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530部隊よ這い上がれ! 僕らは戦う清掃員  作者: またきち+
540階 魔法石の氷原
7/22

創始者アルバーン

 

 人間の声だと直感で思ったのは、その声にモンスターのような狂暴性や魔性を感じなかったからだ。極めて常識的で知性を備えている。


 けれど声が聞こえたからといって、今の危機的状況が変わるわけでもなく、立ち上がればコーベットに殴られる。解決の糸口を探すほうが先決だ。


 そこへ再び声が重々しく響いてきた。


 ――我が名はアルバーン。聞こえなかった?


 聞こえている。長く地底で眠っていたなら、もう少し寝ていてくれ。あいにく今、こちらは忙しい。


 ――おい、ここは驚くところだぞ。普通テレパシー初体験とか驚くだろ。その態度、あり得ない!


 サイは腹立たしかった。一生懸命に解決方法を考えているのに声をかけられると、集中できない。どうせ口ばかりで助けてくれないくせに、うるさいんだよ! こっちは必死なのだ。


 そういう心の声が向こう側に通じたらしい。アルバーンは不機嫌な声で返答してきた。


 ――いいアドバイスをしてやろうと思ったのに、そうか。要らないんだな、じゃあな!!


 人の心に勝手に乱入してきて、素直な心境にタテマエなど立てられるものか。長く生きて賢者並みに頭が良さそうだが、子供じみている。拗ねていなくなる程度なら二度と話しかけないでほしい。


 ――なんと生意気な、そのような非常事態に陥っていながら、私の優しさを拒むか!


 優しさ? いやいや優しさ感じないから。

 すっごい邪魔してるよ! こっちは出血多量で死にそうなのに、無駄に話かけて体力奪うなよ!


 そういう心のツッコミもアルバーンに届いてしまっている。

 アルバーンの笑い声がしばらくテレパシーで流れてくる。長い。長すぎる。電話回線なら引き千切ってしまいたい。


 ――自分の力に気付いておらぬな。このゾンビめ。


 サイはモンスターであることを自覚したばかりだが、貶される覚えはない。

 多少打たれ強くなって、特技といえば目の前が魔法石でいっぱいになるだけ。斬られても腐っても死なないド根性モンスターと一緒にしないでほしい。


 ――多少? よもや私が与えた能力に不備があったのかもしれぬ。二度がけは命の危険を伴うが、お前ならどうでもいい。さっさと受け取って危機を脱しろ。じゃあな!!



 どうでもいいって……酷いよ。


 サイは朦朧としてきた。

 出血が酷いせいで手足が重い。

 アルバーンは意味不明。

 コーベットに勝てる見込みは……無い。


 結果はダメだろうしか出てこない。何をやってもダメな人生だったから当然の成り行きか。


 ――畜生


 無力でも拳の中にある指輪の存在を強く感じた。まだ指が動く。この指輪だけは奪われたくない。手が握れているうちに指輪を填め、西尾の助けが来るのを祈った。


 ……来るはずないか。


 サイの脳裏に西尾の顔が思い浮かび、「甘えるなクズ」と毒づかれた。だからサイは笑うしかない。結局自分は甘えん坊で、何も達成できないクズなのか。


 ――お母さまは綺麗な人だった。見た目だけじゃなくて、清らかな人だったなぁ。もうすぐオレも逝くよ。


 逝く?

 逝くだろ、普通は。


 普通じゃない? あのアルバーンってヤツのおかげか? いや違うな。もっと前からだ。だって痛いって思ったことは、もっとたくさんあった気がする。


 まだいける。


 西尾の毒は星粒のように小さな希望に変わった。


『お前の母は姿美しく、心清らかで、世の中の不正に遭い、抹殺されたのだ。全てを滅ぼす魔神の末裔ならば滅ぼせ、コーベットごときに負けるはずがない』


 サイは呟いて自分を鼓舞する。

「美しく、清い。でも正しいことを証明しなければ!」



 諦めても、諦めなくても結果は出る。だったら諦めない方がいい。自分で限界を決めるのはやめだ。


 腱の切れた足はどれだけ動かそうとしても動かないが、腕は少し動く。だいたいがダメでも、全部がダメになったわけではない。

 サイが身体に力を込める。疲弊した筋肉でもまだ血は通っている。動くなら動かせ!


 コーベットはハンターを殺す手間が省けたと笑っている。どのみちヨロイトカゲは殺される運命だったのか。


「お前もゴミだ。クズだ。さっさと死ね!」


 コーベットの一撃がサイの心臓を突き刺した。

「――!」


 もう血が回ってこない。力が抜けて視界が真っ暗になっていく。


 人生にどん底というものがあるなら今がそうなのかもしれない。でも不思議だ。どん底は悲しむ必要がなかった。もうそれ以上の悲劇は無いから。


 だから、ただ上に向かって這い上がる。

 二度と落ちないように、しっかりとコーベットの首を掴んで、へし折れるまで……。




 終了。


 


 そう思ったのに、なぜか眩しい。きっと天国だ。目の前に天使がいる。

「あぁ。起きた起きた」

 黒い手袋がチラチラと揺れているのを目で追った。


 どれくらい時が経っているのか。先ほどまでいなかった剣士がいる。橙色の長い髪はいい匂い。サイよりも少し年下の少女。整っているのは顔だけでなく、しっかり者のようだ。


 何やら騒がしい。手足を拘束されているが、上に毛布がかけられていた。

「生存確認完了。怪我は無いようです。回収します」



「青井、こっちへ持ってこい」

「了解しました」


 ――青井さんというのか。可愛いなぁ。


 サイが夢見心地でうっとりしていると、首輪に紐をかけられて、そのままずるずると岩場を引きずられる。かなりの筋力だ。


「痛い! 痛いってば」

 急いで立ち上がると毛布が落ち、青井が悲鳴を上げた。続けてサイも悲鳴をあげて局部を隠した。


 後方から来た男が、サイを殴った。

「この変態! 恥知らず! レディの前だぞ」


 サイは自問自答した。俺が悪いのか? 服が溶けたのは不可避だ。

 それに急に引っ張る方が悪いんだろ。でも俺は元貴族。レディファーストってこういうことか?


「溶けない服……下さい!」


 その言葉に男は同情し、白いロングコートを譲ってくれた。名前入りで、アルバール・ラファティと書いてあった。


「ありがとうございます。アルバーンさん」

 アルバールは露骨に嫌な顔をした。


「アルバール、ルだ、よく見ろ」


「すみませんです。アルバールさん。俺、助かったんですか? ……それともどこかに売り渡されるんですか?」


「助かったんだ。ドラゴンに食われたようだな」


「それもありますけど。コーベットという男に襲われて、意識を失っていたんです」

「コーベット中尉?」


 サイはほっとして、周囲を見渡す。そこはクリスタルの岩場である。そしてその一角に慣れ親しんだドレスの遺骸がある。


 サイは走って骨を素手でかき集めた。ボロボロと涙が止まらない。


 ――お母さま。なんという御姿に……。


 悲しみに暮れていると、青井が入れ物を持ってきた。

「丁重に埋葬させていただきます」


 サイはゆっくりと頷いた。

「大切な人だったんです。ありがとうございます」


 サイが上を見上げると高い天井が見えた。もう涙はこぼしたくない。この悔しさは上の階に行って、爆発させる。



 この恨みは絶対に晴らす!



「……何があったのですか?」


 アルバールが答えた。

「クリスタルドラゴンが下から540階へ移動したところで真横にスライスした。コーベットとは中尉のことか?」


「ドラゴンハンターはそう呼んでいました」


「石になったヤツか。半分になって割れたから、元には戻らないから証明できないのは悔しいが……。そうかコーベットがいたのか。貴様はコーベット中尉のペットか?」

「違います!」


「じゃあどうしてクリスタルドラゴンの腹の中にいたんだ?」


「西尾さんと別れてしまって」

 アルバールはサイの首輪の文字に気付いて、嫌な顔をした。


「西尾のヤツ! レアモンスターをペットにするなんて!」

 伍番隊の隊長に報告すると、サイを連れ、本隊とは別方向へ向かった。



 どこまでも続く魔法石の平原は単調で、ゴールが見えない。

「俺はアルバール・ラファティ。ラファティ家はアルバーンの直系で、祖父が創始者の信奉者。そのせいで、紛らわしい名前になった。伍番隊で中堅魔導士をしている」


「5番って。ひと桁の部隊じゃないですか。魔神討伐最有力の、奇跡の部隊ですよね!」

 数字が少ないほど部隊は強くなるのだから、530部隊と比べれば、もの凄く強い。


「俺はそれほど強くない。魔力は強いが、こなせる魔法の数が少なくてな。隊長や青井は本当に強くて、体力だけ比べたら俺は凡人だ」


 おそらく実力はあるであろうがアルバールの自信のなさ。そこにサイは共感できる。


「伍番隊のみんなはさらに下の階を目指した。俺が別行動なのは、実力がなくてついていけないから、お遣いに出されたんだよ。俺の白い服が汚れると、軍の幹部が目くじらをたてて怒る。だから危ない場所には同行させてもらえないんだ」


 サイは少し可哀想に思えてきた。

「でも白い軍服、格好いいです」


「民間人の服装だが、軍のことは知っているのか?」

「いえ……あまり分かりません」


「軍服の色は白・黒・青・赤・黄・茶・緑に選別される。白は汚れない色だ。軍の幹部のみが着ることができる。でも俺は家柄で選ばれただけで、実力ではないから嬉しくもなんともない」


「実力が無いって、俺のこと助けてくれたのはアルバールさんでしょう?」

「何のことだ?」


「テレパシーで呼びかけてくれて、アドバイスしようとしてくれた」


「覚えが無い。それにテレパシーはお互いに対の魔法石を持っていなければできない技術だ。誰と勘違いしているんだ?」


 サイの顔色が青くなった。


アルバールではなくてアルバーン。



 創始者のアルバールはとっくに死んでいる。だとしたらあれは幽霊だ。地の底で眠っていると言っていたではないか。怖すぎる!


「コーベットはどうなったのですか?」

 サイは話題を変えようと必死だ。

 

「姿は無かった。本当にコーベット中尉だったのか?」


「黒い軍服を着て、階級章とかいっぱいついていました」


「あの人は中尉だが、昔はひと桁部隊に入っていた。黒い軍服は何モノにも染まらない強さ。すなわちダンジョン最強を表す」


 サイは出会った時の詳細を話すとアルバールは頷いた。

「やはりドラゴンハンターと。やけに金回りが良く、上層部から調べろと言われていたところだ。運よく情報が入って我々が駆り出された。


 情報収集は専門部隊に任せたいところだが、540階では実力的に無理があってな。ここはひと桁部隊しか出入りしない場所なんだ」


「え? そうなんですか? だって西尾さんがいましたよ」


「西尾の話は腹が立つだけだからやめてくれ。あいつは本物のクズだ」

「クズ?」

 アルバールは西尾のことを知っているようだが、それ以上聞き出せなかった。




 しばらく歩くと氷の平原に不似合いな豪華なテントと、小さな簡易テントが並んでいる。さらに近づくと、防寒具とサングラスで完全防備した男が仁王立ちしている。


「西尾さん!!」

 サイは喜々として駆け寄る。


「ラファティ家の御曹司。八分二十秒、配達が遅いぞ。紅茶が冷めてしまうではないか!」


 アルバールは苛立った。

「落し物係がペットを落とすな!! 拾ってやって、しかも届けてやったんだ、すごく感謝しろ」


 西尾はきっちりと腰から頭を下げた。

「ありがとうございました! 御曹司!」


「御曹司言うな! ムカつくの知ってて言うな!

 どうせお前が情報流して伍番隊動かしたんだろう! 幹部でもないのに図々しいんだよ! 顔が効くからって出しゃばるな!」


「さすが御曹司! 想像力が豊かです。情報があれば提供するのが軍人の役目! しかし、いただけるものは頂戴いたします。軍人でも!」

「いただくものって?」


 西尾の皮肉めいた笑み。

「貴様の知ったところでは……ない!!」


「――この野郎」


「さっさと帰ってコーベットの口を割るんだな。知っているか? その緑色のモンスターは力の放出が下手でな、放射能レベルが高い。そのまま一緒にいると、一時間以内に毒殺されるぞ!」


 アルバールは飛ぶように退いて怯んだ。

「魔神の末裔!!」


「そいつの瘴気で死なないのは俺だけだ。お前のところの隊長は馬鹿なのか、それともお前を殺したいと思っているのか。


 私は後者だと睨んでいるが、好き勝手に信じ込むといい! お疲れ!」


 西尾が敬礼している。アルバールは飛ぶように逃げていく。


「アルバール!」

 西尾は少しだけ呼び止めた。


「我々は誇り高く! 不正を許さず! 美学を貫く!」

 西尾の声は遥か遠方にまで轟いている。


「そして魔神を倒す。軍の悪略には決して従わない! だから貴様だけは……ずる賢く生きのびろ!」


 アルバール・ラファティは聞こえないフリをしたが愚痴が出た。


「軍人が大声で言うな! 愚か者!」



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