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530部隊よ這い上がれ! 僕らは戦う清掃員  作者: またきち+
540階 魔法石の氷原
4/22

落ちるとこまで落ちてみろ


 まだまだゴミの匂いはするが、野営に適した広い空き地に出た。


 ここは地下530階で、今までいた階層を探索するためのキャンプがある。数日滞在できる程度の設備があり、ベースキャンプとまではいかないが立派なテントが並んでいる。


 サイはいろいろ見てみたいが、まず一番に風呂のテントに押し込まれた。


「いいか! よく聞け。頭の洗浄は三十回以上! 身体は五十回以上必ず洗え! 俺が良しとするまで決して風呂からでるんじゃないぞ!」


「洗いすぎで血がでるよ! 普通に洗うから。それより西尾も入ったらいいじゃん。綺麗好きなんだろ?――オレのせいで汚しちまって。悪かったな」


 西尾は鼻で笑うが、ゴーグルと防塵マスクで相変わらず表情は分からない。

「俺はまだ仕事が残っている。いいか、頭の洗浄は……」

 そこはサイが無視する。


「あぁ……お風呂、最高!!」

 大浴場で泳ぎ回って、サイははしゃいでいる。風呂の鏡で全身をチェックするが、傷はひとつもない。昔とちがうのは髪が緑色になったことだけだ。


 本当に?


 やっぱり違う。昔と同じなら、サイ・フォンデールは貴族として生きている。だからここにいる緑頭の自分はサイ・フォンデールではない。


 フォンデールの名前は捨てた。


「オレはただのサイ。そうだろう?」

 鏡のオレを諭す。もっと覚悟が必要だ。



    ※    ※    ※


 西尾は別のテントに向かった。魔法石の入った瓶がたくさん並んでいる。


 石はそれぞれ色分けされ、どれも柔らかに発光している。部屋は七色に染まり、とても綺麗であるが、どれも魔法を含んでいて危険な煌めきだ。

 

 中央のテーブルで、レンズを片眼に嵌めて石をのぞき込む男がいた。魔法石加工用のエプロンに身を包み、宝石職人かブローカーのようである。


「花梨さん、ただいま帰りました」

「御帰り。よく帰ってこれたね。誰にも見られなかったかい?」


 花梨がレンズを置き、西尾に微笑みかける。ファンタスティックなテントにまたひとつ、華が増えた。歳若く、見目麗しい外見は整っていて、一般女性をはるかに凌ぎ、レベルが高い。


 たくさんの髪飾りと装飾品をつけて派手だ。指という指に指輪、ブレスレットにアンクレット。ネックレスを何本も重ね、そのどれもが魔法石をあしらっているのは基本的に防御のためだ。


 彼こそがここのキャンプの責任者であり軍人だ。


「はい。花梨さんよりは地味なので、さほど目立つこともなく。540階が賑やかなので、下階にて待機しておりました」

「クリスタルドラゴンかい? それとも人間のほう?」


 返事はなかった。西尾はゴーグルと防塵マスクを装備中だ。見た目だけでは誰か分からないから、ひとまず安心だろうが、世の中には鋭い感覚をもつ能力者がたくさんいる。


「どちらにしても見つかると大変だから、心配したよ」

「ご心配には及びません」


「そんな冷たい言い方しなくても……。だって久しぶりに500階がザワザワしている。君のことだから、また巻き込まれないかと心配したんだよ――収穫は? 緑色がもう在庫が無いよ」


「それなら大きいのがありました。風呂場で洗浄しています。あとで鑑定してください」

「へぇ。凄いね。どれくらい大きいの?」


「二年もので人間サイズです」

 花梨は立ち上がった。貴金属の着けすぎでジャラジャラと音がする。


「岩サイズの魔法石か。さすが西尾くん、よく運べたね! 何に装着しようか。新しい武器のコアとして使用できるかい?」


 西尾は失望した顔をした。

「言い間違いました。人間サイズではなく人型です」


「あの場所から人間が見つかったのか!」

 西尾は頷いた。


「モンスターか、モンスター級です」


 花梨はしばらく考えている。

「そうか、それは素晴らしいな」

 収穫したことに感激しているわけではなく、素晴らしい事案である。


「リサイクルしますか? 緑色はサイ・フォンデールと名乗っています」


「とりあえず人型なら、様子を見てみよう。しかしサイ・フォンデールとは……」


「部隊に誘ってはいかがでしょうか」

「お、西尾くんにしては積極的だね」


「詳しいデータはこちらです」

ノート型の画面を花梨に向ける。


「おぉ、この結果は素晴らしい。どれもずば抜けているけど……何これ、知能指数が低すぎる! これだけの才能があって、貴族のくせにおバカとかありえない。全然使えねぇじゃん!」

思わず声を荒げてしまった。期待したのに結果が残念すぎる。


 西尾は声音も変わらず、クールに徹した。

「お馬鹿は目標設定とか人生設計とかできません。保護が必要かと。ただ直感だけは驚くほど良い者もいます」


 花梨は悩んだ。

「西尾くんの目に適ったとなれば、再考の価値はあるよね」

「ありがとうございます」


「だけど能力が不明のままでは、いくら魔力が高かろうともゴミだよ?」


「承知しております。一度実物をご覧になってはいかがですか? レアですから、花梨さんなら気に入ると思います」


「まだいい。もっと精度が高めてからだ。変態は変態させないと使い物にならない」


「つまり素っ裸で破廉恥なモンスターもどきの変態サイ・フォンデールを、動植物が形態を変えるほうの“変態”させ、能力を解放し、使い物……使える“魔物”に変態させろ。という命令と捉えて宜しいでしょうか」


「詳しく説明したから話が長くなったじゃないか。時間は限られている。もっと端的に!」


「承知しました。では緑色に相応しい任務を!」


 花梨は書類の束を差し出した。

「どっちがいいか選んで。地下540階の永久凍土で氷漬けの竜を捜索するか、520階の火山地帯で不死鳥の羽を拾うか」


「つまり10階下は寒く、10階上は汗だく。汗だくは嫌なので寒い方にします」

花梨は美しい顔に似合わない悪い微笑みをする。


「そういうと思った。竜の捜索は大変だよ。ドラゴンハンターが捜索したけど、見つからなかった。いつの間にか元いた場所に戻されてしまう。 行けども行けども氷・氷・氷! それで、みんなギブアップ!」


「氷です」

 西尾の態度があまりに変わらないので花梨はつまらない。


「捜索の範囲は見当ついているけれど、あたらずと雖も遠からずって感じなんだよな。君の能力でちゃちゃっとパパパでシュルっとすれば解決できる。問題はそこへ辿り着くまでの過程だね」


「ちゃちゃっとパパパでシュルっでは大抵の人間は分かりませんが、作戦了解しました。再確認はいたしません。今から行ってきます」

 西尾は敬礼した。


「今帰ってきたのに。西尾くんは真面目だねぇ。まずは風呂に入ったらどうだい?」


 背中を見せた西尾がくるりと振り返った。

「嫌です。誰かが入った後の風呂など、まっぴら御免です。俺専用のシャワーブースで洗浄の後、再び地下に潜ります」


 花梨は屈託のない微笑みで西尾を送り出した。


 再び、魔法石と向き合って、美しい輝きを眺める。

「クレバスに落ちなければいいんだけどなぁ」


 あいにく花梨のこういう心配は外れたことがない。

 


    ※    ※    ※



 サイが支給された服は全て西尾の古着だが、嬉しかった。

 幅が広く、腰で履くようなボトムス。カジュアルな服はサイの好みに合っている。それとシャツが一枚。


 西尾は襟や袖の緩い服が嫌いで、どの服も一回も着ていないから事実上新品だ。(ちなみに西尾はパンツもトランクス派ではない。あの開放感がいいのに)



 だが、540階の永久凍土へ竜の捜索に出て三日経つ。何日も同じようなコースを巡る旅。


 よく考えてほしい。よく想像してほしい。

「寒いかもしれない! いや、普通寒いよね!!」


 現に西尾はフード付きの防寒コートに防寒用の全面マスクで肌はひとつも見えない。雪目防止のサングラスで重装備だ。山ほどの荷物が乗ったソリに乗り、サイに引っ張らせている。

「当然だ、マイナス30度だからな」


 西尾の呟きを排除するほどに、サイは元気だ。

「うおーー寒いから動くしかねぇ!!」


 天井の魔法石が光を放ち続けて、白夜のようにずっと明るい。だからサイは夜でも眠れないが、やはり元気なのである。


「三日目でようやく寒さに気が付いたか」

「そんなワケないでしょ。ずーっと我慢してますよ!」


「一応感覚は正常のようだな」

「人間ですから! メシも食わせてもらえないし」


 西尾はクソ真面目に機械に入力する。

「体力はある。気力も良し。今頃クレームをいう気楽さも加点してろう。一応合格点だ。次は食事をだしてやろう。テントは自分で貼れ」


「やった!! そうか、今までのは試験だったんですね!」

「いや別に。忘れていただけだ」


「え?」

 西尾が笑っている。冗談だったらしい。

 顔は見えないが、三日も付き合えば空気で分かる。


「もうオレ、犬ソリのワンコじゃないし! 荷物持ちしませんからね! 前みたいに魔法石でいっぱい人間を出したらいいじゃないですか!」


「無駄な消費は資源の無駄だ。そこに人間がいるのに、人間もどきを出す必要は無い」

 西尾はサイの首元を指摘した。

「首輪、似合っているよ」


 飴と鞭だ。人間と認めてくれる一方で、労働環境が厳しすぎる。


「雇用形態確認させて! というか基本的人権の尊重! 人道主義に反する行為でしょ!」


「ほう、意外に単語を知っているな」

「単語って。オレ、元は貴族だけど!」


 西尾はしばらく黙った。

「元は貴族だけど、今は違う。首輪付きにしないと、緑色の肌と髪はハンターに狩られるぞ」

「緑アタマはここに落ちてからだけど、瞳は生まれつきだ。別に狩られることもなかったよ」


「ここをどこだと思っている。上層階とは違うぞ」

「! 540階には法律は及ばないってことか」


「そういうことだ。今のままでは任務に出した意味がない。怪力を出すとか、石無しで魔法を使うとか、怪獣に変化するとか、個性が必要だ」


「個性? うーーーーーん。ないなぁ」

 西尾は鼻で笑った。


「バカは個性のうちには入らんぞ。落ちて生き残ったからといって、世の中で生き残れると思うな。求められなければ捨てられる。それがゴミだ」


「オレはゴミじゃない!」


「反骨精神は良い。だが人に求められるほどの魅力があるのか?」


 サイは窮した。

「魅力なんて無いよ」


 誰に好かれるわけでもない。だから捨てられた。

 兄たちのようにエリートとは呼ばれず、出世もできなかった。喧嘩で学校も中退。イケメンで体格もムキムキ、もてて女に優しい兄たちとは、全部が反対だ。


 その話を聞いて、西尾はサイを見つめていた。

「何じっと見てんだよ! なんか恥ずかしい」

「人が何を求めているか分かった上で、あえてその逆をゆくとは素晴らしい心構えだ!」


「皮肉か!」


「落ちるとこまで落ちた人間ではないということだ。裏切りと殺戮の世界を知らない、ただの寂しいお坊ちゃま。可愛らしいじゃないか。まだ自分に純粋で、魅力的だ」


「それ褒めてんのか? 世間知らずのガキってことだろ」


 西尾はしばらく黙っていた。

「知らないほうが幸せなこともある。知ってしまえば、何も知らなければ良かったと恨む。それでも知りたいならば、重要なことを教えてやろう」


「オレが覚悟すればいいんだろ。何か分からないけど、言ってくれ」


 西尾は一呼吸してから言った。

「俺は貴様に二年前、捜索願が出ていると言った。なのに、それが誰なのか聞いてこなかった。だから言うべきか、言わないほうがいいのか、三日も迷った。


 正確な事実を言おう。貴様はちゃんと求められていたのだ」


 サイは瞳を輝かせた。

「誰? 誰かがオレを待っててくれたの?」


「捜索願を出したのは貴様のご両親だった」

 サイは思わず口に手をあてて、頷いた。


「人の話をよく聞け。過去形だ。二人とも殺されている」

「――え?」


「フォンデール家はもう存在しない。貴様は最初の生贄で、運良く生き残った」

 サイはしばらく硬直していた。さすがに明るい顔はできない。


「兄貴たちは?」

 西尾は答えない。



 サイは身体の震えが止まらない。

 足元を掬われた気がした。


 ガラガラと奈落の底へ落ちていく。


「お父様やお母様が……死。――誰に!!」

「大事なことを、人に聞いて済ませるな。自分の目と耳で確認しろ」


 西尾が見つめてくる。サイの目が泳いだ。


 右をみても、左をみても真っ白で何も見えない。

 何も決まらない。決めるきっかけも無い。ここにあるのは自分の心だけ。


「オレは! オレは! オレは!!」

 言葉が出ない。


 ――オレはどうしたい? 緑色はモンスターの証だ。どのみち一生追われる身だ。自分の目と耳で確認しろと言われても、できるのか?



 西尾はまだ見ている。

「オレは……」

 サイは言葉が出ず、俯いた。


 しばらくして、ぞくりと寒くなった。

 圧力を感じた。それで顔を上げるのが怖くなった。西尾を見て確認するまでもない。


「甘い」

 ひどく冷たい声だけでなく、蹴られて十メートルも吹っ飛んだ。


「痛いよ……」

 10本爪のアイゼンの付いた登山靴で蹴られたものだから、血が噴き出した。もうたまらない。死を意識するほどに、西尾は冷酷だ。


「落ちるとこまで落ちたのだろう? まだ落ちたいなら、地獄の底に送ってやろう」


 サイは首を振った。

「嫌だ! それは嫌だ」


「緑色は悠長でいいな。さっそく不死身の特権か?」

「!?」


「普通の人間は時間が限られている。百年もたてば皆生きていないから、わざわざ手を汚して殺す必要はない。そういう意味だ」


「そんなこと! 考えたことないよ」

「しかし結果的にはそうなる。どんな形であれ、緑色だけは生き残る。それは本能であり誰も止めることはできない」


「――不死身なのか? オレは」


 気付いていなかったわけではない。ちょっとそうかなと思っていた。マイナス30度の過酷な状況は辛いけれど、痛いし、寒いし、生きている。すごく強い人間になったのだと思いたかった。


 認めたくなかった。この状態は単にラッキーなことなのだと思い込もうとしていた。


 だからオレは笑った。

 自分の愚かさを笑ったんだ。


「痛いよ。苦しいんだよ。オレ生きてるから、もう蹴ったり殴らないでくれますか?」


 西尾は振り返った。

「生きているということは、死という結末もあるということだ。不死身なのは事情があるからで、事情なんてものは、世間ではいくらでも覆されてしまう。死にたいなら、いつでも私が殺してやる。今が良いか?」


「滅相もない!」

 サイは立ち上がった。

「ここから這い上がって、復讐します。とりあえず」


 サイは感情のままに叫んだ。

「全部!――ぜんぶ……許しません! こんな仕打ち……酷すぎるから!!」

 


 

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