13話 吸血少女と禁忌の扉
大変お待たせしてすみません…
また、半年ぶりの投稿です
13話 吸血少女と禁忌の扉
「そ、それで……その、い、如何でしょう?私とお友達になってはいただけませんか?」
そうして再度お話を切り出した私の顔は、さぞ情けないものだったに違いありません。
震えそうになる声を努めて平静に保ち、お二人から視線を逸らしたい気持ちをグッと堪えて、なけなしの勇気を何とか絞り出してお二人に問い掛けました。
そうしますと、当然……という言葉が正しいのか分かりませんが、お優しいお二人はそんな私を見かねたようです。
シエラさんは言葉を選びながら口を開き、オトハさんはその言葉に頷いて同意します。
「あ〜っとぉ……友達になる云々は全然構わないんですけど、何でまた急にそんな風に考えられたんです?——ていうか、トレーネさんの容姿でそんな表情されると罪悪感がヤバいので勘弁してもらえませんか?断ったりなんてしませんから……」
「……!……!……!」
「ほ、本当ですか?」
お二人の反応に、私はどっと安堵の息を吐いて胸を撫で下ろしました。
良かったです、本当に良かったですよ……。
もしも、万が一、徳川埋蔵金を掘り当てるような確率でお二人に断られでもした場合、そんな気不味い関係のまま、これから一緒に生活をしていかなければならなかった訳ですから……生き地獄とはまさにこの事を指すのでしょうね。
……本当に良かったです。
私は安心して緩みきった自身の気持ちを切り替える為にも、この『初めてのおつかいに成功して安堵する少女を暖かく見守る』ような謎の雰囲気を切り替える為にも、少し大袈裟に咳払いをしてから、口を開きます。
——が、お話の内容そのものは特段変わった何かがある訳でもなく、変に首を傾げながら質問に質問を返すような形になってしまいました。
「こほん……っ!え、えぇっと、お二人とお友達になりたい理由でしたね。…………とは言いますが、これから一緒に生活していく訳ですし、仲良くしたいと思うのはごく普通の事では?」
「それはまぁそうですね……」
「私もそう思います……」
「それに、これから冒険者として活動もしていく訳ですし、恐らくその方が色々と都合も良いですよね?」
「あ、あっ……あ〜〜〜はいはいはいはい。そういう事ですね、やっと理解出来ました」
私の説明?に何か納得が出来る何かがあったのでしょう。
シエラさんは訝しげ……とまでは言いませんが不思議そうだった表情から一転し、見るからに表情を明るくして何度も何度も頷き、早口に私の言葉を肯定しました。
「確かに、トレーネさんの考えられてる通りだと思いますよ。ビジネスライクな関係のパーティーもありますけどやっぱり少数派ですから、普通に仲良くしてる方が目立ち難いですね。まぁ、命を預けて預かる間柄な訳ですし、自然と距離感が縮まるんだと思います。そもそも、他人行儀に出来る仕事でも無いって事もあるんでしょうが……。それに、女性だけのパーティーだと勧誘とかも結構激しいって聞きますし、対外的にも私たちの仲が良い事を見せつけた方がそういう面倒毎は確実に減りますね——というより、そうしないと増えるって話ですね。……うん、考えれば考えるほど、トレーネさんのいう通りですね。私もトレーネさんの意見に賛成です」
「さ、流石、ご主人様!そこまで考えて……っ!!!わ、私も賛成します!」
「………………いえ、あの、私はただお友達が欲しかっただけなのですが?」
お話が飛躍しすぎ……と言いますか、深読みされすぎでは?
ですが、そのお話が決して的外れではなく、寧ろきっちり射ている気がするので、何とも言えませんよ……。
……本当に、どうしてこのようなお話になったのでしょう?
何やら恐ろしいすれ違いが起こっている気がしますが何はともあれ、お二人から同意をいただけた事で息を吐きつつも、私は変にお話が拗れる前に続きを口にします。
「……それで如何でしょうか?先ずは形から入ると言いますか、敬語をやめてお話しする事から始めていきませんか?」
「あ〜〜そうですね、形から入っていくのはいいと思いま——あぁいや、良いと思うよ。トレーネさん……ん〜いや、トレーネちゃんかな?ちゃん付で呼んでいい?」
「——!は、はい。もちろんです」
「わ、私も、良いと思いま——あ、いや、良いと思う……ます。ごしゅ……じゃなくて、トレーネさ——まに賛成……です。…………ごめんなさい、私もトレーネ様ともシエラさんとも仲良くしたいんですけど、急に変えるのは難しいかもです……」
オトハさんは何やら考えながら、シエラさんの後に続くように口にしていましたが、次第にしょぼんと耳と尻尾を萎えさせて落ち込んでしまいました。
……何ですかね?この可愛い生物は???
私は表情がニヤけるのを努めて抑え、頭を振ってオトハさんの言葉を否定します。
「オトハさん、無理をして敬語を止める必要はありませんよ。今お話しした通り、敬語を止めて〜というのは手段の……切っ掛けの一つであって、目的ではありませんから。オトハさんが私たちと仲良くなりたい、そう思っていただけるのであれば、自然と距離感は縮まると思いますよ。私としましては名前で呼んでいただけるだけでも嬉しいですからね」
「そうそう。要は気持ちが大事なんだよ、オトハちゃん。——あ、オトハちゃんの事も、勿論ちゃん付けで呼ぶからね?」
「あ……あ、ありがとうございます!大丈夫です!」
「それに……私から提案しておいて何ですが、私のこの口調は完全に癖のようなものなので、恐らく私も敬語から常語へ変える事は難しいと思います。前世でも良く言われましたが、どうにも直す事が出来なかったものでして……」
「と、トレーネ様……すみません。気を遣っていただいて、ありがとうございます」
「いえいえ」
両親や、親友の雪ちゃん、その妹の雫にまで散々言われましたが、どうにも口に合わないと言いますか、お話ししていて違和感が強いのですよ。
物心ついた頃からずっとこのような口調ですからね……。
最終的には周りの方たちが、私はそういう者だと慣れてしまったようです。
そんな風に私がオトハさんを励ましていると、分からない言葉があったらしく、シエラさんが申し訳なさそうにお話に割って入ってきました。
「ん……?ごめん、トレーネちゃん。常語ってなに?」
「あぁ、失礼しました。タメ語やタメ口と言えば分かり易いでしょうか?大凡同じ意味です」
「あ〜そゆことね。————えっ?ていうか、それだとタメ語なの私だけにならない?」
「え……?あっ…………そ、そうなります……かね?」
「いやいやいや、かね?じゃなくて、そうなっちゃうよ」
「そ、そうですね」
「あーあー、それだと私だけ仲間外れなんだー」
「……」
「傷付くなー。疎外感あるなー」
「…………」
「きーずつーくなー?」
「………………」
「きぃぃぃずぅつぅぅぅくぅなぁぁぁ???」
「……………………」
私はニヤニヤと笑みを浮かべつつにじり寄ってくるシエラさんからソッと目を逸らして、そのままお話も逸らします。
「……えぇっと、私からは以上ですね。次はシエラさんについてのお話でしょうか?それともオトハさんからにされますか?」
「えぇっ!?スルーなの!?普通にびっくりしちゃったんだけど!」
「いえ、そんなにツッコミを入れてくれと懇願する表情をされても、ツッコミが即興で出来るほど、私のコミュニケーション能力は高く無いのですよ」
「あっ……」
「…………別にコミュニケーションが苦手という訳でもありませんけどね?出来ない事もある、という事です」
「その予防線が全てを語って——いや、うん、そうだね」
「……」
『…………』
私がそうして黙っていると、シエラさんはおろかオトハさんからも生温かい視線向けられますが……いえいえいえ、私は別段コミュニケーションが苦手という訳ではありませんからね。
……ありませんからね?
そんな微妙に温かいと言うべきか、擽ったいと言うべきか、何とも言えない雰囲気が変に笑いのツボに入ってしまいました。
私たちは誰からという事もなく声を上げて笑います。
「ふふふっ」
「あっははは」
「んふっはははっ」
「はーっ、おかしい。変に笑っちゃったよ」
「ふふふ……そうですね」
「私も、おかしくて……はははっ」
そうして、少しして落ち着いてきた頃合いを見計っていたのでしょう。
シエラさんは態とらしく咳払いをして、口を開きました。
「んんっんっ!ふ〜〜、笑った笑った。……えーっと、トレーネちゃんの話はこれで終わりかな?まさか、これ以上に何かとんでもない隠し事とか無いよね?」
「とんでもない隠し事とはなんですか……そんなものはありませんし、私からは以上ですよ」
「オッケー。じゃあ次は私の話をした方がいいかな?順番的に……?それともオトハちゃんからにする?」
シエラさんはそう言ってオトハさんに視線を向けましたが、オトハさんはゆるりと首を横に振って否定しました。
流れ的に『シエラさんから話してください』という事なのでしょうが……
私は首を傾げてお二人へ問い掛けます。
「あの……私はお二人の雇用主と言いますか、その必要があったので前世などについてお話ししただけですよ?決してお二人の過去を知りたいから、私の過去をお話しした訳ではありません。なので、お二人まで無理に話される必要は無いと言いますか……」
「別に無理してる訳とかじゃ無いからそこは気にしないでよ。単に私も前世持ちだから話した方が良いかなーって思っただけだし……」
「わ、私も無理なんて事は無いです。むしろ、トレーネ様とシエラさんにはその……知ってて欲しいと思います。…………聞いてても面白く無いかもですけど」
「ま、私もそんな感じ?——あぁ、勿論、トレーネちゃんが知りたくないって言うなら黙ってるけど……いや、そもそもトレーネちゃんは既に知ってたりする?奴隷商で私の前世の名前言ってたじゃん……?」
「え……?あっ!た、確かに『カトーシオリさん』って、トレーネ様が言ってました。あれってそういう事だったんですか?」
「いえ、シエラさんの前世については全く知りませんよ。奴隷商で前世のお名前が分かったのは、あくまでも【鑑定】スキルを使用したからに過ぎませんので」
「あぁそういう……」
「【鑑定】スキル……」
「当然、お二人の事はもっと知りたいと思っていますよ。なので無理でなければ、是非お聞きしたいですね」
「ん、じゃあそういう事で——」
シエラさんはそう言うと、仕切り直しとばかりにパンパンと手を叩きました。
そして、私とオトハさんの視線が集まった事が分かると続きを口にします。
「——とは言っても、トレーネちゃんと違って話す事はあんまり無いんだけど……え〜っと改めて、私の前世の名前は加藤詩織。トレーネちゃんと同じ日本に住んでた大学生だよ」
「だいがくせい……?」
「あ〜っとねぇオトハちゃん、大学っていうのはトレーネちゃんが説明した高校よりも更に専門的な学問を学ぶ場所、って言ったら何となく伝わる?大学生っていうのはその大学に通う生徒の事ね。この世界で例えるなら……魔術大国『エッセンシア』にある『円環魔術学園都市ヴァールハイト』の魔術学校、その高等教育機関が近いかな。分かる?」
「あ、はい……何となくは……?————あ、話の腰を折っちゃって、すみません」
「ううん、大丈夫だよ。——で、その大学から家に帰ってる途中に通り魔に襲われちゃってさぁ、そのままポックリ……って感じに転生したんだよね」
「何と言いますか……説明が雑すぎません?」
「他に説明のしようが無いし、私からするともう終わっちゃった事だしねぇ」
そんなもの……と言いますか、そんな風に片付けても良い事なのですかね?
お話の内容的にもう少しこう、悲壮感?のようなものがあっても良いと思うのですが……。
……まぁ、当事者のシエラさんが気にされていない事を、言ってしまえば部外者だった私が口出ししてしまうのは余計なお節介でしかありませんね。
黙っていましょう。
「それでこの世界に転生したんだけど、それからも色々と大変でねぇ……」
「……まぁ、特例奴隷措置なんて大仰な対処をされていた訳ですし、苦労に想像は難くありませんよね。確か、不当な契約による借金だとか……?奴隷商でデジラさんがそう仰っていましたね」
「ん〜〜〜厳密にはちょっと違うんだけど……まぁ順番に説明していくね」
「あ、はい、お願いします」
「とは言っても、最初から苦労してた訳じゃ無いんだよ。転生のお約束というか、定番に人生楽しみたいなぁって気持ちで冒険者になって、順当にランクが上がったところまでは良かったんだよ。無理しなかったらソロでも活躍出来るくらいで、結構楽しい感じでさ?」
「それは良かったです……ね?」
「だけどさぁ……」
シエラさんはそこまで口にしてから眉を寄せ、表情を苦々しく歪めてお話を続けます。
「ランクが上がった後に受けた依頼がめッッッちゃ巧妙な詐欺依頼だったんだよねぇ」
「詐欺依頼……ですか?」
「まぁ呼び方は釣り依頼とか、罠依頼とか色々あるんだけど……要はさ、冒険者ギルドに普通に登録されてた依頼だったんだけど、実はあの手この手で人を騙してお金を毟り取ろうって感じの悪徳依頼だったって事。——で、私はその依頼に加担しちゃったって訳なのさ」
「えっ!?」
「そ、そんな依頼が登録されていたのですか……?正直、驚きですね」
「いやいや、普通ならそんな依頼が冒険者ギルドに通る事なんて無いんだけど、私が引っ掛かったやつが特別にヤバかったって感じらしいよ。命に関わるからって詳しくは教えて貰えなかったけど、この国の悪い貴族が背後に居るとかなんとかで……国も気付くのが遅れて、私は被害者に返金する為に奴隷送りになったんだよねぇ。多分、デジラ様も詳しくは教えてもらって無いか、暈して教えられてるんじゃない?」
「た、大変ですね……」
「…………」
シエラさんのお話に、私は思わず言葉を失いました。
……想像の遥か上をいく、波乱万丈な人生を送られていますね。
詐欺の内容を知ると命が危ないって……どういう事なのでしょう?完全に口封じですよね?怖すぎませんか??
それに、この国の貴族が関わっているなんて、お話のスケールがどんどん大きくなっているような…………。
デジラさんのお話と、微妙に差異があるのも納得です。
「まぁその後に現場調査とか色々あって、直ぐに事が発覚したから、そんな凄惨な感じではないんだけどね。私の借金も国が完全に肩代わりしてくれたし、扱い的には私も被害者っぽい感じになって、前科とかも付かない上に、無条件に奴隷から解放しちゃっても大丈夫って言われたからねー。それが大体半年くらい前かな?」
「それでも、奴隷商にいたという事は……」
「完全に解決した訳じゃないし、なんなら今も完全に解決したって聞いてないから、安全の為に特別奴隷として奴隷商に居た方が良いって選ばせてくれたんだよ。ハーフエルフだから8年くらい引きこもってても、寿命的にはぶっちゃけ関係ないレベルだしね。しかも期間切れで奴隷商から出た後も色々補償とかしてくれるって話だったし、至れり尽せり……って感じ?まぁ、流石に奴隷商の生活環境は質素だったけど」
「なるほど……」
「それに、結構規模が大きい事件っぽいんだよねー。被害に遭ったのって私だけじゃないし、王都の『ソフィアス』に行く事があるなら当面はやめとけ的な事も遠回しに言われたから……ここの街よりも王都の方が被害規模的にもヤバいんじゃないかな?」
「えぇっ!?」
「あの……それはとんでもない事なのでは?」
「だと思うよ?」
「何故そんなにも軽く話せるのですか……」
私はシエラさんのお話から想像される事態に、思わず額を押さえて頭を横に振ります。
この、シエラさんが巻き込まれて奴隷商送りになってしまった件。
これは要はメレフナホン王国と、冒険者ギルド間の衝突を目論む、何者かが企んだ事なのでしょう。
まず前提としまして、異世界アイリッシュ各国の『対魔物情勢』は冒険者ギルドという組織に半依存していると言って過言ではありません。
どの国も国軍、地方軍は当然存在していますが、その存在は対魔物用というよりも対仮想敵国用、国内反乱勢力鎮圧用なので、その全てを魔物討伐に費やせる筈はありませんし、そもそもの絶対数が足りないのです。
数が揃えられない細かな理由は沢山ありますが、結局は産業分類上の職業従事者比率が、第一>第二>第三次産業と少なくなっていく事が大きな要因ですね。
特に、この世界では第一次産業に於ける労働の大半を人力——小規模な魔法や肉体労働に頼っていますから、人的資源を大きく割かなければならない訳です。
そして、それは他国と比較して大国であるメレフナホン王国も例外ではありません。
仮に、王国全土から冒険者ギルドが完全に撤退してしまえば、主要都市の防衛以外は出来ずに地図から大きく領土が消えてしまう事は確実でしょうね。
それほど、冒険者ギルドの存在は『対魔物情勢』に於いて世界的に大きなものなのです。
と言いますかそもそものお話、冒険者ギルドの存在を許可するだけで、魔物素材などの売買による街の税収増大や、護衛依頼などを伴う交易の活性化、職業定着率向上による貧困層の抑制など、基本的に良い事尽くめなのですから、国にとって必要な組織である事は明白でしょう。
——さて、それではそれらを踏まえた上で、シエラさんが巻き込まれた騒動について考察しましょうか。
シエラさんのお話では、メレフナホン王国の悪い貴族が事の発端と言いますか、王国と冒険者ギルドとの衝突を目論む黒幕のようでしたね。
ですが……果たして、本当にそうなのか?という疑問が私には残ります。
と言いますのも、その悪い貴族が両組織を仲違いさせて、一体何を得ようというのでしょうか?それがまっっったく分からないのですよ。
考えてみて下さい。
仮に、自領を持つ悪い貴族が、その領土を広げて己の顕示欲を満たしたい、或いは更なる贅を凝らしたい、果てには王家の座を簒奪して王国を手中に治めたい……などの動機、願望を持っていたとしましょう。
それが叶うと思いますか?断言出来ます、あり得ません。
自領を守ってくれている冒険者が居なくなって現状維持すら危うい中、どうやって領地を拡大しようというのですかね?
被害を広げるだけですよ。
贅を凝らそうにも、税金を納めてくれている冒険者が減ってしまっては逆に節約をしなければならないのでは?
無い袖を振るう事は出来ませんからね。
王家の座を簒奪するとして、その戦力はどこから捻出するつもりなのでしょうか?
自領の地方軍は王都防衛の戦力として確実に召し上げられます。
……そうです、あり得ません。あり得ないのです。
例え、その悪い貴族とやらがそのような動機や願望を秘めていたとしても、成就できる道理が一切存在せず、リスクとリターンが全く釣り合っていないのです。
そして、それは決して難しいお話などではなく、常識を持つ子供ですら理解出来てしまうほど簡単な事であり、曲がりなりにも領地を治める貴族が分からない筈が無いのです。
そうでなければ、この国は道理の分からぬ猿か何かが政を執り行っている事になりますよ。
ですが、事実としてメレフナホン王国の一部の悪い貴族は冒険者を利用した悪巧みを行っています。
これが指し示す事は何か?
単純明快、最初へ立ち返ります。
メレフナホン王国と冒険者ギルドの仲違いを歓迎する存在が、貴族を操って糸を引いていると考える事が妥当です。
ではそれは何者なのか?
それは、私が転生に巻き込まれる理由にもなった『魔王』の手勢によるものでしょう。
当然ですよね?
この世界では現在、魔王一派と人間一派で戦争をしているのですから、魔王一派が人間同士で仲違いをするように調略を仕掛けても不思議ではありません。
寧ろ、自然な考えだと思います。最小限の戦力を以って最大効率の戦果を得られるのですから。
大方、野心を滾らせる貴族に『この国を陥落せしめたらばお前を王に据えよう』なんて唆されたのではないでしょうか?
…………いえ、自分で言っておいてなんですが、これはあまりに陳腐な甘言ですね。流石にこれはありません。センスを疑います。
三下の匂いが酷過ぎて鼻が曲がりそうですよ。
————とまぁ、あれやこれやと色々考えを巡らせましたが、結局は曖昧にしか教えて貰えなかったシエラさんの情報を元に、私が推測に憶測を重ねた妄想に過ぎませんからね。
真実は不明ですし、私たちに何が出来る訳でもありませんから、考えるだけ無駄というものでしょう。
と言いますか、私の妄想が正しいとなると、この国の中枢に魔王の手先が侵入している事になりますからね。
妄想は妄想のままであって欲しいものです。
ちなみに、シエラさんが国から過剰とも思える支援を受けている理由は、偏にメレフナホン王国が冒険者ギルドに対して気を遣っているからでしょう。
ザックリと言いますと、被害にあった冒険者個々人を丁重に扱うので冒険者ギルドに矛を収めてもらいたいという事ですね。
加えて、王国から冒険者ギルドへ、この件について共同解決の依頼も出しているのではないでしょうか?
この国の貴族が関わっているらしいので、間違いなく王国の責任は大きいのですが、事件を未然に防ぐ事の出来なかった冒険者ギルドという組織の責任が無いという事はありません。
その為、メレフナホン王国としましては首謀者を王国と冒険者ギルド両方の敵であると明言して断罪すれば依頼もし易いでしょうし、冒険者ギルドとしましても被害に遭った冒険者の対応の大部分を王国に負担させる事が出来る上に、体裁良く責任を果たす絶好の機会を得られる訳ですから、断る理由は無いでしょうしね。
そもそも、自組織の人員を明確な害意を持って攻撃されたのですから、どうあっても行動を起こさなければ、武力組織としての形を保つ事が出来ないとも言えますが……。
……まぁ、これも全て私の妄想に過ぎませんけどね。
と、私がそんなこんなと考えを巡らせていた事を、シエラさんが分かっていない筈もありません。
彼女は苦笑いを浮かべながら頷きますが、曖昧に言葉を続けました。
「あ〜〜〜いやまぁ、トレーネちゃんの言う通り大事なんだけど、考え過ぎても仕方無いって言うか、私たちにどうする事も出来ないって言うか、手に負えないって言うか……」
「仰りたい事は分かりますが、よくそこまで達観していられるなと思いまして……いえ、そもそもが私たちの杞憂であって欲しいとは思っていますけどね?ですが、現実問題としまして事は起きてしまっていますから、備えるに越した事は無いでしょうし……」
「だよねー。でも、実はそこまで悲観的には考えてないんだよね」
「え?」
「ふむ……?何か理由があるのですか?」
「うん。トレーネちゃんの話だとこの国にも勇者様が召喚されたんでしょ?だったら、国もそろそろ本腰を入れて解決に動くんじゃない?って思うんだよね。勇者様に何かあったら一大事なんだし」
「な、なるほど?」
「あの……それならば、普通は召喚前に片付けておくものだと思うのですが……」
「あ、確かに……」
「さぁ?そこは偉い人にしか分かんない事情があったんじゃない?私たち一般ピーポーには預かり知らない何かがさー?」
「え、えぇ……急に雑過ぎませんか…………」
「だって推測とか憶測ばっかりで話ししてても意味が無いしねー。実りが無いってやつだよ。はいっ、この話はここまで!しゅーりょー!」
「物凄く適当にお話を変えましたね……」
いえ、別に何か問題がある訳でも無いのですがね?
実際シエラさんの言う通り、憶測ばかりでお話をしても何も得られませんし、時間の無駄ですしね。
ただ、何と言いますか、唐突過ぎて反応に困りますよね。
もしかして、シエラさんはいつもこの調子なのでしょうか……?
シエラさんはそう言って手をパンパンと叩きますと、小さく咳払いをしてから再度口を開きます。
「んんっ……って事で、私の話はこれくらいかな。二人とも他に何か聞きたい事とかある?」
「わ、私は大丈夫です」
「おっけ、おっけ〜。トレーネちゃんは?」
「他にとなりますと……あぁ、一つよろしいですかね?」
「ん、なぁに?」
「変な事を聞くのですが、転生前のシエラさんは大学生だったのですよね?」
「えっと、え?う、うん、そうだよ?…………えっと、嘘とかじゃないよ?」
「あ、いえ、すみません。疑っている訳では無いのですよ。ただ【鑑定】スキルでステータスを確認した時には年齢が15歳になっていたので、何故若返っているのかなと思いまして……」
私は前世の年齢そのままに転生していますからね。
転生者は皆さんそういうものだと疑問も持たずに思っていましたが、シエラさんは違いましたし、どのような違いがあったのか気になります。
そうした私の説明にシエラさんも納得出来たのでしょう。
彼女は感嘆の声を漏らしながら、何度も頷きました。
「あ〜はいはいはい、そういう事ね。それはねー、私は赤ん坊から転生したからなんだよー」
「え?赤ちゃんからですか……?」
私はシエラさんの言葉に、思わず首を傾げて驚きます。
確かゼウス様のお話では、赤ちゃんから転生する場合は記憶から何もかもがリセットされてしまうのではなかったですかね?
あの謎の空間でそのようなお話をしましたし、前世の事を覚えている筈は無いと思うのですが…………あ、あぁ、いえ、そう言えば、私がそうなのか?と、お聞きしただけでしたかね?
ふむ……思い返しますと、ゼウス様はそうのような事も出来ると言っていただけで、そうでなければならないとは言っていなかったような気がします。
しかし、不自然ですね。
お話しした感じでは、ゼウス様は敢えて説明を濁して、隠し事をするような人——ではなく、神ではなかったように感じたのですが……。
寧ろ、聞いてもいない事を口にして知識自慢したがるおじいちゃんでしたし…………。
「うん。体がどんどん冷たくなっていって死んだ!と思ったら、体が小さくなってるし、うまく喋れないし、っていうかガン泣きしてて自分でも止められないし……って感じで、めっちゃ混乱したんだよねぇ〜」
「それは容易に想像出来ますね」
「まぁ、その場は直ぐに眠たくなっちゃったから一回寝たんだよね。で、寝て起きてからは大分落ち着いたんだけど……その後からがキツくてさ〜。意識があってもお漏らししちゃうし、当然オムツは替えられるし、そもそもお世話自体全部されるしで……アレはキツかったなぁ……」
「そ、それは嫌です……」
「ええ、非常に嫌ですね……拷問か何かなのでは?」
「しかも、赤ちゃんだからご飯は母乳……つまり毎日強制的に授乳プレイだよ?拷問パートツーってね?」
「………………」
「………………」
はい、そういう事ですね。
これはゼウス様もお話ししない訳ですよ……辛過ぎます。
私もオトハさんも自分がシエラさんの立場になったら……と考えて、思わず言葉を失いました。
ですが、シエラさんはそんな私たちに構わず、お話を続けます。
「お陰で新しい境地って言うか、扉を開けちゃったくらいだからねー」
「えっ………………?」
「えっ………………?」
「ほら、バブみを感じてオギャる的な……?母性って言うママみに興奮するアレだよ、アレ。伝わんないかなー?」
「………………………………」
「………………………………」
私もオトハさんも再び言葉を失ってしまいました。
先程少し縮まったように感じたシエラさんとの心の距離がまた遠くに離れてしまった……そのような気がします。
本編に深くは関わらない設定
時間の流れの矛盾について
本編中に於いて、トレーネとシエラの年齢差とその辻褄が合わないが、これは正常な事であるという解説。
まずは事実確認と整理から始めよう。
作中で、シエラ(旧名、加藤詩織)はトレーネ(旧名、月峰涙)が入院中に行った出来事を知っている。(どこでもトビラの件やAI人権問題、ノーベル賞の事など)
トレーネの年齢は17歳。入院期間は2年の為、15〜17歳の期間がそれに該当するが、シエラの年齢は異世界基準で15歳。
つまり、トレーネが行った出来事は全てシエラが異世界へ転生した後に行われたものであり、『地球』と『異世界アイリッシュ』の時間の進み方が同じであれば、シエラがそれを知り得る方法は無い事になる。
これが大前提。
とは言え……だ。
元来、地球に於ける時間の定義とは、地球が太陽の周りを周回する期間と自転の周期、太陽の位置関係などを可視化したもの。
それが『異世界』でも同じである保証も根拠も一切存在しないし、また逆に異なっているというそれらも一切存在しない。異世界では地動説が常識なのかもしれないし、天動説が常識かもしれない、或いは他の何かが常識かもしれないという事だ。
考えてみればそれは当然の事で、結論の出しようもない事でもある。
そもそも、地球の中で生まれた定義を用いて、地球外の要素をさも当然のように当て嵌める事が愚かと言えるだろう。
そこで、少し視点を変えて時間を一種の『概念』として捉える【天界時間軸】を基に考える。
要は、太陽の周りを云々ではなくて、ある種の超常的価値観によって『時間』が定義されており、それが異世界と地球とでの時間軸のベクトルが違う為、先程の矛盾が整合のとれたものになる……というもの。
作中でもあったように、地球を惑星ではなく一つの世界線……異世界の一つとして考えた時、天の隔壁によって其々は隔たれており、地球も一つの世界として完結し独立した存在になる。
それはつまり、通常であれば地球内から『時間という概念』が外へ出る事があり無い事を指す。
だが、シエラやトレーネが転生するという事は、その天の隔壁を越える事になるのではないだろうか?
そして、シエラやトレーネの転生の元にもなっている『アストラル体』に『地球の時間という概念』が保存されており、擬似的に『地球の時間という概念』が天の隔壁を越えてタイムパラドクスを引き起こしたのではないだろうか?
一つずつ整理しよう。
まず『アストラル体』とは、単なる情報記録媒体であり、生物が経験してきた全てがそこに保存されるというもの。(プロローグ3話参照)
この『経験してきた全て』には『器』——身体の事の成長も含まれており、その『器』の成長には『時間』を必要とする為、必然的に『アストラル体』には『時間の概念』そのもの、或いはその要素が保存されていると言える。
繰り返しになるが、シエラもトレーネも前世の記憶を持ったままの転生……つまりは『アストラル体』を維持したまま『器』と『生核』を変えた転生をしている。
故に、間接的に『地球の時間という概念』が天の隔壁を越えて、異世界へ到達したという事になる。
『地球の時間という概念』が異世界アイリッシュに混入した事は分かった。
では次は『地球の時間という概念』が天の隔壁を越えたからと言って、どうして都合良くタイムパラドクスが起きたのか?という話。
これは二つの説がある。
一つは、多数派である『異世界アイリッシュの時間という概念』が、少数派である『地球の時間という概念』を一箇所に追いやった結果に……というもの。
先述した通り『世界』とは、完結して独立した存在である。
その為『時間という概念』も『世界』の秩序を保つ為に、『世界』毎に一定のベクトルに統一されている訳だ。でなければ時間の可逆性が常識となり、時間軸の交錯から完結した存在たり得なくなってしまう。
故に、他の『世界』の『時間という概念』そのもの、或いはその要素が入り込む余地など無く、完結されているのだ。
つまり、異世界アイリッシュ側から見れば『地球の時間という概念』は【異物】でしかないという事。
しかし、シエラもトレーネも異世界アイリッシュへ転生してきた存在……『地球の時間という概念』の要素を含んだ【異物】だ。
【異物】が混入した場合どうなるか?決まっている。『世界』としての秩序を保つ為に、『異世界アイリッシュ』を基準とした一定のベクトルに統一、修正される。
そして、その『時間という概念』が一定のベクトルへと修正される事で、エネルギーの消費という観点から見て仕事——ある種の歪みという名のタイムパラドクスが発生している。
……という事が、一つ目の説である。
続いて二つ目の説だが、これは『世界』間に於ける【因果】が関係しているというもの。
【因果】が、どういう事かザックリと言語化すると、『世界』が正常であるべきだという願いが具現化されてその結果に歪みが正当化される……という事であり、もっと噛み砕いて整理していくと、今回に限って言えば【因果】=『勇者召喚の儀式』とでも解釈すると分かり易い。
重要な事なので何度でも説明するが、『世界』はそれぞれが天の隔壁によって区切られており、それぞれが独立して完結した存在である。
その上で、作中でも簡単に触れていたように、『世界』毎に格が存在しており、その格の違いによって『世界』毎のリソースが定められている。
そして、そのリソースの大小は『世界』に住む住人にも同じ事が言える為に、格上の『世界』から格下の『世界』へと転生、或いは転移した何の取り柄も無い一般人が、超人的な能力を有している摩訶不思議現象が起こっている訳だ。
これが『勇者召喚の儀式』の基本情報。
だが、ここに矛盾とも言える歪みが存在している。
それは、何故リソースの低い——格が低い『世界』が『勇者召喚の儀式』を行ったとして、リソースの高い——格が高い『世界』から、人間という『人的資源』を引っ張って来る事が出来るのか?……というもの。
『世界』の格の高低とはそれ即ち、その『世界』が持つ力の高低に他ならないのだから、エネルギーと仕事の観点から観てこれは明らかな矛盾……普通ではあり得ない事だと言える訳だ。
だがしかし、こうして『勇者召喚の儀式』という現象は起きており、トレーネ……厳密には涙だが、彼女は『勇者召喚の儀式』に巻き込まれた際に命を落としている。
何故、あり得ない現象が起きているのか?
それは『世界』が正常であるべきだという強い願いが、本来『勇者召喚の儀式』に消費される筈のエネルギーとは別に昇華され、その本懐を基に歪みが【因果】という結果として肯定されてしまっているからである。
では、この場合の本懐……願いとは何か?
それは魔王の討伐を始めとした『世界』の平穏が該当する。要は、外敵要因による『世界』への悪影響を取り除く為だ。
さて、ここまで来ると話は早い。
『世界』の平穏を守る為に『勇者召喚の儀式』が正当化されているのであれば——『世界』間でのリソースの移動が極々限定的に許されているのであれば、その限られたリソースを最大効率に利用出来るよう、エネルギーは一箇所に集中する。
『世界』のあり様を変える現象なのだから、それは当然の事だと言えるだろう。
また、そのエネルギーの根源となるものは何か?という事だが、それには別『世界』からの要素……つまり『地球の時間という概念』が当て嵌まる。
そして、その要素をアストラル体に保存されている者たちが同一時間軸に集まる事で、タイムパラドクスが起きている訳だ。
これが二つ目の説の【因果】論である。
——以上が、何故こうも都合の良いタイムパラドクスが起きているのか?という設定。
これまで長々と解説してきた訳だが『ま、結局ご都合主義だよねwww』の一言で全てが片付いてしまう程度の解説だったりするので、覚えておく必要はあんまりない。
これからも本編に関わりはあんまりなさそうな設定は後書きに、適当に書いておくと思われます
気が向いたら読んでみてください
最後に重ねて…
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