住み込み、器具の手入れやキャサリンの身の回りの世話をする代わりに、会費等を免除してもらっていた。
「魔王の城の近くまで、10日ぐらい有れば着くだろう」
道程に必要な食料品や装備を整える。
かつてのロビンであれば、およそひと月はかかったであろう。しかし、筋トレと同時に体力も大分ついた。
更に気配を消せるスキル【しのびあし】を使えば、魔物とのエンカウント回数も減らせる。
それを考えたうえでの10日間だ。
部屋を出ると、キャサリンが何かを察したような顔つきでロビンを待っていた。
「とうとう、いくのね?」
「はい。お世話になりました」
「そう……。あまりしんみりするのは好きじゃないから、お別れは言わないわよ。行ってらっしゃい」
キャサリンはそう言うと、ロビンに背を向け部屋の奥へ引っ込んでしまった。
「行ってきます」
哀愁漂うキャサリンのたくましい背中にそう声をかけると、ロビンはジムを出た。
その後、修行中に世話になった街人に簡単に挨拶を済ませると、魔王城を目指しロビンは出発した。
魔王城から3キロほど離れた丘。
そこにロビンは立っていた。
木枯らしが枯葉を運び、ロビンの髪を揺らす。
探知スキル【千里眼】を発動し、魔王城を観察する。玉座と思しき場所に赤くハイライトされた魔王がおり、その手前に4人ほどの人間のシルエットが見える。
「あれは、勇者達か?」
勇者一行は、魔王と対峙しているがまだ戦闘は始まっていない。しかしそれは、ロビンにとっては好都合だった。
戦闘中で下手に動かれては狙いが定まらず困るからだ。
ロビンは竜狩りの弓を思いきり地面に突きさすと、槍ほどの大きさの矢をつがえた。
そして、力み過ぎず全身に力を入れると、一気に弦を引く。限界まで引き絞ると、弓がギシギシと鈍い音を立てた。
再び【千里眼】を発動し、魔王の位置を確かめると、照準を合わせ矢を放った。
放たれた矢は、空を切り裂くような轟音と共に魔王城へ向け一直線に飛んでいく。
そして、凄まじい速度で魔王城へ到達し、魔王の身体を貫いた。
その際、一緒に勇者を貫いてしまったが、ロビンは気にしなかった。どうせクレリックが復活させるだろう。
ロビンは満足げに「ふぅ」と一息つくと、丘を後にした。
丘に突き立てられた弓は、その後誰も抜くことが出来ず、いつの間にか『ロビンの丘』と名づけられ観光名所となった。
そして、その弓が風化し、朽ち果てるまで、様々な出会いや別れがその丘では生まれた。
だが、その後ロビンの姿を見たものは居なかった。
後にキャサリンはこう語る。
魔王を倒したのは勇者ちゃんだって言われているけど、あたしは違うと思っているわ。玉座の後ろに大きな矢が刺さっていたって言うじゃない? あの矢を放てるのは世界中に1人しかいないもの。それに、凱旋しに来た勇者ちゃんを見たけどまだまだったわ。顔はチョット好みだったけど、あの肉体では魔王は倒せないわ。え? なんでわかるかって? そりゃあ、前に魔王を倒したのはあたしだもの。
カクヨムの短編コンテストに投稿した作品です。