モンスター
「人間でないなら、僕は何ですか。部下でしょ!部下は人間でしょ。そうだよな、530部隊諸君!――コールの準備は良いか!」
誠が拳を挙げると大きな歓声に包まれた。暗く狭いので、天井や壁がビリビリを振動している。サイは驚いて目を覚ました。
「何だ? いつのまに、こんなに人がいたのか!?」
誠は胸に手をあて、大声で叫ぶ。
「我々は誇り高く!」
部下たちが「清く!」と唱和する。
誠は貫くように指を掲げる。
「不正を許さず!」
部下たちが「正しく!」と唱和する。
誠が華麗に舞った。
「美学を貫く!」
部下たちが「美しく!」と唱和する。
さらに誠は続ける。
「用意はいいか! シュプレヒコール! せーの!!」
『――黙ってろ、クズども』
隊長の言葉は重く、支配力に満ちていた。一瞬で静寂が訪れた。今まで誰もいなかったように存在すら感じられない。
誠の姿も消え、隊長とサイの二人だけだ。
「あれ? みんなは? 今そこにたくさん人がいたよね!?」
サイの声は響き、それは静寂の闇に溶けていった。
「ここに人はいられない。俺以外は無理だ」
では今までの人たちはどこへ消えてしまったのか。現れたのも唐突で、去るのも早い。賑やかで楽しい救出劇は幕を閉じ、再び暗闇と孤独が襲ってくる。
訳が分からない=恐ろしい。
いくら魔法が使えるとしてもだ!
ありえない。
ありえないぞ。人が消えるなんて
魔法なんて電気と同じじゃないか。単なる動力源であって、人間が消えるなんてありえない。学校ではそう習った!(あんまり行ってないけど)
「そうか! 隊長さんはマジシャンなんですね!」
隊長は無言で腰の鞭を手に取った。ヒュンと空気を裂く音がして、サイに絡みつく。
「間違っても俺に触れるなよ?」
殺気を受けただけで、もう殺された気がする。大人しくそのまま引っ張られ移動する。罪人のような扱いで歩みはどんどん加速していく。
「ちょっと、痛いっ。引っ張りすぎ!」
サイが鞭を外そうとすると、隊長が怒った。
「死にたくなければ外すな。また迷いたいのか!」
サイは地鳴りのような音に寒気がした。
ゴゴゴ! グギャア!
洞穴を振動させるような大きな何かが、こちらに向かってくる。
「何か……いますね?」
隊長の顔は防塵マスクとゴーグル。さらに帽子で表情は分からないが、多少緊張している。
「上だ。狭い道だが、仕方がない」
隊長は防塵マスクを捨て、鞭を口に咥えると、壁を登りだした。サイは隊長に引っ張られるまま、洞穴を縦によじ登った。
「隊長さん、痛いです。もう少しペースを」
期待もしてないが、返事もない。本当に急いでいるらしく、少々の汚れすら黙認している。上から岩やゴミがサイの頭めがけて落ちてくるし、目にゴミが入って視界も悪い。腹も減っていて体力もない。
「はぁ……ブホッ! はぁ…待って。待ってください」
手足が追いつかなくなってきた。
「あっ!」
足を踏み外した。一気に落ちていく。
「わぁあああ!」
鞭がピンと張り、隊長の口から外れた。
万事休す。
素早くもう一本の鞭を取り出し、落ちる鞭を絡ませる。ピンと張った二本の鞭のおかげで命拾いした。縦穴にぶら下がったような状態で、四苦八苦していると、徐々に高度が下がる。
ズルっ! ズルズル……
結び目が緩く、長くもちそうにない。
「体制を立て直せ!」
サイは足元がぞわぞわと気持ち悪くなった。先ほどまでいた横穴から、何かがこちらを見あげている。
グギャア!
狂気の瞳だ。唸なり声と、涎の滴る音がする。
「ひ!」
鋭い爪が足を掠った。細い洞窟に手を突っ込んで引きずりおろそうというのか。
隊長は身動きが取れない。悪くすると二人とも落ちてしまう。
「――這い上がれ! 自分の力で登ってこい!」
サイは頷くと、必死に壁をよじ登って、上を目指した。
※ ※ ※
洞穴から出て、外の空気を吸えた時、生きていることを実感した。依然周囲はゴミが積み重なっており、匂いがキツすぎて、気分が悪くなって全部吐いたけど。
それでも綺麗な夜空が見える。
「は~。助かった! それに何か分からないけど、怖かったなぁ」
「穴モグラだ。下の階ではボスだ」
隊長は汚れた防護服を脱いだ。しかし、その下も防護服だった。まさかの重ね着だ。ゴーグルと防塵マスクで変わらず表情が見えないが、話しかけられたので、おそらくご機嫌だ。
サイは隊長が捨てた防護服を戴くことにして、全裸ではなくなったが、シースルーなのが余計に変態っぽくみえる。
「ここは上層の駐留軍や富裕市民どものゴミが辿り着く場所だ。上をみてみろ」
しばらくすると、落下物の落ちる音がする。それも何回もだ。
「星の瞬きではないぞ。ゴミだ。天国にいきたくなければ落下物に気をつけろ」
「え?」
「ここは地下550階。軍や富裕層のゴミの集まりだ。ゴミを捨てる人間が高価だと、ゴミも高価でな、高レベル魔法石ゴミが多い。
魔法を使用した後の石にも多少の魔力が残っているし、たまに新品も落ちてくる。そんなものが溜まりにたまって、地下10階分の厚みがある。貴様がいたのはそのゴミの土壌に棲む穴モグラ系モンスターの作った洞穴だ」
サイの顔が青くなっていく。
「オレは350階も下に落とされたのか」
「捨てられたのだ」
隊長の言葉にサイは固まった。
「――捨てられた?」
「そうだ。2年前にな」
「?」
「貴様! さては低能だな!」
サイは猛烈に腹が立つが、学校を中退しているだけに反論できない。
「冗談だろ。オレはちょっと前。多分三日か、それぐらい前に……捨てられただよ……」
認めるのは悔しい。けれど隊長の機嫌を損ねたら、愛想を尽かされそうな気がして逆らえない。今はこの隊長についていくしか、生きる道はないのだ。
「タイムスリップか?」
「記憶が無いから分かりません」
「分からないで済ませるから愚かなのだ! 愚図と阿呆は解決をしようとせずに、すぐに分かりませんとごまかす! 私はそういう適当なことが大嫌いだ」
「すみません」
「すみませんも嫌いだ! 謝れば何とかなる? ならんだろう。そういう尻ぬぐいをするのは、結局真面目なヤツと相場が決まっている」
「じゃあ、オレはどうすればいいんですか?」
「そんなことは他人に聞かず、自分で考えて答えを出せ。
とにかく、洞穴の中は魔法石の放射能レベルが高く、三日であろうが二年であろうが、普通は生きられん。才能豊かなエリートを除けばたいてい死ぬ」
「あの誠っていう部下は?」
隊長はポケットから使用済の魔法石を見せた。光を失って、石ころになっている。
「一人で洞窟にいては、孤独でつまらないだろう?」
「あら、もしかして隊長さんじゃない。じゃ530部隊は?」
「……。」
隊長は黙って歩き出した。
「え? なんでそこは無視なの!? 一番大事なとこじゃない? ――っていうか、隊長じゃなかったら、何て呼べばいいの? 命の恩人の名前ぐらい聞かせてよ!」
「西尾だ」