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530部隊よ這い上がれ! 僕らは戦う清掃員  作者: またきち+
540階 魔法石の氷原
6/22

コーベット中尉




 サイは横に長くのびた洞窟を歩いていた。

 薄暗いがクリスタルが壁や足元から光を放ち幻想的だ。外はマイナス30度であったから、かえって心地よい。


 天井からの水滴は酸性なのか、服が溶け始めているし、靴も溶けて先が割れてしまった。この現象が無ければドラゴンの中だということを忘れてしまうところだ。


 少しでも頭が回転する人間なら、この状態がかなり危険であることを察知できるはずだ。濡れない場所を求めて先へ進む。


「服が溶けるっていうことは……。また全裸!?」

 サイは身体よりもトランクスを死守した。



 しばらく歩くと話し声がした。

 やはり一人は嫌である。不安と孤独からは解消されて嬉しい。だが、遠い暗闇に、おぼろげな姿が見えてくるとがっくりと肩を落とした。ファンタジー要素たっぷりの姿だ。


 オレは人間に会いたいんだよ!!


 いやいや、コスプレという筋もある。または遠隔操作のロボットとか可能性は尽きないだろ! または獣人とか? まだ期待を捨てるのはやめよう。ひょっとして、ものすごくフレンドリーかもしれないし?


 コスプレにしてはリアルだ。動きはスムーズで遠隔操作ロボットも否定される。そして洞穴の天井まで届きそうな大きさ。 ヨロイトカゲの本物は掌サイズなのに、こいつは狭い洞窟をまるごと塞ぐ大きさだ。大きくトゲトゲして、当たったら痛そう。尻尾を自在に振り回している。

「トカゲも進化したんだなぁ。ははは」


 洋服とまでいかないが、ヨロイトカゲのウエスト周りは酸でも溶けない腰巻きと剣がある。つまり人並みに羞恥心があるほど頭が良くて、戦闘的だ。

「畜生、モンスターだよ」


 実はちょっと泣きたくなる。

 貴族だったから、ダンジョンに入ったことがなかったし、街にモンスターなんていなかった。


 昔からモンスターは絵本と映像の世界のもの。実際に地下ダンジョンに行った人の英雄譚を聞いても、せいぜい入口までの話。穴の底が500階も下で、深いことすら知ったばかりだ。


 はじめて会った穴の底のモンスター。

 モグラ系で、暗闇で姿が見えなかった。


 その他の雑魚モンスター。

 西尾が鞭で瞬殺するので気づきもしなかった。


 クリスタルドラゴン。

 あまりに大きく、そのうえ保護色でキラキラしていた。


 だから人生初の、生モンスターがヨロイトカゲ野郎だ。


 関わってはならない危険なオーラがある。見つかれば襲われることは本能で分かる。

 こちらはほぼ全裸。武器は拳だけ。六日程度のダンジョン経験値。初期ステータスは元・貴族。どう転んでも勝ち目がない。


 サイは見つからないように這いつくばり、じりじりと近づいた。

 もしかしたら味方になってくれるかもしれないという淡い希望を託し、会話の内容に耳を傾ける。


「さすが深層階のドラゴンだぜ。上等な貴金属をたっぷり食っていやがる」


 ――ドラゴンハンター?


 少し前ならば、ドラゴンハンターと聞いて喜んだ。

 恰好のよい冒険者で、狂暴で残酷なドラゴンを倒してくれる。


 しかし三日間、西尾のムダ話を聞いていたおかげで認識が変わった。ドラゴンに狂暴性はあるものの、本来は人の世界にはあまり介入してこないものだという。


 西尾の言葉が耳にこびりついている。

『ドラゴンよりも人間のほうが残酷だ』


 ハンターはドラゴンを捕獲し街へ放つ。貴金属を主食とするドラゴンは自然と強奪を繰り返す。腹が膨らんだら、ハンター自身が腹の中に一度入り、比較的柔らかい内臓を斬ってドラゴンを殺し貴金属を回収する。死んだあと鱗や肝などはアイテムとして売りさばくという。それがドラゴンハンターなのだ。


 サイにとっては腹の立つ話である。

 軍の重要物資倉庫は守りが固いため、ドラゴンの脅威は及ばない。盗まれる貴金属は貴族の屋敷からのもの多かった。


 昔、パーティの席で友人らが憤慨していた。館を焼かれて再建した自慢話。でも使用人が火事の巻き添えになったり、思い出が焼かれていくことは許せない。




 一方、ドラゴンハンター影に軍人が隠れていた。

 黒い軍服に勲章や階級章など、たくさんついていて、偉そうに語っている。

「このクリスタルドラゴンの主食は魔法石。しかも緑色ばかり食べる特異種だ」


「中尉も目のつけどころが良いですねぇ。滅多に手に入らない緑色を手に入れるためにクリスタルドラゴンを使うなんて。想像できませんでしたよ」


「それはそうだろう。特異種は認知度が低い。540階にしか生息しないレアモンスター。それにアスタロットで540階に単独で来ることができる実力者は、片手にも満たない数だろうな」


「ホント、この階まで来るまでが大変でした。なのにコーベット中尉ご本人が一瞬で現れるとは驚きました」


「貴様を送り込むために、特別編成部隊までをつくったのだ。苦労したのだぞ?」

「そうですね。ありがとうございます。でも中尉が一瞬で来れるのだったら、オレの必要は無かったのではないですか?」


「初めて行く場所は現場確認と安全確保が必要だろう? 遠隔地で、ドラゴンは移動をするんだぞ。いきなり私一人でドラゴンの腹に現れるのは無謀だよ」


「そうですよね!」

 コーベット中尉は手を差し出す。

「私を呼んだ、使用済みの魔法石があるだろう」

「あぁ、これですか?」

 ドラゴンハンターが見せると、中尉は握りつぶして砂となる。悪意のある笑みであったのは、それが唯一の、証拠になる品であったからだ。


「中尉?」

「さぁ、お宝をいただこうじゃないか」

 ドラゴンハンターは魔法石を袋に詰めていく。


 クリスタルドラゴンの腹の中であっても、緑色の魔法石は小さな粒の欠片ばかりで、大きいものはあまり無い。宝剣や朽ちた防具などもあり、それらはどれも高級でリサイクルショップに持っていけば金になる。


 コーベット中尉は笑いながら、あるものを探していた。

「一人の犠牲が出たせいで特別部隊は解散。私の思った通りだ。まさか被害者が、竜の腹の中で生きているとは軍の人間も思いつくまい」


「でもどうやってここから出るんですか? クリスタルドラゴンだけあって、いつものように内側から斬って脱出するには壁が固すぎます」


「心配するな。実力者なりの脱出方法がある。――見てみろ、このネックレス。かなりの上物だぞ」


 酸で溶けた貴族の女の骸を持ち上げると、骨がばらばらと散らばり、頭蓋骨が転がった。手の骨から指輪が外れて、サイの目の前まで転がっていく。


 萌えたばかりの若葉を模した緑色の魔法石の指輪だ。


 サイは目を疑った。

 叫びそうな想いと裏腹に、声が出なかった。


 木漏れ日の光をイメージした珠が散らばるデザイン。一流の宝石職人にデザインを依頼した一点もの。エバーグリーンの文字が内側に刻まれている。季節を問わずに常に美しい緑。不朽を意味する言葉。


 サイは指輪を握りしめ、突っ伏した。額を地につけて、ひたすら考えた。


 軍人が指輪を追いかけ、近寄ってくる。

「誰か竜に飲み込まれたみたいだな。まだ新しい。おやおや緑色の頭……ひょっとして、こいつモンスターか!」


 軍人はヨロイトカゲに目配せした。

「それ、超レアですよ。オークションで売りに出せば1千万、いや二千万はしますね」


 軍人は奇声を上げて喜んでいる。

「緑色の魔法石に緑色のモンスター!! まだ生きている。捕獲しろ!」


 ヨロイトカゲが近づいてくる。

「コーベット中尉のご命令とあらば」

 ヨロイトカゲは子供ドラゴン捕獲用の首輪を取り出す。


 サイは動けなかった。生き残ることに何の意味があるのか。どうでもよくなって、全身の力が抜けてしまった。


 それでも掌だけは固く握りしめている。ヨロイトカゲは指輪を取り返そうと拳を開こうとしたが、頑として叶わなかった。


「中尉、こりゃダメですわ。コイツ、首輪付きですよ」


 コーベットは憤慨した。

「ペットの飼い主は? 首輪に名前が書いてあるだろう!」


「WESTEIL」

 コーベットはしばらく黙っていた。


「ウエステイル?――西尾。白き流星の西尾尚斗か。ならば問題ない。流れ星は燃え尽きた。主を失って可哀想に。――かわい子ちゃん、私が新しい飼い主になってあげるよ?」


 優しい言葉で首輪に触れると、火花が散り、コーベットはひっくり返り、舌打ちした。


「首輪はまだ有効か。ひょっとして故障しているのかもしれん」


 サイは立ち尽くし、その痴態を呆然とみていた。

 コーベットの首回りにはフォンデール家所縁の宝石類がぶら下げられている。火が付いたように怒りが湧き上がった。


「このコソ泥が!!」

 コーベットは笑う。


「貴族の奴らは軍に守られているくせに騎士団なぞ作りおる。やたらと反抗的で厄介な連中よ。これぐらいの見返りがなければやっていられん」


「全部お前の仕業か!?」

 コーベットは顔を歪ませて笑っている。


「バカめ。狙う者など星の数ほどいるわ。何も知らないんだな。緑色の魔法石は魔神の力を含んでいる。誰もが欲しがる絶対的レアアイテムよ。これがフォンデールにあると知った時、上官らがどれほど浮足立ったことか。軍の奴らは勇んで奪い合ったものだ」


「軍が……」

 コーベットはサーベルを抜き、サイに突き付けた。

「ほら、緑。魔神の力出してみろ」


 サイは脅されても訳が分からず戸惑った。コーベットは笑いながら何度も斬りつけ、いたずらに血が流れた。


「弱い。弱すぎる。血も緑色かと思ったのに。緑色に髪を染めた人間かもしれんな。さてはスパイ? 誰の差し金だ?」


 コーベットはサイの処分をハンターに任せ、骨の瓦礫から貴金属を拾って詰めた。


 サイは赤い血の海から這い出て、立ち上がったが、自分の拳はあまりに弱く、ヨロイトカゲには届かなかった。反撃を受けて転がり、サイは倒れた。


トカゲは背中を突いて笑っている。

「なかなかしぶとい野郎だな。まだ生きていやがる。こいつの肉喰ったら、オレの魔力が上がるかもな?」


 ヨロイトカゲなんてどうでもいい。

 サイはコーベットしか見えていなかった。亡骸を犯す盗っ人。欲に目がくらむ卑しい目つき。



 やめろ。もうやめろ。

 その汚らわしい手で、お母さまに触るな!



 ヨロイトカゲに腕を掴まれて、噛まれた。

 怒りが増し、力が溢れてくる。どんな痛みも心の痛みほどではない。


「やめろ!!」


 ヨロイトカゲは突如起きた風に焦った。サイの圧力のある睨みが魔神を想像させる。


「――うご?」

 動くなと言えなかった。言う前に身体が固まっている。息ができず、意識が遠くなり白目を剥いた。ヨロイトカゲの魔力が漏れて結晶になっていく。



 コーベットは奇声を上げた。

「その力は末裔の証!」


サイが一歩進むと、足跡に魔法石の結晶が出来上がった。

「いい!――いいぞ! 戦闘能力は無いが、あふれ出る魔力! 使える。これでオレは億万長者だ!」


 コーベットの喜びは一瞬で恐怖に変わった。周囲が全て魔法石で埋め尽くされて、逃げ場所を失った。


「しかたない。斬るか。これだけ石があれば、お前は必要ないな」


「許さない」

 サイはコーベットに迫った。

 しかし斬られる一方で、一矢報いることもできないことには変わりなかった。サイは再び倒れた。


「馬鹿が突っ込んでくるからだ。力の差を思い知れ」

 サイは地を這った。何度立ち上がっても勝つための実力が無いから負けてしまう。


「――お前だけは許せない」

 決定打となるコーベットの一撃が振り下ろされた。


 負けられない。負けたくない。

 こんな汚い奴らに踏みにじられたまま終わりたくない。


 悔しい気持ちのまま、意識を失っていく。


 どん底というものがあるなら今がそうなのかもしれない。もう動けない。誰の何の役にも立てなかった。命をかけて復讐したのに、結果がこれだ。


 ――這い上がれ。


 声が聞こえた。

 耳を通じてではなく、心の声?


 幻か、自分の意思から出たものかと思ったが、聞いたことも無い人間の声だった。


 ――我が名はアルバーン。地底深く眠る者。




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