隊員は条件
花梨はサイをしばらく眺めていた。呆れていたのである。
「君の飼い主を差し置いて、僕が隊員にしてあげると思う? やはり君は愚かだ。よく考えて発言したまえ。 服を着ているだけマシになったかと思ったが、中身はまだまだだね」
「隊員になったら、西尾さんと対等になれます!」
「対等? 本気でそうなれると思っているの?」
花梨は鼻で笑う。
「おかしいですか?」
「君は人を見る目が無いよ。しばらく一緒にいたのに、西尾くんのことを全然分かっていない」
「そんなことはないと思います! 西尾さんは潔癖で、ドSですけど、オレのことちゃんと考えてくれています」
「すると君は、やられっぱなしのドMかい? なるほどコンビとして相性は良いかもしれないな。けれど君は西尾くんの素顔すら見たことがないだろう。信用されていないんだよ」
サイはぐっと堪える。花梨は薔薇のような人だ。凄く綺麗だけれど、近づいたら無事ではすまない。
「西尾くんと対等になりたいだなんて傲慢だよ。彼がどれほど価値ある存在か知らないくせに」
確信を持ってサイは叫ぶ。
「アスタロットで一番強い人です!」
花梨は厳しい顔で、サイの額を突いた。何回もだ。
「人は皆、弱い。西尾くんは誰よりも繊細で、か弱い!!」
「西尾さんは強いです。何度もボコられました!」
「君は厚顔無恥だ」
「こーがんむち?」
「これ以上、厚かましいお馬鹿と話す気はない」
花梨が背を向ける。サイは諦めずに縋りついた。
「隊員になりたいんです! バカでもいいけど、オレは魔神の末裔なんでしょう? 今は強くないけど、恐ろしく強くなれる可能性があるはずです! オレは使えるオトコです!!」
花梨は苛立った。
「使える男だと? 使えない。特にその性格がね!! 君のその態度が西尾くんをどれだけ傷つけていることか! こっちが見ていられないよ」
「西尾さんだって、オレのこと酷い扱いにしています。オレだって本当は傷ついているんですよ!」
「本当のことを言われて傷つくのは、君の態度が悪いからだ。西尾くんのせいにするな!」
サイは言い返せない。
「君はこの世界のことに関してあまりに無知だ。 だから首輪をつけて調整するしかない。不自由だろうが、西尾くんは最高の飼い主だぞ」
「――でも、ダメなんです。落ち着かないんです。 みんなと一緒がいいって思うのは、我が儘ですか?」
ずっと暗い場所にいて、孤独と痛みに耐えてきた。やっと解放されたと思ったら、人間ではなくて、モンスター扱いされる。一人だけ違うというのは、本当にもう嫌だった。仲間として受け入れて欲しいだけ。
「あぁそうだ。そんな単純なことも我慢できないようでは、私だって首輪をさせたくなる。今の君は目の前のことに簡単に騙される。単純すぎる。純粋すぎる。バカ正直すぎる。
そんなことでは上の世界で活動できない。言葉巧みに利用されて、ボロボロになって捨てられる。それを防ぐための首輪だ。西尾くんに大事にされているのに、なんでわからないんだ」
「大事に?(けっこう殴られたけど?)」
「西尾くんは、君を利用しなかった。一番有効的に利用することができる。だけど、敢えてそれをしない理由は、君が犠牲になるからだ!」
花梨の指摘にサイは言葉に詰まる。
「君は上に行きたいのだろう? 強くなりたいと願っている。西尾くんは反対したか?」
「してないです」
「君の意思を尊重してくれているんだよ。けれどそれはとても危険なことなんだ。誰かが守ってあげないと、君は利用されてしまう。だから西尾くんは首輪を取ったりしない。西尾くんのペットである限り、安全が保障されるからだ。
君の馬鹿さ加減には本当に嫌気がする。西尾くんがどれほどの覚悟したことか!」
「覚悟?」
「君にはとても理解できないだろうけれど、言わなければもっと分からないだろうから、話しておく。
西尾くんが530部隊の人間ではないことは分かっているだろう。 それでも彼にはここに居なければならない理由がある。
彼は軍人だから、招集があれば逆らうことができない。ウエステイルの首輪をしたモンスターが放たれている事実を、上層部の人間には知られたくないんだ。何故なら、西尾尚斗は死んだことになっている。だからコーベットと直接対決はできなかった」
「死んだことって……流れ星が燃え尽きたって、そういうこと」
「もともと、僕はコーベットに魔法石横流しの疑いを持っていた。金回りが良さに、資金繰りを調べてドラゴンハンターと繋がっていることが判明していた。そしてハンターの消息不明事件が起きた。
その時、西尾くんは他の件で、はるか下の階からキャンプに向かっていたけれど、捜索隊の多さに帰還を断念して放浪していたんだ。
そんな時、君を発見した。
魔神の末裔と言われる翠色の人型のモンスター。魔に人と書くほうの魔人だ。
君に人格が残っている間は大丈夫だと判断したが、悪用を防ぐためにはすぐに首輪が必要だった。捜索隊に見つからないように、危険な縦穴ルートで秘密裏にキャンプに戻ってきた。
そして僕は、西尾くんに命令した。君が使える魔物になるように、とね?」
「命令?」
「もちろん、西尾くんが僕の命令に従う義理は無い。それでも従ってくれたよ。緑色の君のことが、よほど気になっているんだろう。
とにかく僕は540階に派遣した。
ドラゴンに食われたハンターが生き残れるのは数日。ハンターから連絡があれば、コーベットは腹の中へ回収しに現れる。
コーベットは転移魔法が使えるが、安全を確立するため正確な位置情報が必要だった。最初からハンターは犠牲にするつもりで、緑色の魔法石を手にいれる計画だと確信した。
西尾くんも覚悟を決めて、ある人を通じて伍番隊に出動させた。それは西尾くんがクリスタルドラゴンを倒したとなると問題があるからだ。
そして緑色の魔法石を欲しがるドラゴンが現れるのを待った。それを救出するのは伍番隊。運良くクリスタルドラゴンが540階に移動したというが、それは西尾くんが鞭で上へ追い立てたからに過ぎない。
その途中で伍番隊の隊長に姿を見られてしまったのだそうだ。鞭は非常にコントロールが難しい。540階できる人間は西尾くんだけだからね。伍番隊の隊長とは知り合いだから他に漏れることはないだろうが、コーベットを逃したのはまずかった。 西尾くんは君にコーベットを倒してもらいたかったと思う」
「オレはできませんでした」
「それも想定内だ。そしてその反面、ほっとしているんだ。
君は優しすぎた。ちゃんと人格があるから、人を殺せなかった。魔人としてはダメだけど、首輪をして平和に過ごせるなら、それでいいんだよ。
隊員になったからといって、良いことなんてひとつも無いよ。530部隊はゴミ部隊でも、軍の組織だ。君は貴族の出身だから分からないだろうけど、軍隊というのは上官の命令は絶対だ。死ねと言ったら、死ぬ覚悟が必要だ」
サイは驚いて声も出ない。
「人権無視! そんな非道なお願いを聞いちゃうんですか!?」
「大いなる目的のためなら殺人をも正当化する。それが戦争であり軍部だ」
「軍は民間人を守るためにあると教えられました」
「一理あるが、味方の民間人を守るためと言いながら、軍はどんな悪事も正義にする。偽の情報を流して民意を思う侭に動かせば、軍は無敵だ」
サイはしばらく考えていた。
「オレの両親が殺されたことも正義にされているんですね?」
花梨は頷いたので、サイは拳を握りしめた。
「コーベットが言っていました。フォンデール家にあった緑色の魔法石を狙って、上官たちが勇んで奪いあった。つまりオレの敵は軍そのもの。その軍隊に入ろうとしていたなんて、オレは自分の愚かさが悔しい! オレ、絶対に軍に入ったらダメだったんだ」
花梨は首を振った。
「分かってないな。じゃあ、どうやって上に行く? 駐留軍が支配するこの街で、軍を否定したら、息をして、生きていく場所は無いぞ。西尾くんは君にどうしろと言ったんだ?」
「――それは何が足りなかったのか、自分で考えろと」
「答えは出たの?」
サイは頷いた。
「ペットとしての自覚を持つこと」
※ ※ ※
「失礼いたしまず」
花梨はいやな予感がした。
銀色の防火服に身を包み、ガスマスクをつけた人物……中身が見えなくても西尾としか考えられない。
「520階べ行っできまず。づぎまじでば青と白の魔法石を戴きにまいりましだ。不死鳥の羽ば二十枚で宜しいでじょうが」
花梨は頷いた。
「声がおかしい。休憩しないで大丈夫かい?」
「お構いなぐ。ただの風邪でず」
間違いなく、寒い場所にいたせいだ!
「熱は測ったの? 寝たほうが良策だと思うよ」
「不死鳥が蘇るまで、24時間を切りましだ。次の燃焼日まで待てまぜん」
「えぇ?――大変だなぁ。誰かに頼めないの? 弱った身体で520階は熱中症になるよ」
「俺の他に行ける者などおりまぜん」
花梨はサイを見た。
「彼に行ってもらおうよ」
西尾は首を振った。
「ペットを単独で行動させるわけにば……」
花梨は両手を合わせてバチンと叩いた。一本締めである。
「はい、決まり。李とセットで不死鳥の羽、二十枚! 達成したら隊員にする。西尾くんは休むのが条件だからね!」