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4月 始業式



 久々に家を出ると、春特有の生暖かい風が頬を(くすぐ)った。風が吹いてきた方向を何気なく見ると、そこにはいつものように公園があり日本の春の象徴とも言える桜が風に吹かれて花弁を散らせていた。

 去年が異常気象だったせいなのか、毎年3月下旬には満開になって、4月上旬には花弁と葉が混ざり合うなんとも言えない見た目になってしまうはずの桜は、4月になった今満開を迎えようとしていた。

 歩き慣れたいつもの道をゆっくり歩く。2年前の入学式のときは硬く違和感のあった、制服のジャケットとローファーは今では驚くほど自分の身体にフィットして、何度も何度も身に付けたことを物語っている。


 「慧〜!なに置いてってくれちゃってるわけ?」


 1人、今日の入学式と始業式どちらが校長の話が長いかな。なんてどうでもいいことを考えながら学校へ向かって歩いていると、後ろから幼馴染の桃、元い榎本桃香(えのもと ももか)が走って来た。毎朝寝起きの悪い桃を家の前で俺が待つのが日課だ。だからきっと、今日もいつも通り家の前に俺がいると思って家を出たら、いる筈の俺がいなくて慌てて走って来たのだろう。


 「はは、桃、置いて行って悪かったな。桜が満開だったからつい」


 『これが最後かも知れないから』そんな続きの言葉を心の中で付け足し、“最後”と自分で言っときながら落ち込んでしまっている自分がいることに気づき、1人苦笑した。

 桃は俺の様子に気づいていないのか、相変わらずマイペースだなぁ。と言って笑っていた。


 「最後か」


 不意に口から出た言葉だった。とても小さな声で。呟くように言ったはずなの言葉は桃の耳に届いていたらしく、そうだね。っと彼女は何故か哀しそうな表情で笑いながら言った。


 「そうだね。こうやって、私と慧が横に並んで歩けるのは今年で最後。最後なんだよね。まっ、まだ後1年あるしね!」


 そう言って元の元気さを取り戻した桃は俺に満面の笑みを浮かべながら、これからも宜しくね!と俺の肩をポンポンと優しく叩いた。

 俺はこの時桃が目を伏せ悲しそうな表情をしていたのは、あと一年しかない高校生活を寂しく感じているのだと思っていた。本当はもっと深く哀しみ、嘆いていた事を俺は全くもって気づいてやる事が出来なかった。


 2人並んでゆっくりと桜並木の下を歩く。その間、俺と桃は今年は同じクラスかなとか、あの先生が担任だったら嫌だなとか他愛のない話をした。誰かと話をしていると、それなりに長い道のりも短く感じ、時間が経つのも速く感じる。

 あっという間に学校に着き、桃香とは一旦分かれて、昇降口に大きくプリントされ貼られた、新クラス発表の表の中から自分の名前を探す。自分の名前を探し出し、みんなが各々のクラスへ荷物を置きに動き出した頃には、人に酔ってしまったのか、久しぶりに大勢がいるところにいたからなのか、さっきまで軽かった体は鉛のように重く、気分が悪くなっていた。

 結局、俺は入学式にも始業式にも出られず保健室で過ごす事になってしまった。

 



 入学式、始業式が終わり、生徒たちは各々自分たちのクラスへ向かって歩いて行く。俺はその波に乗り自分のクラスに向かって歩き出した。

 3年のクラスが連なっている本館2階は騒がしく、生徒たち1.2年の時からの友達であろう奴らと(たむろ)し騒ぎ立てていた。相変わらず騒がしいなと自分のクラスに向かって歩いていると、中学からの腐れ縁兼親友の頼永翼(よりなが つばさ)が手を振りながら、女子たちから爽やかスマイルと囁かれている笑顔で走ってきた。


 「おお〜い、慧!俺たちまた同じクラスだってよ!」


 翼は屯している生徒をうまいこと避け満面の笑みで俺の元へやって来た。


 「おお、翼。俺らまた同じクラスだって?マジやばいな!中学合わせて6年目じゃんか!」


 俺は、こっちに来てくれた翼に駆け寄りながら言う。すると、翼は嬉しいのか興奮気味に俺の肩を掴んだ。


 「小学校でも6年一緒の奴なんていなかった筈だ、俺らマジで腐れ縁すぎんだろ」

 

 流石に6年連続で同じクラスだった事に笑えて来て、俺らは腹を抱えて爆笑した。翼はひとしきり笑うとツボから抜け出すことが出来たのかさっきの事が嘘の様に真顔になった。

 

 「そういえば、お前入学式と始業式なんで居なかったんだ?サボりか?」


 翼は俺の病気のことは知らない。俺に病気の事を誰かに言う勇気がないのと、翼とは最後まで気軽に話ができるただの親友でいたい。だから、あまり深刻になって欲しく無かった。俺は話を晒す為サボった事にした。


 「あ、あ〜ぁ入学式も始業式も校長の話長いからサボったわ」


 バツが悪そうに言うと、翼は俺の肩に手を置き項垂れた。

 

 「おい〜、慧!サボるなら俺も誘ってくれよぉ。本当に今日の校長はいつもより倍近く話やがって、みんな寝てたんだかんな」

 「いや、本当わりいわりい。保健室が俺のことを呼んでたみたいだったからさっ」


 ふざけて返すと翼は可笑しそうに笑った。


 「ふはっ、相変わらず慧くんはサボり魔だなぁ。白衣の天使が待ってたか?まぁ、うちの保険医おばちゃんだからそれはねぇか。…いや、新任可愛い女の先生が入ってきたとか!?」


 

 翼は俺の言葉を真に受け百面相し出した。翼は爽やかイケメンとか言われているが、俺からしたらただの馬鹿(バカ)。俺は相変わらずの翼の様子に目を細めながら、保険医はおばちゃんのままだったぞと笑いながら返した。 

 正直、翼の馬鹿さには感謝している。病気のせいでナイーブになりがちな俺といつも一緒にいてくれて、笑わせてくれる。本人は、俺がナイーブになってるのに気づいているのか分からないし、励ましたいとか、そういううもりじゃないんだろうけど、俺はとても助かっている。1人でいると病気の事ばかり考えて、恐怖や不安ばかりが募っていき、その思考の沼から抜け出せなくなる。だけど、誰か1人でも一緒にいてくれるだけで、その思考の沼に落ちずに済む。

 本人に言うつもりはないが、中学の時からやつ()は俺の心の拠り所だった。今もだが、クラスのみんなには俺が病気だという事は言っていなかった。そのため、病気のせいで体育には出れず、授業もよく途中でいなくなっていたりしていたから、クラスのみんなからはサボり魔だと思われていた。そんな奴に誰も関わろうとするわけもなく、俺は一匹狼だった。そんな中、翼は俺に話しかけて来た。気まぐれだったかも知れないし、馬鹿だから何も考えずに話しかけて来たのかも知れない。だけど、周りに誰もいなかった俺は、翼に話しかけられたのが嬉しかった。それに、1人でいると思考の沼にはまってしまいそうだったので、話し相手ができて助かった。  


 こうして笑っていると、このまま時が止まればいいのにと思ってしまう。いつまでもこうして笑っていたい。時が止まれば、俺は病気という存在から逃げられるんじゃないか?そんな事を考え、俺は自分で逃げる事なんか出来るわけもないと、答えを導き出した。


 始業式から数日経つと、あんなに満開だった桜はあっという間に散っており、木には青々とした葉がつき、風が吹くたびにポツポツと雨が降るように萼がバス停の屋根に落ちた。

 

不定期に気が向いたら投稿しますので気長に待っていただけると幸いです。


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