黒歴史
好きな人がいた。過去形だ。その人のことを好きになってはいけなかった。理由は簡単だ。親友もその人のことが好きだった。さらにいえば、親友にその人を紹介したのは私だった。きっとうまくいく、うまくいけばいい。そう思って紹介した。嘘じゃない。誤算は、二人が一緒に笑い合っている光景を見るそのときまで自分の気持ちに気づかなかったこと。考えるのは脳みそだが、心は心臓にあるのだと実感した。涌き出た醜い感情は、血管を通り全身に運ばれ、37兆にも及ぶ細胞を瞬く間に作り変え、私は別の生き物になった。思った通り二人はうまくいっていた。うまく笑えなかった。だから避けた。こんな話は五万とある。こんな経験をしているのは自分だけじゃないし、映画や小説で何度も見た。なぜ今さらこんなくだらないことを文章にしているのか。思いもよらなかったのだ。想いがとどかないことも、全てが手遅れなことも、何にも頼れないことも、まさかこれほどまでに苦しいとは。どれほど無駄な時間を過ごした。くだらない妄想は手足は麻痺させ、動くことさえままならなくなる。できる限りの思考を停止させ、ただ働いた。もう書くこともやめる。ここは地獄だ。だから君のことを好きじゃなくなる努力をした。そうすれば戻れるから。あの時間が好きだった。君以外の女と体を重ね、君の嫌いなところを探した。たくさんたくさん探した。そもそもなぜ君を好きになったのか考えた。くだらない話が大半だっただろうに私のささいな言葉を覚えていてくれた。君といるときは、見栄を張ることもなかったし、心が落ち着いた。好きになるまではきづかなかったが、君の整った顔が、特にはそのきれいな瞳が堪らなく好きだった。探せば探すほど、否めば否むほど、突き放せば突き放すほど、たまらなく好きでどうしようもなかった。ここに書いたところでどうにかなるわけではないし、仮に直接伝えられたからといってやはりどうにもならないだろう。でもせめて、この感情が嘘ではなかったと、一時の気の迷いではなく、純粋なものであったと、せめてここに遺しておきたかった。好きです。君のことが本当に好きです。あぁ願わくは、この文章を再び読むことがあったとき、なんて黒歴史だと恥じ、たちまちに消してしまいますように。そして、この想いが、過去のものとなっていますように。