創始者アルバーン
人間の声だと直感で思ったのは、その声にモンスターのような狂暴性や魔性を感じなかったからだ。極めて常識的で知性を備えている。
けれど声が聞こえたからといって、今の危機的状況が変わるわけでもなく、立ち上がればコーベットに殴られる。解決の糸口を探すほうが先決だ。
そこへ再び声が重々しく響いてきた。
――我が名はアルバーン。聞こえなかった?
聞こえている。長く地底で眠っていたなら、もう少し寝ていてくれ。あいにく今、こちらは忙しい。
――おい、ここは驚くところだぞ。普通テレパシー初体験とか驚くだろ。その態度、あり得ない!
サイは腹立たしかった。一生懸命に解決方法を考えているのに声をかけられると、集中できない。どうせ口ばかりで助けてくれないくせに、うるさいんだよ! こっちは必死なのだ。
そういう心の声が向こう側に通じたらしい。アルバーンは不機嫌な声で返答してきた。
――いいアドバイスをしてやろうと思ったのに、そうか。要らないんだな、じゃあな!!
人の心に勝手に乱入してきて、素直な心境にタテマエなど立てられるものか。長く生きて賢者並みに頭が良さそうだが、子供じみている。拗ねていなくなる程度なら二度と話しかけないでほしい。
――なんと生意気な、そのような非常事態に陥っていながら、私の優しさを拒むか!
優しさ? いやいや優しさ感じないから。
すっごい邪魔してるよ! こっちは出血多量で死にそうなのに、無駄に話かけて体力奪うなよ!
そういう心のツッコミもアルバーンに届いてしまっている。
アルバーンの笑い声がしばらくテレパシーで流れてくる。長い。長すぎる。電話回線なら引き千切ってしまいたい。
――自分の力に気付いておらぬな。このゾンビめ。
サイはモンスターであることを自覚したばかりだが、貶される覚えはない。
多少打たれ強くなって、特技といえば目の前が魔法石でいっぱいになるだけ。斬られても腐っても死なないド根性モンスターと一緒にしないでほしい。
――多少? よもや私が与えた能力に不備があったのかもしれぬ。二度がけは命の危険を伴うが、お前ならどうでもいい。さっさと受け取って危機を脱しろ。じゃあな!!
どうでもいいって……酷いよ。
サイは朦朧としてきた。
出血が酷いせいで手足が重い。
アルバーンは意味不明。
コーベットに勝てる見込みは……無い。
結果はダメだろうしか出てこない。何をやってもダメな人生だったから当然の成り行きか。
――畜生
無力でも拳の中にある指輪の存在を強く感じた。まだ指が動く。この指輪だけは奪われたくない。手が握れているうちに指輪を填め、西尾の助けが来るのを祈った。
……来るはずないか。
サイの脳裏に西尾の顔が思い浮かび、「甘えるなクズ」と毒づかれた。だからサイは笑うしかない。結局自分は甘えん坊で、何も達成できないクズなのか。
――お母さまは綺麗な人だった。見た目だけじゃなくて、清らかな人だったなぁ。もうすぐオレも逝くよ。
逝く?
逝くだろ、普通は。
普通じゃない? あのアルバーンってヤツのおかげか? いや違うな。もっと前からだ。だって痛いって思ったことは、もっとたくさんあった気がする。
まだいける。
西尾の毒は星粒のように小さな希望に変わった。
『お前の母は姿美しく、心清らかで、世の中の不正に遭い、抹殺されたのだ。全てを滅ぼす魔神の末裔ならば滅ぼせ、コーベットごときに負けるはずがない』
サイは呟いて自分を鼓舞する。
「美しく、清い。でも正しいことを証明しなければ!」
諦めても、諦めなくても結果は出る。だったら諦めない方がいい。自分で限界を決めるのはやめだ。
腱の切れた足はどれだけ動かそうとしても動かないが、腕は少し動く。だいたいがダメでも、全部がダメになったわけではない。
サイが身体に力を込める。疲弊した筋肉でもまだ血は通っている。動くなら動かせ!
コーベットはハンターを殺す手間が省けたと笑っている。どのみちヨロイトカゲは殺される運命だったのか。
「お前もゴミだ。クズだ。さっさと死ね!」
コーベットの一撃がサイの心臓を突き刺した。
「――!」
もう血が回ってこない。力が抜けて視界が真っ暗になっていく。
人生にどん底というものがあるなら今がそうなのかもしれない。でも不思議だ。どん底は悲しむ必要がなかった。もうそれ以上の悲劇は無いから。
だから、ただ上に向かって這い上がる。
二度と落ちないように、しっかりとコーベットの首を掴んで、へし折れるまで……。
終了。
そう思ったのに、なぜか眩しい。きっと天国だ。目の前に天使がいる。
「あぁ。起きた起きた」
黒い手袋がチラチラと揺れているのを目で追った。
どれくらい時が経っているのか。先ほどまでいなかった剣士がいる。橙色の長い髪はいい匂い。サイよりも少し年下の少女。整っているのは顔だけでなく、しっかり者のようだ。
何やら騒がしい。手足を拘束されているが、上に毛布がかけられていた。
「生存確認完了。怪我は無いようです。回収します」
「青井、こっちへ持ってこい」
「了解しました」
――青井さんというのか。可愛いなぁ。
サイが夢見心地でうっとりしていると、首輪に紐をかけられて、そのままずるずると岩場を引きずられる。かなりの筋力だ。
「痛い! 痛いってば」
急いで立ち上がると毛布が落ち、青井が悲鳴を上げた。続けてサイも悲鳴をあげて局部を隠した。
後方から来た男が、サイを殴った。
「この変態! 恥知らず! レディの前だぞ」
サイは自問自答した。俺が悪いのか? 服が溶けたのは不可避だ。
それに急に引っ張る方が悪いんだろ。でも俺は元貴族。レディファーストってこういうことか?
「溶けない服……下さい!」
その言葉に男は同情し、白いロングコートを譲ってくれた。名前入りで、アルバール・ラファティと書いてあった。
「ありがとうございます。アルバーンさん」
アルバールは露骨に嫌な顔をした。
「アルバール、ルだ、よく見ろ」
「すみませんです。アルバールさん。俺、助かったんですか? ……それともどこかに売り渡されるんですか?」
「助かったんだ。ドラゴンに食われたようだな」
「それもありますけど。コーベットという男に襲われて、意識を失っていたんです」
「コーベット中尉?」
サイはほっとして、周囲を見渡す。そこはクリスタルの岩場である。そしてその一角に慣れ親しんだドレスの遺骸がある。
サイは走って骨を素手でかき集めた。ボロボロと涙が止まらない。
――お母さま。なんという御姿に……。
悲しみに暮れていると、青井が入れ物を持ってきた。
「丁重に埋葬させていただきます」
サイはゆっくりと頷いた。
「大切な人だったんです。ありがとうございます」
サイが上を見上げると高い天井が見えた。もう涙はこぼしたくない。この悔しさは上の階に行って、爆発させる。
この恨みは絶対に晴らす!
「……何があったのですか?」
アルバールが答えた。
「クリスタルドラゴンが下から540階へ移動したところで真横にスライスした。コーベットとは中尉のことか?」
「ドラゴンハンターはそう呼んでいました」
「石になったヤツか。半分になって割れたから、元には戻らないから証明できないのは悔しいが……。そうかコーベットがいたのか。貴様はコーベット中尉のペットか?」
「違います!」
「じゃあどうしてクリスタルドラゴンの腹の中にいたんだ?」
「西尾さんと別れてしまって」
アルバールはサイの首輪の文字に気付いて、嫌な顔をした。
「西尾のヤツ! レアモンスターをペットにするなんて!」
伍番隊の隊長に報告すると、サイを連れ、本隊とは別方向へ向かった。
どこまでも続く魔法石の平原は単調で、ゴールが見えない。
「俺はアルバール・ラファティ。ラファティ家はアルバーンの直系で、祖父が創始者の信奉者。そのせいで、紛らわしい名前になった。伍番隊で中堅魔導士をしている」
「5番って。ひと桁の部隊じゃないですか。魔神討伐最有力の、奇跡の部隊ですよね!」
数字が少ないほど部隊は強くなるのだから、530部隊と比べれば、もの凄く強い。
「俺はそれほど強くない。魔力は強いが、こなせる魔法の数が少なくてな。隊長や青井は本当に強くて、体力だけ比べたら俺は凡人だ」
おそらく実力はあるであろうがアルバールの自信のなさ。そこにサイは共感できる。
「伍番隊のみんなはさらに下の階を目指した。俺が別行動なのは、実力がなくてついていけないから、お遣いに出されたんだよ。俺の白い服が汚れると、軍の幹部が目くじらをたてて怒る。だから危ない場所には同行させてもらえないんだ」
サイは少し可哀想に思えてきた。
「でも白い軍服、格好いいです」
「民間人の服装だが、軍のことは知っているのか?」
「いえ……あまり分かりません」
「軍服の色は白・黒・青・赤・黄・茶・緑に選別される。白は汚れない色だ。軍の幹部のみが着ることができる。でも俺は家柄で選ばれただけで、実力ではないから嬉しくもなんともない」
「実力が無いって、俺のこと助けてくれたのはアルバールさんでしょう?」
「何のことだ?」
「テレパシーで呼びかけてくれて、アドバイスしようとしてくれた」
「覚えが無い。それにテレパシーはお互いに対の魔法石を持っていなければできない技術だ。誰と勘違いしているんだ?」
サイの顔色が青くなった。
アルバールではなくてアルバーン。
創始者のアルバールはとっくに死んでいる。だとしたらあれは幽霊だ。地の底で眠っていると言っていたではないか。怖すぎる!
「コーベットはどうなったのですか?」
サイは話題を変えようと必死だ。
「姿は無かった。本当にコーベット中尉だったのか?」
「黒い軍服を着て、階級章とかいっぱいついていました」
「あの人は中尉だが、昔はひと桁部隊に入っていた。黒い軍服は何モノにも染まらない強さ。すなわちダンジョン最強を表す」
サイは出会った時の詳細を話すとアルバールは頷いた。
「やはりドラゴンハンターと。やけに金回りが良く、上層部から調べろと言われていたところだ。運よく情報が入って我々が駆り出された。
情報収集は専門部隊に任せたいところだが、540階では実力的に無理があってな。ここはひと桁部隊しか出入りしない場所なんだ」
「え? そうなんですか? だって西尾さんがいましたよ」
「西尾の話は腹が立つだけだからやめてくれ。あいつは本物のクズだ」
「クズ?」
アルバールは西尾のことを知っているようだが、それ以上聞き出せなかった。
しばらく歩くと氷の平原に不似合いな豪華なテントと、小さな簡易テントが並んでいる。さらに近づくと、防寒具とサングラスで完全防備した男が仁王立ちしている。
「西尾さん!!」
サイは喜々として駆け寄る。
「ラファティ家の御曹司。八分二十秒、配達が遅いぞ。紅茶が冷めてしまうではないか!」
アルバールは苛立った。
「落し物係がペットを落とすな!! 拾ってやって、しかも届けてやったんだ、すごく感謝しろ」
西尾はきっちりと腰から頭を下げた。
「ありがとうございました! 御曹司!」
「御曹司言うな! ムカつくの知ってて言うな!
どうせお前が情報流して伍番隊動かしたんだろう! 幹部でもないのに図々しいんだよ! 顔が効くからって出しゃばるな!」
「さすが御曹司! 想像力が豊かです。情報があれば提供するのが軍人の役目! しかし、いただけるものは頂戴いたします。軍人でも!」
「いただくものって?」
西尾の皮肉めいた笑み。
「貴様の知ったところでは……ない!!」
「――この野郎」
「さっさと帰ってコーベットの口を割るんだな。知っているか? その緑色のモンスターは力の放出が下手でな、放射能レベルが高い。そのまま一緒にいると、一時間以内に毒殺されるぞ!」
アルバールは飛ぶように退いて怯んだ。
「魔神の末裔!!」
「そいつの瘴気で死なないのは俺だけだ。お前のところの隊長は馬鹿なのか、それともお前を殺したいと思っているのか。
私は後者だと睨んでいるが、好き勝手に信じ込むといい! お疲れ!」
西尾が敬礼している。アルバールは飛ぶように逃げていく。
「アルバール!」
西尾は少しだけ呼び止めた。
「我々は誇り高く! 不正を許さず! 美学を貫く!」
西尾の声は遥か遠方にまで轟いている。
「そして魔神を倒す。軍の悪略には決して従わない! だから貴様だけは……ずる賢く生きのびろ!」
アルバール・ラファティは聞こえないフリをしたが愚痴が出た。
「軍人が大声で言うな! 愚か者!」




