俺が求めているのはコレではない。
部屋に着くまで、出来る限り誰とも遭遇しない、かつ早く到達できるように早足で広い城内を進む。階段を降り、二つ角を曲がり階段を登り、そのまま左手の階段をまた降りる。
叛乱や、他国からの潜入を防ぐため城内は軽く迷路染みているのが普通だ。だから『急がば回れ』の格言のように遠回りをするしか無いのだ。特に人目に付かないように動くとなれば、尚更だ。
なぜ、人目を避けるか? それはね、後ろから必死についてくる二人が可愛いから……だけでは無いんだ。一人がほぼ下着だけで、申し訳程度に残っている、ボロ切れと化した元はドレスだったモノを必死に両手で抱き、涙を流しながら姉に腕を引かれついてきている可哀想な女の子が居るからなんだ。
だれが、こんな酷いことを……はい、俺ですね。ちょっと距離を見誤ってたのと、少し鬼畜ロールプレイが楽しくなってやり過ぎたのは反省している。ホントダヨ?
などと、自身の行いを省みながらジラハルは歩みを進めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
なんとか無事に私室の前へ到着したジラハルは直ぐに扉を開け、二人を中へ押し込み、自身も部屋へと滑り込みながら後ろ手で扉を閉め、ため息をついた。
「さて、二人ともこれから何をするか……わかっているか?」
「…………はい。ですが、殿下その前に出来れば身を清める許可をいただきたいのですが」
震える手を抑え込むように握り、唇をきつく噛み締めたあとアリーシャは続ける。
「初めてですので、せめて出来れば綺麗な身体で——」
「……うん。わかった、良いだろう。ソコの扉の先が浴室になっている、二人とも早足で歩き回って汗をかいているだろうから流してくると良い。使い方は、わかるな?」
「……はい」
未だに震えながら涙を流し続けるニーシャは口を開かず、アリーシャだけが返事をする。
「ニーシャ、返事はどうした?」
「ひっ——も、申し訳ありません。使い方は、わかります」
「良いだろう。二人ともゆっくりと汗を流し、身体を温めておくように」
二人は小さく「はい」と答え浴室の扉の向こうへと入っていったのを確認して、ジラハルは決意を固めて呟く。
「さて、さっさとやるか」
ジラハルは私室を出て、廊下を歩き三つ先の扉をノックした。この部屋は侍女の休憩室兼、仮眠室となっており、一人は必ず常駐しているため、中から直ぐに返事が返ってくる。
「はい、どちら様でございますか?」
「わたしだ。至急、部屋に仕立て屋を呼べ。それと、アリーシャとニーシャの元の部屋の荷物全てを、仕立て屋の持ち込む箱に偽装して部屋へと持ち込ませるようにしろ」
「かしこまりました。至急手配を行います」
転生覚醒後、真っ先にココに配属されている女性をと思い出したが、いかんせん貴族の令嬢や、大商人の子女であり、悪くはないが、少々ぽっちゃりしすぎて今のジラハル自身の好みから外れており、初めてを捨てるのだけに利用するのは嫌だったのだ。
ジラハルは前世含め童貞ではある。が、故にその行為には夢と理想を抱いているのだ。例え『据え膳』であったとしても、その夢と理想からズレていてはとてもそういう気分になれないのであった。
その夢とは、好みの可愛い子としたい。そして、理想はというと、互いに求め合い、認め合った女性と甘々で脳が溶けるほどの恋愛で無くてはならない。つまり、自身でハードルを上げ続けていたのだ。
そして、ゲームのヒロインたる二人と出会い、心に決めたのだ。絶対に惚れさせてやる、と。ゲームのシナリオでは、笑わない彼女達を、絶望に染まらせずになんとかしてみせる、と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私室に戻り、自身で紅茶を淹れ思考の中に沈んでいるジラハルは、紙を紐で束ね綺麗に揃えてカットされているメモと、羽ペンでわかり得ている事を書き出していた。
(たしか、ゲームでは姉妹共にジラハルによって奴隷紋を刻まれ、過酷な二年を過ごしていたはずだ。だが、このまま奴隷紋を刻まずにいられるか、は父の意向にもよる……か。下賜されたとは言え、反抗的な態度や命令に躊躇う様では直ぐに父の耳に入り、こう言われるだろう。『奴隷紋をなぜ刻まぬ』と)
紅茶を一口啜り、ジラハルはメモを書いていく。元王女ルートでの、自身がゲームで死ぬタイミングである。
(まずは、学園入学から半年。これは、ニーシャルートを辿った時。死因は不明、迷宮探索後に街へ戻ると葬儀の最中であった。アリーシャルートでは、入学から二年後にクーデターにより王家の血筋が全て処刑により絶たれる。死因はこれまた不明、と)
そうして、記憶からの書き出しに集中する余り、ジラハルは大切な事を忘れていたのだ。
そう、浴室で身体を清め、温めた二人の存在を。
「——クチュンッ!」
小さな、だが可愛らしいくしゃみの音で、ようやく現実に戻って来て顔を上げたジラハルは「あっ」と一声上げて視界の先でタオルだけを身につけ、震えながら立つ二人の事を忘れていたのを反省した。
「悪い。集中しすぎていた、湯冷めは身体に良くないな。二人とももう一度湯船で温まって来るといい」
そう言い、二人を再度浴室へと押し込み、ため息をつきぼやいた。
「二人の今後やらを考えてるのに、今の状況を忘れていた……」と。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
二人は湯船で温まり、浴室から出るのを待っていると部屋の扉がノックされる。
「誰だ?」
「王家直属、仕立て屋のハギレにございます。殿下のお呼びと聞き、馳せ参じました」
「入れ」
「失礼致します」
「用向きは、おっと丁度出て来たところだな。あの二人に合う侍女服の作成と、普段着を各五着ずつ、それと学園へ通う際に使える制服の様なものを頼みたい。普段着は動きやすいもの、華美ではないが衆目の元恥ずかしくないものを頼む。生地は、肌触りの柔らかなものを頼む」
「かしこまりました。では、採寸の準備をさせていただきます。おい、衝立の準備とお二方の採寸をする様に」
「あと、二人が今すぐ着れるような服と下着も頼む」
「承りました。では、こちらの箱からお選びいただけますか?」
そう言い仕立て屋のハギレは自身で運んできた木箱と、二人の私室から運び出されたであろう箱を俺の前に差し出し、蓋を開こうとしたので、その手を止めさせる。
「わたしが選んでは楽しみが減ると言うものだ。衝立の向こうの二人に選ばせるといい。二人ともわかったか?」
「「はい。かしこまりました」」
少し硬く、暗い声色だが返事をしたので無言で頷き、他の二人の私物をハギレの後ろに控えている案内役の侍女に二人の寝室へと運ばせる。専属侍女として下賜された時には既に王からの命によりベッドや家具が配置されているので、これで問題は無いだろう。あとは、二人の誤解をどう解くか、そこに俺の最短で半年というデッドラインまでの是非が掛かっているのだから。
◇◇◇◇◆◇◆◆◆
採寸も終わり、デザインを話し合った後、仕立て屋が部屋を出て行った時には日が傾く時間になっていた。
今はアリーシャとニーシャ二人ともに、可愛らしいワンピースの服を着ている。これは元々二人が持ち出して来た、今は亡き国の少ない遺産であり、思い出の品らしく、処分されたと思っていた二人の驚きと喜び様は自身でやった事だけに、胸が痛んだ。
「さて、今後の話をしよう。まずは二人ともソファに掛けてくれ」
二人はお互いに見つめ合い、無言で頷きソファへと腰掛けるた。
「二人には、専属侍女として色々とやって貰う」
そう言いながら俺は、先程まで使っていたメモ帳とは違う物に別の言葉を書いていく。
『適当な指示を口でするが、肯定するように。本題はこのメモ帳にてやりとりする。理解したら無言で頷いてくれ』
二人は目を通した後、すこし驚いた顔をして頷いたので筆記を続ける。
『多分、まだ王……父の監視が二人についている。だから、反抗的な言葉は喋らないように。それと、ニーシャ、さっきは悪かったな。あぁでもしないと、本気で君は殺されていただろうから、他に手はなかった』
ニーシャはその文を見て、大きく目を開いていた。可愛いな、そう思いながら全く関係のない話を口にしながら筆記を続ける。口にしていたのは、『夜伽は二人一緒にする事』など、願望も混じっているが求めているのは、主従関係での行為では無いので本気ではない。
その言葉に、先程までとは違い明るい声で二人共承諾していたので監視は早ければ二、三日で無くなることだろう。
『——で、だ。二人には俺が出来る範囲で自由を与える。街には、三人で出掛け、二人は自由行動してもいい。ホランドから逃れた家臣が隠れ住んでいるのなら、接触しても構わん』
「——なっ……」
驚きの声をあげ掛けたアリーシャの口を、急いで手で塞ぎ、続きを書く。
『なんにせよ、この国はそう長くは持たないだろう。民からの人心も離れ、腐敗を進めているのだから。祖国を取り戻したいのだろう? ならば躊躇うことはない。だから、その時になっても躊躇うな。俺が邪魔になったら消せばいい』
その文を見た二人は、更に驚いた顔を見せていた。それが、どこか可笑しくて軽く笑ってしまった。
『まぁ、出来れば死にたくはないが……な。監視が無くなる迄の一週間ほどは形式だけでも俺に忠誠を誓うような態度で頼むぞ』
そう最後に書いて、会話を終了した。
「どうして、こうなった?」
俺はその晩、ベッドの上でたじろいでいた。
「殿下が申したではないですか?」
「そうですよ、殿下。二人一緒に……と」
アリーシャの言葉に同調して、クスクスと笑いながら続けたニーシャ、二人の顔と耳は薄紅色に染まっていたが何故か目は本気であった。
下着姿で寝室に入って来た二人に目を白黒させながら、ジラハルは内心で叫んでいた。俺が求めていたのはそうだけど、そうじゃない、と。だが、監視の眼があるはずなので、断る事も追い出す事も出来ず、ベッドの上へと案内する事になった。
「驚きました。本当に手を出されないのですね?」
そう、耳元で囁いたアリーシャに心臓が高鳴るが、出来る限り冷静に言葉を返す。
「こっちが驚いた。なぜ来たんだ? 一応呼んだ時だけと、言ってたはずなんだが」
「……お礼を言いたくて。あの、私たちの宝物を守ってくれてありがとうございます」
「なんのことだ?」
「ふふふ、あら惚けるのですか? 父と母の思い出の品や、形見、処分させるって仰ってましたよね?」
「あれか。確かに処分させただろう。必要な者の所へ、と。それに、元からそのつもりだったんだから、感謝は筋違いだ。演技していたとはいえ、すまなかったな」
「本当に噂とは大違いなんですね? ジラハル王子は」
「ね? アーシャ姉さんもそう思うんだ」
両耳から囁く、柔らかな、そして明るい声色と、両腕に密着する人肌の温もり、そして、ふわりと花やフルーツの混じる香り、そのどれもが拗らせた童貞たる俺には刺激が強すぎて、その晩、うまく眠れず。ようやく寝付けた後の目覚めは股間の不快感により最悪な事になってしまったのであった。
さらに追い討ちとして、二人は起きた時にもまだ腕に抱きつき眠っていたため、秘密裏の処理は不可能だった事で、ジラハルの心はしばらく死んでいた。
残り一話。上手く纏められるかなぁ。
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さぁ、ラストスパート頑張ります。