(21)白き流星(結局、貴方が好きだから)
サイレンと共に緊急放送が流れている。
『防衛システム展開中。陸番隊以下の戦闘員は中央広場。伍番隊以上の戦闘員および関係者は司令塔へ。一般市民は魔法解除により離脱を推奨します。続いて……』
モンスターの襲来が近づいていた。階下へのメイン通路は人ではない異形の動物が大地を這い、空を飛び交っている。
一定の統率がとれており知能の高さが窺える。夜になればさらに数が増え、モンスターが活性化すれば攻め時だ。ここは激しい戦場となるだろう。
510階へ降りる裏道で、ライガは唸った。
「厄介だぞ。ただ攻め込むだけでは勝てない。花梨のヤツ、こうなるなら頭数が必要だろ。オレより徳井に先に声をかけるべきだ」
「数は少なくても壱番隊から伍番隊ですよ。ベストメンバーですから何とかなりませんか」
「500階に来るまでに皆、消耗している。それに魔法石は数個体向けのものがほとんどで、大規模戦闘を見越した魔法石は用意していないはずだ。
それに対してモンスターには知恵があるし、突発的とは思えない周到さだ。これだけ不利なのにロズデールは撤退せずに、戦う指示を出した。勝算はどこにあるのか」
「西尾さんがいますよ!」
ライガは文句を言いたげだ。
「三年前もそういう状況で裏切った。信じられん。それに西尾は530部隊でもない」
「そうですよね……西尾さん、何番隊なんだろう。やっぱり壱番隊ですよね!」
「弐番隊だ」
サイはニヤニヤ笑った。
「そんなワケないでしょ。あの強さは壱番隊です」
「オレは見たんだ、西尾は弐番隊にいた」
「壱番隊ですって! オレは嘘ついてない」
「オレだって嘘ついてねぇよ!」
「じゃあ西尾さんが弐番隊の理由を教えて下さい。何があったのですか?」
ライガは答えるのを嫌がった。
「メンタル弱っ。そうですよね、お酒に溺れるタイプだし。オレに話したってどうってことないでしょうに……。もしかして西尾さんが怖いとか」
「お前はあの日を知らないからそういうことが言えるんだ。伍番隊の隊長までやったオレでも白い尾をひく刃を思い出すとぞっとする。みんな斬られたし、正直オレも死ぬと思った。西尾は弐番隊にランク落ちされたことが許せなかったんだろう」
サイは眉を寄せた。ライガは勘違いしている。少なくとも西尾シオナはそういう理由で人を斬ったりしない。
「見た目に騙されるな。西尾はルックスが良いし、やることは派手で絵になる。普段の何気ない仕草まで、かっこよくみえちまうから頼りたくなる。アイドル並みの扱いだ」
それは西尾尚斗のことだ。話が合わないはずだ。
「ライガさん、今から西尾さんに会ったとして、それが白き流星じゃなかったらどうしますか?」
「西尾が流星ではない?」
「だって西尾という姓なだけで、親戚や兄弟の可能性もあるでしょ」
ライガはしばらく呆けた顔をしていた。
――あのルーキー!
「あいつ、弟だったのか!」
優秀な弟がいる噂はあった。有名な兄を越える才能の持ち主ならば騒ぎになったはずだ。
「何で気付かなかった……」
ライガは頭を掻きむしり、そして思い出した。ルーキーを初めて見た時の違和感。長い間、記憶に残っていたほど印象に残っている。
ダボついた制服、華奢な身体。幼い姿でありながら壱番隊で先陣を担っていたからである。
「壱番隊だからだ。壱番隊にだけ特秘権があって、プロフィールを非公開にできる」
軍は兄をスターに仕立て上げ、弟の存在をその威光で隠した。
実戦下では、庇い合うことで指揮系統が乱れることから、兄弟や身内が同じ部隊になることはない。その規定によって、西尾尚斗は表向きが壱番隊でも、戦う時は弐番隊にいる。西尾尚斗の名を一度、壱番隊の名簿に上げたのは軍の策略だ。
どんなに目立ったとしても、その功績は白き流星西尾尚斗のものに書き換えられて、西尾の弟の存在は伏せられる。それほどに軍は西尾の弟を軍属にしたかった。
ライガがそう思うのには心当たりがある。
「その弟の名前は?」
「西尾潮那です」
「そうか、あれは潮那というのか。兄と違って大人しいよな」
「ライガさん、会ったことがあるのですか」
「西尾の親父とうちの親父の仲が良くてな。弟は何度か見たことがある。兄の方は新聞や報道でうんざりするくらい見たが、本人と話したことはない。興味も無いし」
「やっかみですね」
「うるさいよ。オレより先に壱番隊になったのがムカつくんだ」
「後輩に対して心が狭くないですか」
「お友達ごっこしているのは530部隊だけだ。特に壱番隊は戦果を出す者が一番偉いんだ」
西尾尚斗の人気が上昇して、雑誌等の取材などでダンジョンに降りなくなると戦果が下がり、代わりにライガが壱番隊になった。
西尾尚斗が弐番隊になったことはファンから酷く恨まれたが、壱番隊の名に恥じぬように勇んで戦った。その結果、すぐに伍番隊の隊長の任命が来た。いわゆる栄転だ。
しかし、その後の噂で西尾が再び壱番隊になったと聞いた。ライガは壱番隊の座をあっさり譲ったことを悔やんだ。
その場しのぎの欠員補充で壱番隊になったわけではないのに、その時の腹立たしさといったらこの上ない。
「西尾尚斗は嫌いだが、両親や弟とは一緒にメシを食ったこともある。すっかり疎遠になっていて忘れていたが、よく考えたら家族ぐるみの付き合いだったのかもな」
平和な日々の記憶は遠い。あの時間は二度と戻らない。西尾家の面々やライガの父親はもういない。全ては軍の策略。その思いは西尾尚斗すら可哀想に思えるほど、腹が立つ。
「あんな小さい子供を」
サイは笑った。
「西尾さんは大きいですよ。今は18歳だそうです。身長もオレと同じくらいあるし、華奢な身体の割に凄い腕力ですよ」
「そうか、オレが酒飲んで寝ている間に成長したか。あの頃は普通の子供だったのにな」
「恐ろしく強く、怖くなっています」
「変わったのは親父がM3魔石に到達した時だ」
「ダンジョンの一番下ってどうなっているんですか?」
「最初はモンスターが通る穴がいくつもあるが、風と光のある方向へ向かえば、中央の巨大空間に辿り着く。緑色の巨大な魔法石が浮かんでいるが、モンスターがいっぱいで近づけない。特にLM4は強敵だ」
「M3魔石を護るラスト・モンスターでしたね」
「オレの親父もそいつにやられて行方不明になった。それで帰ってきた西尾の親父に問い質したが、心を病んで、意味の分からないことを言う状態だった。分かったことはLM4に触れた生物はモンスターになることがある。西尾の親父は“器ではなかった”と何度も繰り返し、息子のことを気にしていた。持ち帰ったLM4の欠片に触れたことを後悔していた」
「西尾さんは人間です」
「しかし魔神の手先になってしまう傾向がある。西尾の父親はそれに抗い続け、狂ったんだろう。西尾潮那は幼い頃から影響を受けている反面、耐性ができたのかもしれない。それで強くなったのかもしれないが、軍はそれを利用して、壱番隊にさせたんだ」
「はぁ。ライガさん、さすがですね、ちょっとした情報でそういうことまでわかっちゃうんですね」
「元伍番隊の……いや、元壱番隊の実力だ。
西尾潮那の存在が世間に公表されないのは、年齢制限の壁のせいだ。徴兵するのに子供の勤労は厳に禁じられている。だから壱番隊にして極秘で働かせた。
だから三年前の事件の後、裁判で処刑されなかった。棄てるにはまだ惜しい存在だからな。あれも作戦のうちだったか」
「軍の司令で西尾さんがみんなを斬ったということですか?」
「それ以外理由が考えられない。残された身内は兄だけ。子供を嚇すにはいい材料になる」
「“兄弟の命を大切に思うなら~”と、軍が西尾さんを脅した? 何のためにせっかく強化した味方を斬るんですか? 倒すべきは魔神でしょう?」
「必要なことは“ふりだしに戻る”だ」
「すごろくゲームでゴール直前によくあるヤツ!」
「ゲームが終わったら、魔神も魔法石も必要無い。アスタロットは破滅するんだぞ」
サイは頭を抱えた。
「オレの目的は魔神討伐です!」
「戦闘員はみな、それを目指し、命かけてモンスターと戦っているさ。それぞれ生活もかかっているしな。
けれど、これは終わってはいけないゲームだとオレは気付いた。それで、やる気をなくした」
「それで酒に溺れた?」
「まぁな。オレの親父や、祖先たちが目指してきたものは夢や幻のようなものだった。
挙句の果てに、オレは親父を軍に取られた。まぁ、オレの親父は心底ダンジョンが好きで、戦闘馬鹿だからモンスターになっていたとしても、中身は大して変わらないがな」
「見かけたら連絡します。お父さまと分かる目印みたいなものはありますか?」
「顔の片側に傷はあるが、片方の耳が無い。おかげで左側は聞こえが悪い。オレはいつも大声で酒もってきたぞ!って叫ぶのに、案外聞こえてなくて遅いだの、そこにあるだの、喧嘩になってなぁ。でもそういうのも楽しかった」
「どのあたりで行方不明に?」
「M3ラボだ。極秘扱いだから知っているのは、そこで働く研究者か、あの時代の壱番隊経験者ぐらいだろう」
「研究施設か。そいうえば数日前にオレ研究生やっつけたんですよ。そいつらは弱かったけど、先生みたいのなのが強くて、少佐と呼ばれていました」
ライガは刮目した。
「ヴォルガン・ハモンドに会ったことあるのか」
「はい。520階でガッツリ殴られました」
「よく生きていたな。この間、大量の魔法石が発生した場所だろう。ハモンドの狙いがあれなら、モンスターを遣って奪い取りにくる。単なるモンスター大量発生ということになっているが、ハモンドが裏切ってモンスターで反旗を翻したかもしれないな」
「え? そうなのですか」
「モンスターにしては知恵がありすぎる。あれはどう見ても、M3ラボで改造された元・人間だ」
――いるのか? あの中に……。
ライガは目を瞑り、感傷を捨てた。
伍番隊のからコール音が入った。アルバール・ラファティである。
「よぉ、御曹司。久しぶりだな」
『! その呼び方はやめてください。貴方がそんな言い方をするから、すっかり広まってしまって今日も俺は陸番隊との連絡係です。白服は事務方だなんて本当に腹が立ちます。早く成果を上げて壱番隊にならなければいけないのに』
「賢く生きろ。壱番隊は環境が悪い。将来は安泰なのだから適当に実績作っておけばいいんだ。アスタロットの将来のためを思うなら良い幹部になれ。怪我したら承知しないからな?」
『もう、クルーガー隊長! 怒りますよ』
「! その呼び方はやめましょう。隊長はやめたし、クルーガーの名前も捨てたんだ!」
『言われたくないなら手伝ってください。こちらは人手が足りないんです』
「オレが行ったところで、一人で100匹倒すノルマは変わらないだろ。リタイア組まで駆り出すくらいなら撤退しろよ。ロズデール中尉にご注進申し上げろ」
『断られました。魔法石はうまい具合に入荷しましたから、あとは人手なんです。あと50人いればどうにか……』
「拾番隊まで全員かき集めても勢力的には弱いな。やはり西尾に頼むしかないか」
『西尾と連絡がつきますか? 癪ですが助かります。お願いします』
「曲がりなりにも530部隊なのでな。君は西尾を見たことがあるようだな」
『ええ。同期ですので。入隊の時から気に食わない奴でしたが、先日久しぶりに会う機会がありまして。療休中とはいえ540階でティータイムできるようですから、問題ないでしょう』
「君は真実を知っていて、黙っていたのか?」
『真実? 何のことでしょう』
「西尾潮那が白き流星であったことだ」
『彼は名声どころか自らの戦果すら興味ありません。それに俺は白き流星が誰であっても気にしません』
「それが軍の施した特別待遇だとしてもか?」
アルバール・ラファティはしばらく黙っていた。
『実力に対して正当な待遇でしょう。あのような怪物を平和な街に置いてはいけない。ダンジョンで戦わせておくべきです』
「彼がそれを望んでいると思うか? 軍によって家族をバラバラにされ、自身も翻弄されて自由に生きることすら許されていない。彼はいつか軍に反旗を翻すだろう」
『そのような大志を持つほどの器ではありません。彼の望みはたったひとつ。“兄の幸福”だと言っておりました。その望みのためなら、彼は“白き流星”となる』
「! まさか、自ら望んで?」
『望むところ。真っ白な塵となって完全に燃え尽きるまで、どこまでも堕ちていくそうです』
「それが西尾を動かす、唯一の方法なんだな?」
『想像はご自由に。五千のモンスター、清掃してくれませんかね。攻略隊はあくまで魔神討伐が任務。モンスターを戯れる暇はありませんので』




